第7話目を覚ますということ
最初に戻ってきたのは、音だった。
遠くで、
一定の間隔を刻む電子音。
それが、自分の心臓の鼓動と
重なっていることに気づくまで、
少し時間がかかった。
「……ん」
喉が、ひどく乾いていた。
まぶたが重い。
だが、完全に動かせないわけじゃない。
薄く、
ほんの少しだけ目を開けると、
白い光が滲んだ。
(……病院?)
記憶は、
まだ途切れ途切れだ。
駅前。
人混み。
そして――
世界が、ずれた感覚。
それだけは、
妙に鮮明だった。
「……起きた?」
誰かの声。
近い。
震えている。
視線を向けると、
母親の顔があった。
目は赤く、
泣き腫らしている。
「……母、さん」
声は、
思った以上にかすれていた。
だが、
確かに“出た”。
「……先生!」
母親が、
弾かれたように立ち上がる。
その瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
(……生きてる)
当たり前の事実が、
なぜか信じられなかった。
医師や看護師が、
慌ただしく集まってくる。
ライトを当てられ、
簡単な質問を受け、
指を動かすよう言われる。
全部、
できた。
「……奇跡的、ですね」
医師が、
小さく呟いた言葉が聞こえた。
「原因不明のままですが、
意識は安定しています」
母親が、
声を押し殺して泣いた。
俺は、
天井を見つめながら、
何とも言えない感情に包まれていた。
助かった。
確かに、助かった。
だが――
胸の奥に、
小さな違和感が残っている。
何かを、
置いてきたような感覚。
その夜。
眠りに落ちかけた瞬間、
視界が、
一瞬だけ歪んだ。
夢でも、
現実でもない。
白い部屋。
並んだ机。
光る画面。
(……見たこと、ある)
誰かが、
こちらを見ていた。
顔は、はっきりしない。
だが、
視線だけが分かる。
(……あ)
理解してしまった。
自分は、
誰かに“見られていた”。
怖くはなかった。
むしろ――
不思議と、落ち着いていた。
その頃。
管理室では、
数値が静かに変化していた。
「……覚醒兆候、確認」
リーネの声が、
低く響く。
ディスプレイには、
意識不明だった学生のデータ。
脳活動、上昇。
因果干渉レベル、微増。
「生き延びた影響で、
観測感度が上がっています」
「……見え始めた、ってことか」
俺は、
椅子に深く腰掛けたまま答えた。
「はい」
リーネは、
少し言いにくそうに続ける。
「このまま回復すれば、
彼は“こちら側”に近づきます」
「一般人のままで、です」
俺は、
画面を見つめた。
学生の波形が、
わずかに他と違う。
世界に、
引っかかっている。
「……代償、か」
「はい」
リーネは頷く。
「助けた結果、
新しい歪みが生まれています」
俺は、
目を閉じた。
救えば終わり、
なんて都合のいい話はない。
だが――
それでも。
「……それでも、
生きてる」
その事実だけは、
否定できなかった。
「次の判断が、
必要になります」
リーネの声は、
いつもより静かだった。
「彼を、
どう扱いますか?」
管理室の画面には、
目を覚まし始めた一人の人間と、
その先に広がる、
まだ見えない可能性が映っている。
俺は、
息を整え、
画面を見据えた。
「……まだ、
決めない」
「今回は、
“生きた結果”を見てからだ」
リーネは、
何も言わなかった。
だが、
その沈黙は、
否定ではなかった。
こうして――
救われたはずの命は、
世界に新しい問いを投げかけ始めた。
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