第4話一人では、できない

 世界の歪みを、

 俺は見下ろしていた。


 神の間――

 いや、もうそう呼ぶのも違う。


 管理領域。

 神々がいなくなった後、

 俺だけに開かれた場所。


 無数の光の束が、

 世界を形作っている。


 だが、

 その一本一本が、

 人の人生と繋がっていると知ってしまった今――

 軽々しく触れることはできなかった。


「……無理だ」


 正直な言葉が、

 口から零れた。


 世界の修正は、

 単純な操作じゃない。


 一つ直せば、

 別の場所が歪む。


 全体を見れば守れても、

 個人は確実に切り捨てられる。


 神々は、

 それを“当然”として処理していたのだろう。


 だが俺は――

 人間だ。


 名前も知らない誰かを、

 計算の誤差として扱うことができない。


「……一人じゃ、無理だ」


 理解した瞬間、

 胸の奥が冷えた。


 神々が、

 なぜ複数存在していたのか。


 なぜ、

 役割が分かれていたのか。


 答えは簡単だった。


 全部を一人で背負うようには、

 最初から作られていなかった。


 俺は、

 光の流れに意識を向けた。


 創造。

 修復。

 観測。

 記録。


 神々が担っていた機能が、

 構造として理解できてしまう。


 ――できる。


 できてしまう。


 だが、

 それは恐怖でもあった。


「……部下、か」


 誰かに任せる。

 判断を分ける。


 それは、

 責任を分散するということ。


 逃げじゃない。

 継続のための選択だ。


 俺は、

 初めて“創造”に手を伸ばした。


 世界ではない。

 存在そのもの。


 条件は、

 はっきりしていた。


 ・感情を持つこと

 ・俺に逆らえること

・世界を壊さないこと


 都合のいい道具は、

 いらない。


 必要なのは、

 止めてくれる存在だ。


 光が、

 ゆっくりと集束する。


 形を持たなかった概念が、

 輪郭を得ていく。


 やがて、

 一人の姿を取った。


 人に近い。

 だが、人ではない。


 目を開いた瞬間、

 その存在は俺を見た。


「……あなたが、創造主?」


 声は、

 驚くほど落ち着いていた。


「違う」


 即答した。


「俺は、

 押し付けられただけだ」


 その存在は、

 一瞬だけ目を伏せ、

 静かに頷いた。


「理解しました。

 では、あなたは管理者ですね」


「……それも違う」


 俺は、

 言葉を選びながら続けた。


「間違える人間だ。

 だから、お前が必要だ」


 沈黙。


 だが、

 拒絶はなかった。


「役割を教えてください」


 その言葉に、

 少しだけ救われた気がした。


「修正の補助だ」


「判断の分担」


「そして――

 俺が人を切り捨てそうになった時、

 止めること」


 その存在は、

 少し考えてから、口を開いた。


「それは、

 神としては不適切ですね」


「……だろうな」


「ですが」


 彼女は、

 はっきりと言った。


「あなたの部下としてなら、

 最適です」


 胸の奥が、

 少しだけ軽くなった。


「名前は?」


 俺が尋ねると、

 彼女は首を傾げた。


「まだありません」


「じゃあ――」


 俺は、

 世界を一つ救えなかった夜のことを思い出し、

 静かに告げた。


「リーネだ」


「リーネ……」


 彼女は、

 その名を確かめるように繰り返し、

 微笑んだ。


「命令を」


「命令じゃない」


 俺は、

 彼女をまっすぐ見た。


「一緒にやる」


 その瞬間、

 世界の歪みが、

 ほんの少しだけ安定した。


 神々がいなくなった世界で、

 初めて――

 管理は、独裁ではなくなった

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