すべてを託されたが、誰も説明してくれなかった
初見さん
第1話すべてを託されたが、誰も説明してくれなかった
それは、本当にどうでもいい瞬間だった。
仕事帰り。
駅前の横断歩道で信号が変わるのを待ちながら、
俺はスマートフォンの画面を眺めていた。
夕飯をどうするか。
冷蔵庫に何が残っていたか。
そんな、取るに足らないこと。
だから最初は、
異変に気づけなかった。
周囲のざわめきが、
ふっと消えた。
車の走行音も、
人の話し声も、
風が服を揺らす感覚すらない。
「……?」
顔を上げた瞬間、
世界が止まっていることに気づいた。
横断歩道を渡ろうとしていた人々。
ハンドルを切ったままの車。
宙に舞ったままの紙切れ。
すべてが、
途中で凍りついた映像のように静止している。
「……何だ、これ」
夢だと思おうとした。
だが、妙に感覚がはっきりしている。
次の瞬間、
足元の感触が消えた。
落ちる感覚はない。
浮く感覚もない。
ただ、
現実という前提が抜き取られた。
気づけば俺は、
どこまでも続く空間に立っていた。
床はないのに、立っている。
壁も天井もないのに、閉じ込められている。
白でも黒でもない、
色と呼べない色に満ちた空間。
「……夢、か?」
自分に言い聞かせるように呟いた、その時。
空間が、応えた。
遠くから、
光が集まってくる。
闇が輪郭を持ち、
形を持たないはずのものが、
次々と“存在”を主張し始める。
巨大な影。
人の姿に近いもの。
星雲のように揺らめく存在。
言葉を持たない、意思そのもの。
数は分からない。
多すぎて、数える意味がなかった。
だが、理解だけは一瞬で追いついた。
(……神、だ)
信仰の対象としての神ではない。
比喩でもない。
世界を作った側の存在。
そうとしか言いようがなかった。
俺は反射的に一歩下がった。
「……あの、どちらさまで」
我ながら、場違いな第一声だった。
だが、神々は意に介さず、
全員が同時に“こちら”を向いた。
視線というより、
存在そのものを測られる感覚。
逃げ場はない。
隠し事もできない。
そして、
全員が同じ言葉を告げた。
「お前に、すべてを託す」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……はい?」
間の抜けた声が出る。
「ちょっと待ってください。
人違いじゃありませんか?」
返事はなかった。
代わりに、
言葉ではない“理解”が頭に流れ込んでくる。
――世界の継続。
――創造の管理。
――修復と調整。
――終焉への対処。
情報が多すぎて、
思考が追いつかない。
「無理です」
思わず声を荒げた。
「俺は普通の人間だ。
特別な力も、使命もない。
こんなの、押し付けられていい話じゃない」
神々の反応は、
驚くほど淡泊だった。
「理由は不要」
「適合した」
「それだけだ」
「……適合?」
その言葉の意味が、
なぜか理解できてしまう。
才能ではない。
力でもない。
拒絶しないこと。
責任から目を逸らさないこと。
それだけ。
「……ふざけるな」
怒りよりも、
理不尽さが先に来た。
だが、抗議は最後まで言えなかった。
神々が、
一柱、また一柱と消え始めたからだ。
「待て!」
「説明しろ!」
「引き継ぎは!?
マニュアルは!?
せめて質問する時間くらい――!」
叫びは、
虚空に吸い込まれるだけだった。
最後に残った、
最も古い“何か”が、
わずかにこちらを向いた。
「世界は、続く」
それだけを残し、
その存在も消えた。
完全な静寂。
神の間には、
俺一人だけが残された。
その瞬間、
足元に無数の光が広がった。
世界。
無数の世界。
生まれ、壊れ、続いていく因果の流れ。
触れれば分かる。
変えられる。
壊すことすらできる。
「……冗談だろ」
手が、わずかに震えた。
俺は、
ただの一般人だ。
世界の責任なんて、
一度も背負ったことがない。
――だが。
視界の端に、
一つだけ歪んだ光があった。
他と噛み合わない、
危険な不整合。
放置すれば、
確実に何かが壊れる。
「……触るな」
自分に言い聞かせる。
だが、
世界は待ってくれなかった。
歪みが、膨らむ。
「……くそ」
覚悟もない。
準備もない。
それでも、
俺は手を伸ばした。
指先が光に触れた瞬間、
世界が書き換わった。
音も、衝撃もない。
ただ一つ、
理解だけが流れ込む。
――修正、完了。
――代償、発生。
「……代償?」
遠くで、
一つの世界が確かに揺れた。
知らない場所。
知らない誰か。
だが、胸の奥が妙にざわつく。
「……ああ」
乾いた笑いが漏れた。
「これが、最初の仕事か」
その瞬間、俺は理解した。
もう――
何もしない一般人には戻れない。
こうして、
説明も選択肢も与えられないまま、
俺の物語は始まってしまった。
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