第5話 親友の観察眼と謎の手紙
「おーい、健太郎。メシ行こうぜ~」
「おう。すぐ行く。待ってろ」
「はよはよ~」
連日の雨が落ち着き、グラウンドに乾きが見え始めた日の昼。
昼休みに入るや否や、同じ野球部で親友の春日井 奏太が隣のクラスから教室に駆け込んできた。
いつもの食堂へのお誘いである。
弁当を持ってきてようが、買い弁だろうが、手ぶらであっても関係ない。奏太はいつでも誘いにやってくるし、俺も俺で断る理由がない。
今日も今日とて、退屈な午前授業の後片付けをチャチャッと片付け、俺は教室を後にしようとする。
「……」
ふと、後ろ髪を引かれたように数歩進んだ足をピタリと止める。
教室中央の席から後ろ側のドアへと向かい教室を出ようとした、その一瞬───俺はふと後方窓際の星乃アリスが気になってしまった。
今日も今日とて、星乃は変わらず『クーデレ才女』として一人ポツンと近寄り難い雰囲気を醸し出している。
周りの反応を見るに実情───彼女の痴態を知っているのはおそらく俺だけなのだろう。
「おーい、健太郎? 腹減ったんだけど~?」
「わり、ちょっとぼうっとしてた」
「しっかりしてくれよ。寝るのはメシ食った後の午後授業だけにしてくれよな」
「お前んとこ、午後イチの授業、鬼先の英語だが?」
「美女に叱られるのなら本望だ」
「ブレないな……」
腹ぺこおバカに声をかけられ、俺は再び歩みを始める。今度は止まることなく、そのまま奏太の元へと合流し、食堂へと向かう。
───あれから、俺と星乃は特に接触という接触はしていない。
体を触れ合うこともなければ、挨拶も口も交わすこともない。
ただ今まで通り、才女と野球バカという関わることの無いクラスメイトに戻っただけのこと。
唯一変わったことと言えば、ここ数日、チラチラとアリスのことが気になってしまうことだろうか……。
しかしそれもじきに落ち着くだろう。なんせ、日に日に足を止める頻度は落ちているのだから……。
「んで、さっきは何を考え事してたんだ?」
「ん?」
「ん、じゃなくて。なんかあるんだろ? 話せることなら聞くぞ?」
「……そういうとこ、すげえな」
「褒めてる?」
「もちろん褒めてる」
「そか。さんきゅ」
食堂に着き各々にランチを注文して着席するや否や、甘辛唐揚げ丼のご飯大盛りを頼んだ奏太が、教室での出来事を掘り返してきた。
普段は美少女、美女関連ではっちゃけているどうしようもない友人だが、人間観察を得意としてるだけあって俺のわずかな変化も見逃さない。
俺が星乃に気を取られた時間はほんの一瞬のはずなのに、こうして探りを入れられている。
いや、実際にはもう少し星乃に気を取られていたのかも知れない。───だとしても、他の人ではまず気にしないであろう時間の短さのはずだ。
それだけ、奏太の人間観察能力は侮れない。
隠すだけ無駄だと判断した俺は、そのまま本題へと踏み出す。
「んじゃ聞くけど、星乃アリスって知ってるか?」
「知らないと思ってるなら心外なんだが?」
「まぁそうか」
怖い、鬼ババア、ヒステリックイングリッシュと名高い、英語教師の鬼塚先生の授業を『美女からのご褒美時間』として楽しんでいるくらいの男だ。
星乃が『クーデレ才女』として高嶺の花になっている現状で、奏太が耳にしてないはずがない。
そして案の定というべきなのだろうか、予想外というべきだろうか。
奏太の口からスラスラと星乃の情報が流れ溢れる。
「星乃アリス。身長150センチ。体重推定45キロ。右利き。10月10日生まれ。入学から今に至るまで総合学年一位を譲ったことはなく、全国模試でもトップ50を逃したことがない本物の天才。見た目ちょっとやせ型だけど、実は着痩せしてると見てる。そんなアリスちゃんがどうした?」
