第5話管理室という名の場所
神の間は、もうなかった。
無限に広がる空間も、
形を持たない神々の気配も、
すでに消えている。
代わりに、
俺の目の前に広がっていたのは――
管理室だった。
天井は高いが、現実的な高さだ。
壁は金属でも石でもなく、
内側から淡く光る半透明の素材で構成されている。
白を基調とした空間は、
神聖さよりも機能性を優先している。
例えるなら、
近未来の研究施設と、
パソコン室を融合させたような場所だった。
「……職場、だな」
思わずそう口にすると、
隣に立つリーネが静かに頷いた。
「はい。
世界を維持するための作業空間です」
室内には、
等間隔でデスクが並んでいる。
その上に置かれているのは、
見慣れた形の端末。
ディスプレイ、キーボード、マウス。
どれも、
俺が普段使っているパソコンとほとんど変わらない。
「神の部屋にしては、
ずいぶん現実的だな」
「管理対象が人間中心だからです」
リーネはそう言って、
一台の端末に手を伸ばした。
触れる前から、
ディスプレイが起動する。
音はない。
だが画面には、
瞬時に無数のウィンドウが展開された。
地図のような表示。
複雑な数式。
意味の分からない波形。
そして――
人の名前。
「……これが、世界か?」
「正確には、
世界を構成する要素の管理画面です」
リーネの声は淡々としている。
「因果、確率、観測結果。
人間社会で発生する“違和感”が、
数値として可視化されています」
俺は、
一つの画面に目を留めた。
見覚えのある場所。
駅前の交差点。
画面の端で、
小さな赤い警告表示が点滅している。
「これは……」
「未処理の歪みです」
即答だった。
「放置すれば、
小規模な不幸として連鎖します」
「……人が傷つく?」
「はい」
迷いのない答え。
管理室は、
驚くほど静かだった。
機械音も、
空調の音すらない。
それなのに、
世界中の情報が、
ここに集まっている。
まるで、
神の視点を、人間用の操作画面に落とし込んだ場所だ。
「だから、
パソコン室みたいなんだな」
俺の言葉に、
リーネは小さく首を傾げた。
「人間は、
理解できないものを操作できません」
「神々は、
それを考慮しませんでした」
「あなたは、
違います」
その言葉が、
胸の奥に引っかかった。
俺は、
一つの椅子に腰を下ろす。
柔らかすぎず、硬すぎない。
長時間の作業を前提にした、
完全に“仕事用”の椅子だった。
ディスプレイの端に、
小さな文字が表示されている。
『管理者:承認済み』
「……逃げ道は?」
「ありません」
リーネは即答した。
だが、
その声は冷たくなかった。
「ですが」
彼女は、
俺の隣の席に座る。
並んだ二つの端末。
左右対称の配置。
「この管理室は、
一人用には設計されていません」
最初から、
複数人で世界を管理する前提。
神々は消えたが、
仕組みだけは残されていた。
俺は、
ディスプレイに映る無数の世界を見つめ、
静かに息を吐いた。
「……仕事、始めるか」
「はい」
リーネはそう答え、
画面に指を滑らせる。
「世界を続けるための、
仕事です」
こうして俺は、
神の座ではなく、
管理室の椅子に座ったまま、
世界と向き合うことになった。
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