第3話 汗臭い抱擁と収まらない衝動

「私を───抱きしめて」


 外は変わらず雨が降りしきっている中、助けを求めながらも蕩け切った表情の星乃の声が妙に澄んで耳に入ってきた。

 それだけ俺にとっては新鮮で、未だに信じられない状況なのだろう。

 なんせ同級生どころか学校中の男子たちが羨む高嶺の花である星乃アリスから、魅力的なお願いをされているのだから。

 もっとも、星乃本人からしたらそれどころじゃない一大事なのだろうが……。

 じゃなかったら、『どうしよう』なんて言葉が出てくるはずもない。


「そうすれば、星乃はその、落ち着くんだな?」

「わかんないけど、今は楠木くんを感じたくて堪らない……」

「意味、分かってて言ってるんだったら、だいぶ酷だけど大丈夫そ? ……って、それどころじゃないか。悪いな、意地悪なこと言って」


 なにがどうなって星乃が今の状況になってるのか、気になって仕方ないがそれは後回し。

 彼女自身が止められないっていうんだから、俺が止めるしかない。


「ふ……ぅ、ん……」


 今だって俺とこうして話してる最中だっていうのに、自身の太ももの間に挟み込んだ左手を何度もモゾモゾ動かしては湿っぽい吐息を漏らす星乃。

 この子分かってんのか? あなたから抱きしめてって言ったんだからな?