「……お、おう」
正直、引いた。
奏太が情報通なのは知ってたし、女子のアレコレを多少は詳しいんだろうなとは考えてた。
それが甘かった。想像以上にキショくて親友であることが恥ずかしくなってくる。
『女子のアレコレを多少は詳しいんだろうな』なんて生ぬるい予想をしてた昔の俺を殴りたい。
俺の昼飯、大盛りカツカレーをほっぽり出してでもこの場を去りたいくらいには、一緒にいることが恥ずかしい。
星乃の件が無ければ、間違いなく教室に帰ってただろう。
それでも奏太の手を借りたくなるくらいには、星乃が気になって仕方ない今日この頃。
「ちょっと気になることがあってな」
「くわしく」
「それはちょっと言えないんだが」
「ふぅん?」
流石の親友相手であっても、詳細までは語れない。語れるわけがない。
星乃の名誉のためにもここは間違っちゃいけない。
というか、人の目がある食堂で『美少女が放課後痴態を晒した挙句、熱いハグを交わした』なんてこと言えるわけがない。
それこそ、女子との触れ合いに飢えている親友相手にはなおさら。
もっとも話を聞くときはちゃんと真面目になるからこそ、相談相手として選んでるわけだが……。
「星乃って、どういうやつなんだ?」
「健太郎の意図がよくわかんないんだけど、俺の所感でいいか?」
「もちろん。というか、奏太の直感が頼りだ」
「そういわれると照れるな」
「お前の女子に対する執着はハンパないからな」
「それ褒めてる?」
「もちろん褒めてる」
「じゃあいっか」
奏太の人間観察能力は一級品だ。
例えば、ピッチングフォームのちょっとしたズレを、監督より先に指摘してくる。
「肘、さっきより一センチ下がってるぞ」とか言いながら、ちゃんと球速まで見ている。
例えば、クラスの女子同士の空気の変化に誰よりも早く気づく。
昨日まで仲良さそうだった二人が、今日は目線を合わせていないだけで、「あ、あれケンカしたな」とか平気で言って当ててくる。
例えば、俺の表情の微妙な変化も見逃さない。
テストの点を見た一瞬の顔色で、「あ、赤点じゃないけど平均は下回ったな」と言い当てやがったこともある。クラス違うのに。
だからこそ、奏太から見た星乃の人間性を知ってみたくなる。
あの放課後のことは結局何だったのか。本当にあの数分の関係で終わりなのか。
星乃へ送る視線が減る一方で、彼女の人間性への好奇心は増していく日々。
───あの時、星乃の身に何があったのか、俺はまだ何も知らない。
助けを求めていた星乃の救いになれたのか、ずっと心の中でモヤついている。
どうしたものか、とスプーンでカレーを小さくかき回していると、奏太がぽそりとつぶやく。
「と言ってもさっき言った通りなんだよな。強いて言えば……寂しがりや?」
「ふぅん?」
「根拠はないからあんまりアテにすんなよ?」
「直感ってそういうもんだろ?」
「まぁそっか」
───寂しがりや。
正解であれ見当違いであれ、奏太がそう直感で覚えたのならあながち遠くないのだろう。
奏太の直感に助けられたことは何度もあるし、能力に関してはかなり信頼している。
とはいえ、寂しがりやとは何とも妙な立場だなとは思う。
無表情で、勉学での好成績を何度も叩き出すことからつけられた星乃のあだ名、『クーデレ才女』。
すっかり同学年だけでなく、学校中で高嶺の花として認知されてしまっている。
人気はあるし、注目もされる。だけど、恐れ多くて人が近づかない。それが今の星乃の現状だ。
奏太の直感とはいえ、皮肉なもんだ……。
「ところで、なんで急にアリスちゃん? もしかして、健太郎も他のヤツらみたいにアリスちゃんのクールっぷりに惚れたんか?」
