第4話 怪しい僧の能力なんて知らないし
天井霊守の音が聞こえる人が実在する。彩がそうだった。――それは予想外どころではない衝撃だった。僕は隣のウメさんに相談しようか、まだ今なら追いつけるので彩を追いかけようか考えた。
天井霊守の音が激しい。いい加減、「やかましいわ」と言いそうになる。なんだか、体が重たくなってきた。気分が悪い。激しい音のせいか頭が痛い。
しかし今はそれどころではない。早く彩を追いかけて誤解を解かないと。
急ぎ部屋を出るため着替えているところに、チャリンと最近どこかで聞いたような音が聞こえた。その直後、部屋のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、黒い法衣。古びた数珠。
――あの日、軽トラの信号待ちで僕に声をかけてきた怪僧だった。
怪僧は虚無僧笠を深々とかぶり、直立不動で尺八を構えていた。尺八が鳴った。・・・あれ?この音色ってアルトリコーダーだな。よく見ると尺八に見えたのは茶色のアルトリコーダーだった。ソファファー。吹いている曲は、ビートルズのイエスタデーじゃないか。中学の音楽の教科書に楽譜が載っていたぞ。
尺八、もとい、アルトリコーダーの音がやむ。手に持ったアルトリコーダーで虚無僧の笠を少し押し上げて言う。
「ほほう。この部屋、実にビンビン感じるわい」
続いてアルトリコーダーを懐にしまい、
「拙僧が除霊して進ぜよう」
言うや否や、勝手に上がり込み、部屋の中央で大げさに腕を振った。
杖を突いてチャリン。(外で突いている杖を室内で突かないでほしい)
改めて右手で斜めに抱えた杖をぐっと体の前に突き出し、「祓え給え、清め給え」と節をつけて唱えつつ杖をゆっくりと回す。
おお、その杖に除霊の力が宿るのかと思って見ているとそのまま腰を低くしていき、正座すると、あっさりと床に杖を置く。
左片膝を立て、虚無僧笠を脱ぐ。立春を過ぎたこの時期には季節外れと思えるような日焼けした顔が覗く。いや、単に地黒なだけか。僧というだけあって丸坊主だが、顔はルパンに出てきた銭形警部のような雰囲気だ。
やけに長い数珠を二重にもって振り回し、部屋の一点に向かってにらみつける。
だが。音がする方はそっちじゃない!
怪僧の目線が左右に動く。そして僕の後ろの壁あたりを見据えて印を結ぶ。
「おぬしは何が不満じゃ?」
いや、僕の後ろには何もないだろ!
「そうかそうか」
何がそうかそうかだ、この坊さん。僕はもちろん、ほかの誰も何も言ってないわっ。
天井からの足音は止まらない。水の滴るような音もそのまま。これだけはっきり音のする方向が分かるのに、全く見当違いの方向に印を結び続ける怪僧。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前、カーッ!」《りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん》
いや、だから、そっちには何もいないって。
「安心召されよ」僧は汗をぬぐいながら言った。「怪異は去った」
何が安心なものか!去ってねぇよ。僕は天井霊守に聞こえないようにヒソヒソ声で耳打ちした「あのぉ・・・音ってまだ聞こえていますよね?」
「……まあ、あれじゃ」
「なんですか」
「気にせんことが一番の除霊じゃな、知らんけど」と言いつつ、怪僧はごそごそと懐から電卓を取り出した。
「今日の除霊料としては、出血大サービスして、はい、この程度かの」と言ってたたいた電卓を差し出し5桁の数字を僕に見せる。「本来、拙僧に除霊の依頼をいただいたなら、この10倍はかかるところであるが、おぬしは運がよいぞ。通りがかりであったゆえ出張費も免除じゃ。よいか?おぬしだけの特別値引きゆえ、この金額は他言無用であるぞ」
頭にきた。「(霊を)払っても無いのに(金を)払えるかっ!」と突き放した。
僧は大笑いした後「まぁ、おぬしには怪異は見えぬからわからぬのは無理もない。今回の分はボーナス一括払いという名目で“ツケ”ておいてやろう。これからも長いお付き合いになりそうじゃ」と言って部屋から出て行った。
早春の西に傾いた陽の下を、高笑いしながら遠ざかっていく怪僧の背中が窓から見えた。
使えないやつだ。
というか、まず、霊が見えたり霊のたてる音が聞こえたりするようになってから来いよな・・・
あ。すっかり忘れていた。こんなことをしている時間はない。僕は、音が聞こえるという彩のことをウメさんに相談しようと部屋を出るところだったんだ。
僕は靴を履いて部屋のドアに手をかける。気が付くと、天井霊守の音は止み、先ほど感じた体の不調はいつの間にか雲散霧消していた。僕は、軽い体で廊下に飛び出す。
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――次回、第5話「真っ暗枕投げ、なんて知らないし」
天井霊守の「気」が、ついに恒一に触れた?!
夜――
真っ暗な部屋で、何かが飛んできて顔に当たる。
「うわっ、何?」
それは、枕のような――柔らかいもの。
次回、「真っ暗枕投げ、なんて知らないし」
――見えないものが、当たる恐怖。
次の更新予定
天井霊守の怪 キャルシー @krsy
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