六、海老

 梅盆栽を受け取った一週間後、ママが「たまには一緒に何か食べに行きましょう」と誘いをくれた。落ち込んだままの私を何とか浮上させたいのかもしれない。申し訳なさから「はい」と即答し、翌日の出勤前に二人で寿司店へと足を運んだ。ママが選んだ店であり、相田あいださんとよく通った店でもある、寿司店へ。

「ね、あの盆栽、きれいなお花がついてたわね。旅行とかするなら店で預かれるから」

 旅行、という言葉に少々の驚きを覚える。自分がどこか旅に出るなんて、考えたことなどなかった。

「……もし行くなら、一人旅になります」

「一人っていいものよ。何でも気楽にできるじゃない?」

 彼に無理をさせてしまっていたのではないか。いまだにそんな後悔の渦に苛まれている私を、ママは軽妙な言葉で掬い上げようとする。

「お待たせしました」

 カウンターに大将が置いたのは、きれいな薄ピンク色の飲み物が入ったグラスだった。

「……え?」

「まあ、これロゼね。きれいな色。ネタは何が合うのかしら」

「赤海老、帆立、真鯛あたりがおすすめですね」

「あら? でも沙耶さや、飲み物はまだ頼んでいなかったわよね?」

「ええ、私は頼んでいないです」

 ゆるゆると首を振ると、大将が「いつもいらっしゃるお客さんに、たまにはサービスで」と、少々照れくさそうに言う。

 礼を言い、赤海老を注文する。寿司ネタにこだわりはないけれど、付け台に出てきた赤海老の握りとロゼワインはとてもよく合い、さすが大将のおすすめだと舌を巻く。

「すごい、合いますね」

 そう言ってすぐに、後味が口の中に広がった。赤海老の甘みの輪郭を浮き上がらせるかのような、ワインのわずかな苦みが。

「おすすめ、ですから」

「美味しい……です」

「あ、私にもお酒、日本酒がいいんですが」

 ママが大将におすすめの日本酒を尋ねる横で、私は相田さんとここに座った時間に思いを馳せる。雪中君子、冷たい雪の中でもしおれない花。なんて、なんて強い花なんだろう。

「……泣いてばかりいては、だめですね」

「そうよ、ホステスは強くないと。もちろん弁護士も」

「そうですね……、そう、思います」

「ふふ、そうでなくちゃ。あの日あなたに声をかけてよかったわ」

 軽く微笑むママがかわいらしく見えて、頬が少しだけゆるむ。

「梅盆栽が見守ってくれる、って思ってます」

「沙耶の、真面目な顔でそういうこと言うの好き」

「え、真面目でしたか?」

「……自分じゃわからないものなの。でもわかってくれる人も、いるのよ」

 ママの笑みが深くなった。私はロゼワインを口に含んだ。

 ピンクのインナーカラーを入れた髪がふわりと視界に入り、私の顔は、自然と微笑みを浮かべる。

 ロゼワインのグラスを白木のカウンターに置くと、いつかの相田さんが私の中で優しく微笑みを作った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪中君子 祐里 @yukie_miumiu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画