深夜郵便

三角海域

捨てられない夜

午前二時過ぎ。都市が呼吸を止め、静寂に包まれる時間帯。カーテンの隙間から漏れる街灯の灯り。部屋に舞うほこりの小さな粒がそれを吸収している。


誰かの部屋で、ラジオのスイッチが押された。スマホやPCでも聞ける時代に、あえてレトロなガジェットを用いている。

一瞬のノイズ。そうして、気だるげな声が聞こえてくる。


「はい、というわけで今夜も始まりました。深夜郵便。今夜のMCは……」



段ボールが三つ、床に並んでいる。


古賀雄介は床に座り、その箱を見つめていた。

そこには、別れた恋人の荷物が詰まっている。

三か月前に分かれた彼女。引っ越しの後残りの細々とした荷物を取りに来ると言いながら、結局取りに来ることはなかった。

メッセージを送ると、「勝手に処分して」という短い返信があった。


読みかけの文庫本、アクセサリー、使いかけの化粧品。生活感のあるそれらからは、ふたりの冷めきった関係がにじみ出ているように思われた。


雄介が箱の前に座ってから、もう数時間が経過している。捨てようと思っても、踏み切れずにいた。

これらを処分すれば、ふたりが過ごしてきた幸せな時間もゴミと化すような気がした。


時計を見る。午前二時五十五分。

午前九時には出社しなければならない。そのためには七時には起きる必要がある。今から寝ても、四時間くらいしか眠れない。

それがわかっていながら、それでも雄介は動けずにいた。


ふと、小さなラジオが目に入った。

インテリアとして購入したもの。電源をつけたことはない。

雄介は立ち上がり、そのラジオを手に取った。ストックしてある電池を入れ、電源をオンにする。

なんでもいいから、箱から意識を逸らす口実が欲しかった。


適当に周波数を合わせていると、どこか投げやりな声が流れてきた。


『はい、時刻は午前三時となりました。ここまでお付き合いのみなさんはだいぶやばいですね。こんな時間にこうやってぺちゃくちゃ話してる私も人のこと言えないですが。だからまあ、意味を求めるのはとりあえずやめにしましょう。寝れない時は無駄話するのが一番ですからね』


雄介は箱の上にラジオを置き、座り直す。


不思議な声質のMCだった。気だるげだがどこか凛とした響きをしていて、ふざけているのか真面目なのかを掴めない独特な抑揚があった。


『じゃ、メール読んでいきますか。えーっと、「火曜なのに眠れない人」さん。ラジオネームから切実さが伝わってきますね。ありがとうございます』


一度息継ぎをし、MCがメールを読み上げる。


『何年も前の雑誌を捨てられません。もう読むことはないとわかっているのに、捨てるとなると躊躇してしまいます。どうすればよいと思いますか?』


段ボールに向けられていた雄介の視線が、ラジオの方を向いた。


『なるほど。別に捨てなくてもいいんじゃないですか? そのうち勝手に「あ、もういいや」ってなる時がきますよ。それが一年後か五年後かはわかんないですけど、そん時に捨てりゃいいんですよ』


雄介は段ボールを見つめる。


『次。えーっと、「カロリー過多郎」さん。「弁当をふたつ買ったら箸を二本入れてきました。弁当を一緒に食べる相手が俺にいるとでも?」……知らんがな』


雄介は小さく笑った。そうして、ひとつずつ押入れの奥へと段ボールを運んだ。

すべての箱をしまうと、雄介の中にあった靄は不思議と晴れていた。


ラジオはまだ続いている。


『「窓の外が明るくなってきています。なんとかしてください」……太陽を撃ち落とせばいいんじゃないですか? 次」


ふと自分もメールを送りたくなった。

理由はわからない。ただ、見知らぬ誰かと意味のない言葉を交わしたくなった。


スマートフォンを手に取り、番組のメールフォームを開く。


「昨日、ボーっとしながら爪を切っていたら、深爪してしまいました。痛いです」


送信する。


無事に送られたことを確認すると、ラジオを流しながら雄介は布団にもぐりこんだ。


ゆっくり目を閉じる。


彼女が残したものを、いつか捨てるかもしれないし、いつまでも捨てないかもしれない。


どちらでもいい。


今はそれで十分だった。

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深夜郵便 三角海域 @sankakukaiiki

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