 一人で盛り上がられちゃ、男としてはちょっと寂しいんですよ……。


「悪いけど、少しの間だけジッとしててくれ。なるべく変な風にしないようにするからさ」


 俺がそういうと、星乃はゆっくりと、本当にゆっくりと姿勢を整えていく。


「ん……」


 左手の位置はそのままに、右手に持っていたシャーペンを参考書の隙間に挟み置くと、空いた手で自身の左腕をギュっと掴み身を縮める星乃。

 蕩けてほんのり涙が浮かぶまぶたを静かに閉じ、覚悟が出来たかのように少しだけ顔を上に傾けた。

 かと思えばふるふると身を震わせて、緊張しているのが丸わかりだ。


 けれど、そんな姿に俺も釣られて緊張してしまう。

 雨模様の窓の外。

 ざあざあと騒がしい雨音と共に、窓に何度も何度も付着される水飛沫。

 ぴしゃりと跳ね飛んだ水滴たちが作る鏡に、無防備に抱かれるのを待つ天才美少女と、部活から逃げ出してきたただの凡人男子が映っているのが分かる。

 あまりにも場違いで、あまりにも分不相応な現実が。


 ───それでも助けたいと思ってしまったんだから、仕方ないだろう。


「というか今更ながら汗、すんごいぞ? サボってきたとは言え、筋トレ直後だし、さっきまでダッシュもしてたし」

「それでもいい」

「星乃がそこまで言うなら、いいけどさぁ……」


 ふと思い出したかのように星乃に注意喚起してみたが、特に意味をなさなかった。

 むしろ、うっすらと開いた星乃の瞳からは『早くして』という圧さえ感じた。

 そして再び星乃の目が閉じる。もう逃げは許されない。


「じゃあ、いくぞ?」


 星乃が静かに頷く。つられて俺も静かに星乃の体に触れていく。

 まずは頭から。優しく撫でると同時に、彼女の白く鮮やかな長髪が湿っぽい教室で軽やかにふわりと舞う。

 サラサラとした綺麗な髪に誘われるように、今度は彼女の耳に手が触れる。


「ん……っ」


 ピクリと星乃の体が反応すると同時に甘い声色が漏れ聞こえた。

 まだ軽く指先が耳の先端に触れただけだというのに、少しばかり過剰ではないだろうか。

 なんてことを考えながらも、少しばかり意地悪してみたくなる自分がいる。

 ───今度は耳たぶを触ってみようか。


「ふ、んぁ……っ」


 今度は身を軽く捩らせて甘い反応をしてくる星乃。

 まだまだ抱きしめるどころか、軽く指で肌を触れてるだけだというのに、こんな様子で大丈夫なのだろうか。

 そんなことを考えていると、クイクイとユニフォームの裾を引っ張られた。もちろん、相手は星乃だ。


「ね、ねぇ、楠木くん……?」

「お、おう……」

「気を使ってくれてるのはありがたいんだけど、さ……。今のままじゃ物足りないというか……」


 しびれを切らした星乃の声は、想像以上にガッカリしているような様子だった。

 一体全体どういう要件だろうか。そう思って聞き耳を立てたバカはいったい誰だろうか。

 星乃がどんな気持ちで自分を抱きしめてなんて言葉を口にしたのか、想像が足りてなかった。

 そして俺自身も覚悟が足りてなかった。


「悪い。男に成り切れてなかったわ」


 俺はもう焦らさない。

 一気に、星乃の体を強く引き寄せた。


「あ───」


 ──柔らかい。

 制服越しでもはっきりわかる、たわわな胸の感触。

 細い腰に回した腕に、熱い体温がじんわりと染み込んでくる。

 そして、鼻先をくすぐる甘酸っぱい匂い。

 普段の、清潔な石鹸の香りがしそうな星乃からでは感じることのない、トロっとした甘さが前面に押し出されたような……。

 それでいて嫌にならないスッキリとした酸味もあるような……。

 そんな星乃のを全身で浴びている感覚に陥ってしまう。


 もちろん俺の役割は分かっている。痛いくらいに分かっている。

 原因が何であるにしろ、星乃の女の部分をどうにかしないことには解決できないのだろう。

 とはいえ、経験の少ない俺には出来ることなんてほとんど一つしかないのだけれど。


「ふ、あ……」


 一段、星乃をもう少し強めに抱き寄せる。

 星乃の口から甘い吐息がさらに深く漏れ出る。

 そして一層深く、星乃の体の柔らかさを覚えてしまった。

 制服越しに、ユニフォーム越しに伝わる星乃の線の細さ。

 少しでも力加減を間違えたら、ぽきっと折れてしまうんじゃないかと錯覚してしまうほどの弱々しさ。

 なによりも普段はクールぶって無表情な星乃が、俺までとろけてしまうような吐息を耳元で絶え間なく囁き続けているのだから、さらにおかしくなる。


 ドッドッドッ……。

 もうずっと心臓が鳴りっぱなしだ。鎮めることも、意識しないことも出来ない。

 なんせ、この音は俺だけじゃなく星乃からも伝わってきているのだから。

 決して小さくない星乃の柔らかな胸がふにゅりと俺の胸板に押しつぶされている。

 さっきまでシャーペンのお尻でふにゅふにゅと遊ばれていた双丘。

 今は逃げ場なく、ただお互いの緊張を伝える媒介になってしまっている。

 それがたまらなく───鼓動を加速させる。


「ん、んぅ……」


 抱き合ってからどれくらいの時が経っただろうか。数秒だろうか、数十秒だろうか。

 短くない時間が経った頃、星乃がモゾモゾと動きを見せた。

 そしてスンスンと鼻を鳴らすと一言二言、口を開く。


「楠木くん、臭い……」

「言っただろ、汗すごいって。今更文句はやめてくれよ」

「そういうのじゃないの」

「じゃあ、どういうのだよ」


 汗臭いって言うのは抱き合う前から先に伝えていたことだ。それを今になって苦言を呈するのはさすがにお門違いというものだ。

 とはいえ、文句を言われて抱き合い続けるのは違うと思った俺は、一度星乃を離しそのままほんの少しだけ距離を取る。

 男とは言え、臭いと言われて女子のそばにいれるほど図太いメンタルをしていない。

 たとえエロい雰囲気であっても気にするものは気にする。

 けれど、星乃的にはどうも俺の気にしているようなことではないっぽく、申し訳なさそうに指をモジモジさせている。

 それはさっき一度見た物足りなさを示すようなものとは、似て非なる反応だった。

 どちらかというと……おかわりが欲しいけど恥ずかしくて言えない子供……?