「一緒にすんな。俺のはちょっとワケありなんだよ」
「なんだそりゃ」
奏太からの勘繰りに、俺は笑って誤魔化す。
そう。ワケあり。人には絶対に言えない、秘密のワケ。
あの日、あの放課後の教室、あの瞬間だけの秘密。
あの後、星乃がどういう心情なのか。俺はただそれを知りたいだけだ。
惚れた腫れたの話とは、今のところ無関係……のはず。
やれやれ。せっかくの美味いランチが冷めちまう。
奏太の質問をはぐらかしてカレーを頬張っていると、トットットッと駆け足でこっちに寄ってくる足音が聞こえてくる。
誰かに用事か? なんて顔を上げてみれば、女子の集団の中から一人、こっちへ駆け寄ってくる美少女がいるではないか。
スレンダーな赤髪のポニーテール美少女───赤城だと気づいた時には、もう逃げ道は塞がれていた。
「あ、楠木先輩、春日井先輩、お疲れ様です。先輩たちも食堂で食べてたんですね」
「げっ、赤城」
「げっって何ですか、げっって」
「やあ麗奈ちゃん。今日も可愛いね」
「春日井先輩は相変わらず口がお上手ですね。バットさばきもそれくらい上手になってくれると嬉しいです。今日のメニューに入れておきますね」
「あ、はい」
赤城を見た瞬間、反射的に席を立って逃げ出そうとしたが、袖を掴まれてあえなく撃沈。
赤城にデレデレする奏太の方はというと、塩対応されるどころか、しっかり練習メニューでシメられている始末だ。
流石の奏太も赤城には敵わないのか、大人しく引き下がる。
「今日も麗奈ちゃんからのシゴき……。たすかる……!」
あぁ、違うわ。ただシンプルに悦に浸ってるだけだわ。
親友として、いろいろと恥ずかしい男である。
なんてことを考えていると、ナチュラルに会話へ割り込んでくる赤城。
「ところで、ワケありってなんの話ですか?」
ざわざわと決して静かではない食堂の中で、よく俺らの会話を拾えたな……。
とはいえ、相手がニコニコ笑顔で美少女要素を撒き散らしている赤城だとしても、対応は変えない。
詳細は、絶対に明かすわけにはいかない。
「別になんもない。赤城は気にすんな」
「なんもないのに私には教えてくれないんですか?」
「男同士の話だからな。分かったらあっち行った。向こうで女子たちが赤城待ってんぞ」
「むぅ……。今日の筋トレ、楠木先輩だけ倍にしてあげますから!!」
ぷくっと頬を膨らませ、八つ当たりみたいにメニュー負担を増やす宣言をしてから、赤城は女子グループの元へと戻っていく。
あの調子で、部活中はきっちり鬼マネージャーをやるんだから、本当にタチが悪い。
「八つ当たりで筋トレ倍は勘弁してほしいんだが」
「代わりに俺がやるよ」
「じゃあ、頼むわ」
即答する奏太に、俺も即答で甘える。
多分、本気で全部やりきるあたりが、こいつのよく分からんところだ。
そんなこんなでわちゃわちゃしているうちに、昼休みは終わり間際になっていた。
食器を片付けて食堂を出て、廊下で奏太と別れ、自分の教室へ戻る。
いつもの席に腰を下ろし、何気なく机の中に手を突っ込む。
教科書とノートの感触に混じって、指先に薄い紙の感触が触れた。
「なんだ、これ」
引っ張り出してみると、見覚えのない折り手紙が一枚。
丁寧に四つ折りされたそれを開いてみれば───中身は、たった一言。
───放課後、待ってる。
差出人の名前はない。
でも、なんとなくわかる。
あの雨の日と同じ、窓際の席から届いた気がした。
胸が、ざわついた。
あの日の温もりと、甘い匂いが、頭の奥でよみがえる。
……また、何かが始まるのか?
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