第7話 かまってちゃんの告白とストッパー契約

「赤城のやつ……遠慮なく、練習ハードにしやがって……! あれか? 腹いせか? 腹いせなのか!?」


 陽が落ちかけてもなお暑い、梅雨明けの放課後。

 この間の逃亡とは違い、今回は堂々たる早抜け。マネージャー公認である。


 早抜けバンザイ! みんながせっせこせっせこ練習に励んでる中、俺だけ優雅にお着替え!

 ……なんて、普段ならはしゃぎにはしゃいでただろう。

 残念ながら、マネージャーなのが赤城なのが運の尽き。

 早抜けする分練習はツメツメ。


 しかも梅雨が明けて屋内練からグラウンド練に戻ってから、より総合的に練習がキツい!

 ケガするかもしれない理由で屋内練ではすることのなかったランメニューが、今日は盛りだくさんとなっていた。


 ベースランに、外野のポール間ダッシュ、トドメに追い越し可能の外周5周。

 最後のに至っては追い抜かれたら追加で3周である。


 もちろん、走力や体力をつけないことには話にならないが、それはそれとしてキツイもんはキツイ。

 しかし憎いことに、赤城は俺たち野球部の扱いがこれまた上手い。


 赤城のような美少女に『がんばれ、がんばれ』と声援を飛ばされるだけでやる気を出すバカもいれば、もっとキツイのをくれと欲しがる奏太のようなバカもいる。

 それでいて、シートノックやフリーバッティングの時間も設けてくれてるのだから憎い。


 ボールとバットを与えておけば喜ぶと思われてそうでたまらなく憎いし、これまた当たってるのだから俺たちはバカなのだ。

 とはいえ、だ。文句はもちろんある。いつも文句はあるが今日は特段にある。


「いくら練習時間短いからって、休憩時間まで短くすること、ねぇだろ……!」


 なんで他の連中が5分休憩なのに俺だけ3分休憩なのかと!

 他の奴らが休憩してる間、長めに走らされてる俺の気持ちを赤城は考えたことはあるのだろうか。

 いいや、ないだろうな。あったらあんな非道な真似を出来るはずがない!!


「って、いつまでも赤城のことボヤいてたって仕方ないか。今は星乃星乃っと」


 恨み節を一通りグチり終わると、ユニフォームから制服に着替えて星乃が待つ教室に向かう。


 トットットッ……。


 部室棟からグラウンドを横切り、校舎へと入る。

 一通りの固定メニューが終わった野球部連中は、各々の個人練習へと切り替わっていて、入ってくる声はバラバラだった。

 当然、赤城もそれぞれの練習を見て回ってるようだったけど、生憎その時何をしてるのか気にしてる余裕はなかった。


「……うん、まぁ、いいだろう」


 教室の前で自分の匂いをチェックする。

 制汗シートの香りヨシ!

 制服も部室出る前にファブリーズしたからヨシ!