 勘がそう伝えてくる。


「……誰にも言わない?」

「内容次第だが、言ったところで誰も信じないよ。優等生のクーデレ才女様が発情して抱かれたがってたなんて」


 静かに乾いた笑いをする星乃。

 ちょっと言い方が悪かっただろうか。

 けれど星乃に事情があるとはいえ、やっぱり臭いからダメなんて反応をされれば、少なからずこんな言い方にだってなってしまう。

 筋トレばかりの練習に嫌気を差して逃げ出す俺だけど、それなりにプライドはあるのだから。

 だけど、幸か不幸か───俺のちょっとばかし乱暴な言い方が星乃のスイッチを押してしまったようだ。

 潤んだ瞳。蕩けて溢れて滲み落ちそうな涙。悦に浸りながらも、わずかに口角の上がった彼女の表情は悲壮感に満ちていた。


「失望したでしょ? ごめんね、こういう女なんだ、私」


 俺の返事を待たず、星乃は間髪入れずに次の言葉を繋げる。


「一回失望したついでにもう一回失望させてあげる」

「……聞くだけ聞くよ」

「変わってるね、楠木くん。普通は止めてくれそうなのに」

「普通の男なら、優等生が非行を働いていたら止めるが?」

「確かにそうかも」


 変わってる自覚は言われるまでもなくある。

 例えば、授業中なのに突然新しいピッチャーサイン考えてみたり。

 例えば、点取るための勉強は嫌いでも、面白そうと思ったものの勉強なら好きだったり。

 例えば、友達がやれ可愛い子だ美少女だと騒いでいても、それよりも体を動かすのが楽しかったり。

 俺が変わってることなんて挙げればキリがない。今だってそう。

 普通だったら抱きしめることなく先生に報告するか、家に帰す。

 少なくとも、慰めを続けさせるようなことはさせないだろう。

 だけど、俺はそんな自分が嫌いではない。バカだアホだなんて言われることもあるけれど、やりたいことがハッキリしている分、マシじゃないかと思う。

 ───なんて、ただ言い聞かせてるだけに過ぎないのだけど。

 少なくとも今、この教室で星乃を一人にしない選択をしてる自分は、間違っちゃいないと思いたい。


「でも私のことは考えてくれてるよね? どうやったら私が落ち着くか、って」

「そりゃまぁ、クラスメイトが困ってたら助けるだろ」

「そっか……」


 まだ教室中には甘い空気に満ちている。抱き合うのは止めても、緊張が解けたわけではない。

 距離を取ってるとはいえ、未だにドキドキしてるし、紅潮している顔が見える分なおさらドキドキしてしまう。

 辛うじてカッコつけられてる俺を、自分で褒めてやりたいくらいには耐え忍んでるつもりだ。

 これがいつまで続くかは考えたくないのだけれど……。

 なんてことを考えた矢先のことだった。


「でも私、キミに抱かれて落ち着くどころか、興奮しちゃってるんだけど……?」

「───は?」


 星乃がなんか言ってきた。

 なんかとんでもないことを言いやがった。

 人の気も知らずに。


「どう? 失望したでしょ?」


 星乃は失望という言葉の意味を知ってるのだろうか。

 失望。期待していた結果や相手の行動が思っていたほど良くなく、「あてがはずれてがっかりする」状態。

 ───がっかり? 俺が星乃に? なんで?

 あまりにも無神経な星乃の言葉に、苛立ちが募る。

 無自覚な星乃の言動に我慢の限界だった。

 ───さっきからずっと期待しかしてないこの胸のはどうしてくれるのか、と。


「えっと、なんでそこまでして俺に失望させたいのか分からないけど、それくらいじゃ何も変わらんぞ?」

「え?」

「というかむしろこっちも興奮する」

「……え?」


 バカ正直に白状すると、さっきまで悲壮感に満ちていた星乃の表情が一変する。

 初めこそ『なにを言ってるんだろう?』と少し呆けたように目を見開いていたが、次第に俺が発した言葉の意味を理解したのか、口元をモゾモゾし始めた。

 何か言いたげにしている星乃を完全無視して俺は続ける。

 少しは自己中な彼女にお灸を据えないと気が済まない。


「考えてみろ。部活から逃げ出して来たら、普段は凛々しい表情を浮かべてるクソ真面目なクラスメイトがエロいことをしてるどころか、抱いてとせがんでくる。これに興奮しないわけないだろ」


