第2話代償は、世界の外側では起きない
目を開けると、
見慣れた天井があった。
自宅の、安い照明。
使い古したカーテン。
スマートフォンの通知音。
「……戻ってる」
昨夜の出来事が、
夢ではなかったと知るのに、
時間はかからなかった。
頭の奥に、
まだ“世界”の感触が残っている。
見ようと思えば、
見えてしまう。
触れようと思えば、
触れてしまう。
「……やめとけ」
俺はベッドから起き上がり、
自分に言い聞かせるように呟いた。
昨日――
俺は世界を一つ、修正した。
代償が発生したことも、
確かに理解している。
だが、それが
どこで、誰に、どう起きたのかまでは分からない。
「知らない方がいい」
そう思った。
俺は神でも救世主でもない。
たまたま、押し付けられただけの一般人だ。
関わらなければ、
傷つくこともない。
そう考えた時点で、
俺はもう、間違えていたのかもしれない。
会社へ向かう道すがら、
街はいつも通りだった。
人は歩き、
車は走り、
信号は規則正しく色を変える。
(何も、起きてない)
少なくとも、表面上は。
駅のホームで電車を待っていると、
胸の奥が、わずかにざわついた。
昨日と同じ感覚。
視界の端に、
見えない“歪み”がある。
「……気のせいだ」
俺は目を逸らした。
触れなければ、
何も変わらない。
そう信じたかった。
昼休み。
会社近くの定食屋で、
俺はニュースを眺めていた。
地方の事故。
軽い地震。
行方不明者。
どれも、
よくある話だ。
だが、
一つだけ、指が止まった。
『都内で原因不明の意識不明者』
年齢、二十代。
職業、学生。
発見場所――駅前。
昨日、
俺が立っていた場所と、
ほとんど同じだった。
「……偶然、だよな」
声が、少しだけ震えた。
俺はスマートフォンを伏せ、
深呼吸する。
考えるな。
結びつけるな。
俺が触れたのは、
世界の歪みだ。
人の運命じゃない。
そう、思っていた。
だが、
夕方になって、
確信に変わる。
帰宅途中。
昨日と同じ横断歩道。
信号待ちをしていると、
視界の奥が、微かに滲んだ。
見えてしまった。
昨日、
俺が修正した“痕跡”。
世界は正常に動いている。
だが、その裏で、
因果が一つ、ズレている。
そして、そのズレの先に――
一人の人間が、いた。
「……あ」
胸が、重くなる。
理解してしまった。
俺が触れた歪みは、
世界全体を守るためのものだった。
だが、
調整された分の重みは、
誰かに押し付けられている。
それが、
たまたま、
あの学生だった。
「……知らなかった、じゃ済まないよな」
俺は、立ち尽くした。
今からでも、
戻せるかもしれない。
だが、
再修正すれば、
代償はまた発生する。
誰か別の人間が、
傷つく。
選択肢は、
二つしかない。
見なかったことにするか。
それとも――
「……くそ」
拳を、強く握った。
神々は、
これを分かった上で消えたのか。
それとも、
分かっていなかったのか。
どちらにせよ、
逃げたのは確かだ。
「……俺は」
信号が、青に変わる。
人の波が、
一斉に動き出す。
その中で、
俺だけが立ち止まっていた。
世界は、何もしなくても壊れる。
だが、
触れれば、
必ず誰かが傷つく。
「……それでも」
俺は、一歩踏み出した。
まだ、答えは出ていない。
だが、
関わらないという選択が、
正しくないことだけは分かった。
こうして俺は、
神に代わる存在ではなく、
責任から逃げられない人間として、
歩き始めてしまった
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