 少なくとも今日は臭いとは言われないだろう。

 さすがに何度も女子に臭いと言われると、メンタルが揺らぎかねない……。


 気持ちを落ち着かせ、俺はゆっくりと教室の扉を開ける。

 僅かながらに感じる湿気は以前よりは落ち着いていた……。

 それでも微かに、甘い匂いも感じられる……。


「……悪い、待たせた」

「この間の時より早いから、大丈夫」

「……そか」


 大丈夫なんて言いつつも、星乃の頬は既に紅潮している。

 一歩、また一歩近づけば、湿気や甘い匂いも強くなっていく。

 この間と同じ。また星乃は何かの衝動に駆られてるのだろうか。


 この間はペン先で胸をこねくり回し、スカートに手を伸ばしていた。

 今日はいったい何をして待っていたのだろうと星乃を観察してみる。


 服装は、この間ほどではないが確かに乱れている。

 スカートの裾が少し乱れていて、太ももにうっすら赤みがある。

 そのスカートの上で左手の指がハンカチにギュッと包まれている。


 机の上には何も置かれてない。勉強して待っていたわけでは無さそうだ。

 けれど確かに湿気と甘い匂いはする。この間、星乃を抱いた時と同じような甘い匂い。


 いったい、何をして待っていたのだろうか。

 そんなことを考えていると、星乃は短く結論を口にする。


「じゃあ、しよ?」


 冷静かつ端的な物言い。けれど、口にしている内容は真逆。

 まだ何をするべきか何も見えていないが、恐らくこの間と同じかそれ以上。


 正面から抱き合い、異性との体の違いを感じ、ただ衝動が収まるまで匂いを絡ませ合う。

 そんな甘ったるく刺激的なことをやるのだろう。


 思春期男子としては願ってもない出来事だが、楠木健太郎個人としては知って納得しておかないといけないことがあった。


「その前にちょっといいか?」

「いいけど、手短にお願い。我慢できないから」


 星乃の目線は俺を向きつつも、意識は太ももの方へとあるようで、ハンカチからゆっくりと取り出された左指がこっそりと彼女のスカートの中に入り込むのを見逃さない。


 俺は敢えてそれを指摘しないし、止めるつもりもない。

 元より彼女が助けを呼んでるなら助けたいと思って部活を早抜けしてきたのだから。

 それでも、俺が選ばれた理由だけは知っておきたい。


「なんで俺なんだ? 星乃なら都合のいい相手いるだろ」

「……? 楠木くんが都合がいいから呼んだんだけど」

「じゃなくて、呼び出したのが俺の理由。俺以外にも都合のいいやついるだろ」


 星乃の慰め相手なら、彼女が募集をかければものの数秒で男が集まるだろう。


 その中には俺よりもいい男がいてもおかしくない。というか、いる方が確率高い。

 それこそ星乃のこと最優先なやつもいるだろう。


 俺みたいに部活の片手間に構うやつもいないはずだ。

 それでも星乃当人は、キョトンとした表情でぽそっと呟く。


「私、他の人のことそんなに知らないし……」


 高嶺の花として、遠巻きに人から憧れられると当事者はそう感じるのか。

 奏太のような星乃にご執心のやつは色々と知っているのに、本人は誰が見ているのかを把握していない。


 そこまで確かに考えられてなかった。失言だ……。

 星乃はそんなに気にしてないのか、淡々と続ける。


「それに、楠木くんなら信頼できるってこの間思ったから」

「……なんだそりゃ」

「だって、マネージャーさんにお願いしてでも私のために早抜けしてくれたんでしょ?」

「なんでそれを知ってる!?」


 一瞬ギョッとした。

 どこから聞いていたのだろうか。制服の乱れ具合を見る限り、教室から出た様子はなさそうなのがまた怖い。


 しかも赤城とやり取りしていた場所は、グラウンドの奥。とてもじゃないが野球部連中の練習声に交じりながら聞き取るのは無理な話だ。

 星乃が地獄耳だという話は聞いたことがないし、奏太の観察眼でも浮上しなかった。


 どういったわけか不思議に思っていると、星乃が外を眺めながらタネ明かしをしてくれた。


「この席、グラウンドがよく見えるから好きなんだよね」

「あぁ、なるほど……」


 どうやら、一部始終見られてたようだ。

 俺が赤城に頼みに行くところも、赤城に即断拒否されるところも、文句垂れながら練習参加しているところも全部全部。


 正直、恥ずかしい以外の言葉が思いつかない。

 けれど、外を眺め始めてしまったことで星乃の別のスイッチが入ってしまったようだ。


「私ができない青春を、遠目から眺めて、少しでもその空気感に混じる。誰が何をして、何を考えて、何を話しているのか。そんなことを想像していつも見てるの」

「星乃も混じればいいじゃん、その青春ってやつに」

「お父さんが許してくれないわ、絶対」

「あぁ、厳しいんだっけ……」

「そうね。でも全部私のためだって、分かってる。私が落ちこぼれないように発破をかけてるんだって分かってるつもり」


 窓の外から視線が戻ってくる。

 さっきまでグラウンドを見ていた瞳が、今度はまっすぐ俺を射抜いてきた。


「でもね、時々、本当に時々……構ってもらいたくなる……」


 スカートの上に置かれていた左手が、そっと太ももを撫でる。

 俺の目があるのに、星乃は自分で自分を落ち着かせようとするのを止めようとしない。


「もっと私を見て、もっと私を叱って、もっと私の頑張りを見て、もっと私を……私を褒めて……」


 指先に力がこもるたびに、星乃の肩が小さく震える。

 呼吸も次第に浅く、早くなっていく。


「星乃、落ち着け」


 声をかけても、手は止まらない。


「んっ、くっ、うぁ……っ」


 たまらず、スカートの上から伸びていた彼女の手首を掴んだ。

 ビクリと星乃の体が跳ね、潤んだ瞳が驚いたようにこちらを見る。


「星乃! いいから! 落ち着け!」

「はっ、はっ……はぁ……っ」


 しばらく荒い息が続き、やがて少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 握っていた彼女の手をそっと離すと、星乃は俯いたまま、か細い声を漏らした。


「星乃の気持ちはよくわかったから。もう深くは聞かない」

「楠木くん……」

「ただ一つだけ確認させてくれ」


 ここで逃げたら、多分一生後悔する。

 そんな予感がして、言葉を続ける。


「俺はこれから星乃に何してやれる? 今だけじゃなくていい。星乃が困った時、俺は何してやれる?」


 静かな教室に、自分の声だけがやけに響いた。


「……私を慰めて。私が制御効かないようなら、さっきみたいに楠木くんが止めて……?」


 顔を上げた星乃の瞳は、さっきまでの甘さとは違う、少しだけ怯えた色をしていた。

 それでも、俺の問いからは目を逸らさずにいてくれる。


「分かった」


 短く頷く。

 覚悟を決めるには、それで十分だった。


「じゃあ、ストッパーとして早速仕事していいか?」


 言葉はなく、ただ星乃が小さく頷く。

 それだけで、この教室にいる二人の役割は、はっきりと決まった気がした。

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学園トップの『クーデレ才女』が、放課後の教室でだけ俺に「ぎゅっとして」と甘えてくる件について こばやJ @588skb

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