 文句を垂れてる今だって、「あの……あの……」と口を挟もうとするおどけている星乃を見れて興奮せずにはいられない。

 無表情。銀髪。学校きっての天才美少女。往々にして高嶺の花となるべくしてなった少女が、今目の前で乱れに乱れている。

 クラスメイトの誰もが見たことない心も服装も乱れた星乃アリスの一面を、今この瞬間、俺だけが堪能出来ている。

 なんと男冥利に尽きるだろうか。筋トレ練習サボって正解だった。

 ……あとで赤城の扱きが怖いけど、その時はその時だ。

 今は星乃のことが優先。

 というか、こんだけ男の自尊心を煽られといて途中で止めるってのが無理な話だ。

 困惑している星乃を前にして俺はさらに持論を放つ。


「それに加えて、汗の臭いで興奮してるだぁ? 甘いよ星乃。男を舐め過ぎだ」

「えっと、楠木くん? お、落ち着いて? 先生に今の状況がバレたらアナタが怒られるのよ?」

「あぁ、上等さ。怒られてやるよ。星乃みたいな美少女を抱いたんだ。それくらいのリスクはあるだろうさ」


 今の今になって、星乃は外のことを気にし始める。俺が教室に逃げ込むまで一人致していたのはいったい誰なのか問いただしたい。

 星乃のことを助けたいと思った段階から、俺はとっくに先生どころか、他のヤツの存在なんて気にしていない。

 片手間に助けられると思ってなかったし、何より一人の女の子と向き合うんだ。中途半端な気持ちじゃ失礼だろう。

 それこそ、俺だけが怒られる覚悟で星乃の誘いに乗っている。

 始めこそ男として星乃を抱き包む気概は無かったけれど、今ならいつでもいくらでも抱き包むことが出来る。

 もちろん、星乃が望むのならばだけど───。

 それはそれとして、無自覚な星乃へ忠告しとかないといけないこともある。


「けど、これだけは知っとけよ星乃」

「う、うん……?」

「男は大抵、好きな女に自分の臭いを押し付けたいんだよ」

「それは主語が大きすぎるんじゃないかしら……」

「いいや、大体合ってるね!」

「そ、そうなんだ……」

「だから、星乃のさっきの言葉は本気で落としたいやつにとっとけ。俺相手にはもったいない」


 普段の星乃ならば問題ないだろうが、流石に汗臭い男に抱き着かれて『興奮する』なんて言った日にはそこら中の男が勘違いしてしまいかねない。

 星乃は『クーデレ才女』やら『高嶺の花』なんて言われているが、結局は可愛い女の子───美少女であることには変わりないのだから。

 言われた相手が俺だからよかったものの……。


「よくわかんないけど分かったわ」

「おう」


 当の本人はあんまり分かってない様子。

 そりゃそうか。今のだけで分かったらそもそも軽率な発言をしてないわけだし。

 とはいえ、これで学んだだろう。星乃アリスは才女なんだし。


「それで、どうだ? 星乃の方は少しは落ち着いたか?」

「それは、その……」


 言いたいことを一通り終えて、本題を思い出した。

 星乃の様子を見てみれば……まだ少し太ももをモジモジさせている。

 つまりまだまだ満足できてないということだろう。

 下校時間が迫っていることもあり、流石に困った……。


「あぁ、まだダメか。って言ってもなぁ、他に手があるわけでもないし」

「……もう一回、お願い」

「もう一回って、また抱いてくれって?」

「そう。今度はもっと密着させてほしいの」

「……そんなに俺を興奮させたいわけ?」

「そういうのじゃないから。ちゃんと、私も落ち着きたいだけ」


 正直、これ以上の関係に踏み込むと良くないことが起こりそうで、身を引きたいのが本音である。

 俺にではなく星乃アリスに、だ。

 俺に良くないことが起きるのは割とどうでもいい。自分のことは自分で処理するのが道理だ。

 でも星乃のこととなれば話は別だ。俺が原因で他人が不幸になるのは流石に我慢できない。

 たとえそれが良かれと思ったことでも、だ。

 だというのに当の星乃は真剣な表情で俺をジッと見つめてくるではないか。

