第8話夢の中の管理室

 眠っているはずなのに、

 意識ははっきりしていた。


 足元は安定している。

 だが、床の感触がない。


 見上げると、

 天井は高く、白く、

 どこまでも続いているように見えた。


(……ここ、どこだ)


 病室でも、

 自宅でもない。


 どこかで見たことがある気がするのに、

 思い出せない。


 周囲を見渡して、

 ようやく気づいた。


 机が並んでいる。


 整然と。

 規則正しく。


 まるで、

 学校のパソコン室みたいに。


 だが、

 どこかが違う。


 モニターはすべて起動しているのに、

 ファンの音も、

 キーボードを打つ音もない。


 静かすぎる。


(……夢、だよな)


 そう思った瞬間、

 一つの画面が、

 彼の視線に反応した。


 ディスプレイが、

 ゆっくりと切り替わる。


 映し出されたのは――

 自分だった。


 病室のベッドに横たわる、

 眠っている自分。


「……え?」


 心臓が、

 どくりと鳴った。


 画面の端に、

 見慣れない文字列が流れる。


『観測対象:安定化進行中』

『因果干渉レベル:上昇』


(……なんだ、これ)


 理解できない。

 だが、

 “自分に関係がある”ことだけは分かる。


 その時。


「触らない方がいい」


 背後から、

 声がした。


 振り返る。


 そこに立っていたのは、

 見知らぬ女だった。


 年齢は分からない。

 だが、

 不思議と怖くはない。


 白を基調とした服装。

 感情の薄い表情。


「……あなたは?」


 問いかけると、

 彼女は少しだけ首を傾げた。


「今は、

 あなたに名乗る必要はありません」


「ここは?」


「管理室です」


 即答だった。


「……管理?」


 彼女は、

 モニターの一つを見つめながら言う。


「世界が破綻しないよう、

 調整する場所」


「あなたは、

 その“結果”です」


 胸の奥が、

 ざわついた。


「……俺が、

 倒れたことと関係ある?」


 彼女は、

 少しだけ間を置いた。


「あります」


 否定しない。


 嘘もつかない。


「でも、

 あなたのせいではありません」


「じゃあ、誰の……」


 言葉の続きを、

 彼女は遮った。


「答えを知ると、

 戻れなくなります」


「今は、

 ここまでです」


 女は、

 こちらをまっすぐ見た。


「あなたは、

 生きることを選びました」


「それだけは、

 間違いではありません」


 視界が、

 ゆっくりと白く滲んでいく。


「……待って!」


 手を伸ばしたが、

 届かない。


 管理室も、

 モニターも、

 すべてが遠ざかる。


 次の瞬間――

 彼は、病室の天井を見つめていた。


 心臓が、

 早鐘を打っている。


「……夢、だよな」


 だが、

 枕元の時計を見ると、

 ちょうど同じ時間で止まっていた。


 不具合か、

 それとも――。


 彼は、

 自分でも気づかないうちに、

 こう呟いていた。


「……管理室」


 その頃。


 管理室の一角で、

 一つのログが自動記録されていた。


『非許可観測:発生』


 リーネが、

 静かに画面を見る。


「……想定より、

 早いですね」


 俺は、

 椅子から立ち上がらずに答えた。


「……ああ」


 これは、

 偶然じゃない。


 助けた命は、

 ただ救われただけじゃない。


 世界を見る側に、

 一歩近づいてしまった。


「次は、

 隠しますか?」


 リーネの問いに、

 俺は答えなかった。


 夢の中で、

 彼が見た管理室。


 それは、

 もう“夢”では済まされない兆候だった。

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