第5話 俺、頑張りました!
アリアンヌと婚約してから七年後。
『王国最強の剣』である父に土下座し、俺は辺境を守る最強騎士団に所属する騎士たちに交じって、地獄のような鍛錬を積んだ。
何度も心が折れそうになった。
だが俺は、推しを破滅から救うために必死に食らいついた。
おかげで細身だった体は一気に大柄な体格へと変わり、努力する姿を見た両親や使用人、騎士たちが揃って涙を流した。
なにせ、前世の記憶を取り戻す前の俺は、自由を愛する貴族としての自覚すらないクズ野郎だったから。
そんな中でも、俺はアリアンヌとの交流だけは欠かさなかった。
少しでも仲が良いことを周囲に知らしめておかなければ、いつ彼女が王太子の婚約者に据えられるか分かったものではないからだ。
何より、アリアンヌと過ごす時間は、俺にとって最高の推し活であり、何にも代えがたい癒やしだった。
そうして血のにじむ努力の末、俺は史上最年少となる十歳で王国騎士団に入団。
破竹の勢いで成果を上げ、入団六年目にして近衛騎士に選ばれた。
「本当に近衛騎士になっちゃったわね」
「ははっ、俺はやれば出来る子なんだよ」
「なによそれ……でも、少しは見直したわ」
「少しかよ」
王国騎士団への入団に合わせて王都のタウンハウスに移り住んだ俺は、同じ頃に公爵家のタウンハウスへ移ったアリアンヌと、王都のカフェでつかの間の休息を楽しんでいた。
目の前で、推しが呆れたように笑っている。
その笑顔が、俺にどれだけの力を与えてくれているのか君は知らないだろう。
……いや、知らなくていい。
「アリアンヌ、どこか行きたいところはあるか?」
「そうねぇ……」
頬杖をつきながら悩む推しがただただ可愛い。
こんな姿のアリアンヌは、婚約当初なら考えられなかった。
実は次期王妃として育てられたこのお嬢様、娯楽というものを一切知らなかったのだ。
演劇も、お菓子も……誰もが当たり前に楽しんでいる娯楽や嗜好品を彼女は全く知らなかった。
『お菓子は客をもてなすものであって、自分が食べるものではない』
そう彼女の口から聞いたときは思わず目眩がした。
おまけに、『街の様子は書類と部下の報告で分かるし、ドレスやアクセサリーは商人が運んでくれる』という恐ろしい教えを受けていたせいで、彼女は直接街へ行ったことすらなかったらしい。
こんな世間知らずのお嬢様が次期王妃になったら……うん、間違いなく暴動が起きる。
まさか、推しを断罪から救うために結んだ婚約が、国の危機まで救うことになるとは。
だから俺は、鍛錬の合間を縫って推し活を兼ね、彼女にさまざまな娯楽やお菓子を教えた。
演劇に絵画に音楽。焼き菓子にケーキにゼリー。
ともかく、色んな楽しみを彼女に教えた。
その甲斐あってか、最初は「何でもいいわ」と素っ気ない返事をしていたアリアンヌが、次第に自分の願望を口にするようになった。
それは、厳しい教育のせいで自分の望みを押し殺してきた彼女にとって、驚くほど大きな成長だった。
「それじゃあ、東の通りの本屋に行きたいわ」
「本屋?」
「そう。最近できたみたいなんだけど、新作の恋愛小説を置いているらしくて……あっ」
その瞬間、アリアンヌの表情が曇る。
そういえば、彼女の両親は娯楽系の小説を読むことを許していなかった。
まったく、娯楽を知らなければ……世間を知らなければ、国は発展しないというのに。
暗い顔をするアリアンヌに、俺は優しく微笑みかける。
「いいぞ。買ったら、いつも通りうちに置けばいい」
「いいの?」
「もちろん。うちの母親も、アリアンヌが買ってきた本を気に入って読んでるから」
「そうなの!? それを早く言いなさいよ!」
「えっ!?」
突然大きな声を出して顔を近づけるアリアンヌに、思わず背中をのけぞらせる。
「読んでいらっしゃるなら、お茶会を開いて感想を言い合えるのに!」
「ああ、そういう」
所謂、オフ会みたいなやつだな。
確かに、同士がいれば語りたくなる。
「……なぁ」
「はい?」
「俺もそれを読んでるって言ったら……引くか?」
恐る恐る問い質す俺に、アリアンヌは満面の笑みを浮かべる。
「何度も言うわ。それを早く言いなさい!」
俺の推しは、オタクに優しい人だった。
――そして数日後、俺とアリアンヌは小説の舞台である学園に入学した。
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