 興奮収まらず、頬は紅潮してるのに───いや、紅潮してるからこそ本気具合が伝わってくる。

 ただの勢いだけで星乃がリベンジを求めてるわけじゃないのが分かる。

 彼女の本気を見てしまった以上、中途半端で終わらせたくなくなってしまう。


「……分かったよ。そこまで言うなら、次で最後な。成功でも失敗でも、終わり。それでいいな?」

「ええ、それでいいわ」


 星乃が頷いたのを確認すると、俺は離れた距離以上に大きな一歩で彼女に近づく。

 また甘美で淫靡な香りが強くなる。クラクラと星乃の美貌に囚われそうになる。


「じゃあ───いくぞ?」


 自分の役割を自覚するために、掛け声をしてみる。

 欲に溺れてる星乃を正気に戻させる。それが自分の役割。

 ただ欲に溺れるのでは星乃を戻せない。

 理性で押さえつけてるだけでも溺れている星乃に手が届かない。

 何も出来ないのはもうこりごりだ。

 俺はもう無力を覚えたくない───。


「あ……」


 星乃を再び抱きしめると、短くそれでいて確実な女の声が耳の奥に響き渡る。

 美少女の柔らかな身体。線の細さを実感する弱々しさ。『クーデレ才女』のあだ名とは真逆の甘ったるい香り……。

 知らなかった、知りえなかった一面をまた実感する。


「もっと……もっとぉ……っ」


 今度は星乃からも抱き着いてきた。

 背中に回されたか細い腕。肩に掴まる細々しい指。

 自ら触れることがなくてもピクピクと痙攣している足腰。

 それでも抱き合う以上のことはしない俺たち。

 数秒、数十秒と長く密着しつつも、抱き合うで留まり続ける。


「ふー……っ、ふー……っ」


 甘い吐息を真横で感じ、その変化を全身で感じる。

 ただそれだけ。表情は見ず、抱き合う以外のことはせず……。

 発情少女がただ普通の、天才少女へ戻るまで俺はただ最後の瞬間まで待つだけ。

 そしてその時間は突然やってくる。


「あっ……はっ……! んぅ───っ!」


 背中に回された彼女の腕が、肩に掴まる彼女の指が、突如として急激に力が強まる。

 グイッとさらに身を引き寄せられ、肩にはちょっぴり湿った彼女の指と爪が食い込んでいく。

 耳奥で響く甘美な声が大きくなるにつれ、星乃に圧倒されていく。

 星乃の誰にも見せない魅力がドンドン擦りこまれていく。

 しかしその魅惑的な時間の終わりもすぐにやってきた。


「はっ……うぁ……」


 最後の瞬間は本当に一瞬だった。

 さっきまでの力の強さはどこへやら。急激に精魂抜けていく星乃を俺は優しく受け止める。

 背中は熱いし、肩はジンジンと痛い。

 けれど、力なくグデッと椅子によたれかかる星乃の様子はとても満足そうなものだった。

 それだけで俺は役割を全う出来たのだと実感できた。


 それから先のことはあまり覚えてない。

 星乃が正気に戻り、呼吸を整え終えてもまだ、夢の中にいるような気分だった。

 下校予告のチャイムが鳴る頃にはすでに星乃は教室から出ており、唯一『今日はありがとう』と言われたことは覚えている。

 それでもなお、着替えることも部室に戻ることもせず、ただ窓の外を眺めてボーっと立ち尽くしていた───らしい。

 俺の部活道具一式を持って教室に駆け込んできた赤城からの証言だ。

 部活が終わる時間になっても戻ってこない俺を心配して、学校中を探し回って見つけてくれたようだ。

 赤城は相変わらず面倒がいい。マネージャーとしてこれ以上の人物を俺は知らない。

 そんな赤城麗奈にだからこそ、俺は寝る前になっても去り際に放たれた言葉が頭から離れないのだろう。


『……なんで練習サボったのに、そんな汗臭いんですか?』


 ───あの時の俺は、赤城になんて返したんだろうな。



―――――――あとがき―――――――


カクヨムコンテスト11にエントリーしております。

是非、応援お願いします。フォロー、★★★の評価をお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る