二、吐露

『客に身の上話なんてしない方がいいよ。本当のこと話したって、話半分で聞かれるだけだもの』

 ホステス仲間が言っていて、『そうだね』と返した覚えがある。弟の手術費が高額で。母が作った借金を返せなくて。妹の留学費用を払えなくて。そんな無機質な作り話が、このきらびやかな街には溢れている。


 でも、私は言ってしまった。

「笑っていただいていいのですが」

「ん?」

「司法試験、受けるつもりなんです」

 三ヶ月に一回だった『最後まで』が月一回になり、より親しみが湧いてきたせいだろう。

 セックスなんてしない、ただ眠るだけの穏やかな優しい時間のはずなのに、居心地の悪さを覚える。枕に頭を置いたまま「笑わないよ」と言う相田あいださんの視線が優しすぎて。

「父が酷い人だったんですけど、母はなかなか離婚できなくて苦労してきたんです。だから、母のような人を助けられる職に就きたいな、と」

 肌触りの良いシーツの上に起き上がり、腕で膝を抱える。高級クラブとはいえ、ただの夜の女だろう。身の程を知れ。そう思われるのが怖くて、言い訳のようにどんどん言葉が出てきてしまう。

「大学、奨学金なので。勉強する時間と返済のことを考えてホステスに……」

「そうだったのか」

 相田さんは信じてくれたようだけれど、何だかいたたまれない気持ちになり、身が縮こまった。

「あ、あの、無理に指名とかはなさらないでください。相田さん、いつも平等にされていますよね」

「ああ、お店での指名はそうだね。いや、でも考えておくよ」

「お心遣い、うれしいです。でも本当にいいのです。……相田さんは、その、普段あまり眠れないとおっしゃっていましたが」

「うん。でもきみと一緒にいると眠れる」

「どうしてでしょう?」

「うーん……、僕はね、ずっと生き馬の目を抜くような業界で、仕事では腹の探り合いなんか日常茶飯事だし、誰かを傷付けたとわかっていても見て見ぬふりをして突っ走ってきて……」

「そうですか……おつらいですよね」

「それが、沙耶さやちゃんと一緒にいると少しずつ赦されていくような心持ちになるんだよ。寒さを知っている人は、人の痛みに気付くのが早い。きっとそういうことなんだろう」

「そんな、買いかぶりすぎです」

 彼は私の手を取った。乾ききった硬い手のひらは、いつも私を安心させる。

「沙耶ちゃん、ありがとう」

 そう言うと、相田さんはすとんと落ちるように眠りに就いた。

 急激な入眠は体や心の不調のせいなのでは、と心配になってしまうが、そこまで踏み込むことはできない。私たちは店の従業員として、求められるサービスを提供するだけなのだから。

 苦い感情が走る心を見ないようにして、私は手を繋いだまま、柔らかな枕に頭を乗せた。


 そんな話をした翌月、ママから電話が入った。私は休みの日で、スーパーの入口を入るところだった。

『明日のね、キャンセル連絡が入ったの』

「明日……、相田さんの、ですか?」

 明日は相田さんのバースデーパーティーが催される予定だ。キャンセルだなんて、これまで一度もなかったのに。胸がざわつく。

『そうなの。珍しいわよね。まあ、パーティーと言っても相田さんあまり派手なのはお好みじゃないから、そんなに大した準備もいらないでしょう? キャンセル料は不要です、ってお伝えしておいたわ』

「そう、ですか」

『だから同伴もなし。出勤は八時じゃなくて八時半でいいわよ』

「……わかりました」

『よろしくね』

「はい……失礼します」

 ママの事務的な物言いに気落ちした声で答えて電話を切る。スーパーは普段どおり賑やかで、商品を見つめる客たちの頭の上から店内放送が耳に滑り込んでくる。


――さあ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。本日の目玉は宮城県産ちぢみほうれん草。えぐみ少なく甘みたっぷり。ご家庭の食卓にいかがでしょう――


 うるさい!

 そう叫びたくなった。

 なのに私の手は、目立つよう陳列されている、緑色の分厚く縮れた葉を買い物カゴに入れていた。少し歩いて、フルーツコーナーのバナナと甘味コーナーの串団子も。

 甘いものを、じわりと広がりつつある苦みを消してくれるものを、何でもいいから食べたかった。

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