第3話 俺、諦めません!

「嫌よ」

「やっぱりかぁ」



 公爵家を訪れて早々、応接室に通された俺は、久しぶりに会ったアリアンヌの姿に一瞬見惚れてしまった。


 だが、そんな感傷に浸る間もなく、単刀直入に婚約を申し出た結果――即座に断られた。



「どうして、あんたと婚約しないといけないのよ。互いにとって、何の利益もないじゃない」

「利益って……」

「そもそもあんた、私のことも婚約のことも嫌がって……」

「ほら! 辺境伯家は国防を担う家だから、これから国のことを考えると、長年交流のある公爵家との関係を深めることで、より強固に――」

「……そんなの、今まで通りでもいいじゃない」

「そ、そうかもしれないが……」



 ダメだ! このままでは婚約が成立せず、推しが破滅してしまう!


 それだけは、何としても避けなければ!


 覚悟を決めた俺は、ソファーから立ち上がり、そのまま彼女の前に立つと跪いた。



「あんた、いきなり何をし――」

「俺が『今になって一目惚れした』って言ったら、婚約してくれるか?」

「っ! だったら、今になって言ってくるのよ!」



 おや、これは……いけるのでは!?


 恥を押し殺した俺も一世一代の告白に、アリアンヌは顔を真っ赤にし、ぷいとそっぽを向くと小さく呟く。



「……それに、私は公爵令嬢よ。公爵家にとって、有利になることをしないと」



 その言葉を聞いて、小説の内容が脳裏をよぎる。


 そういえば、アリアンヌと王太子の婚約は、もともと公爵家側からの申し出で成立したものだったな。


 そのために彼女は、幼い頃から厳しい淑女教育を受けてきた。


 ……幼馴染の俺ですら、気軽に遊びに誘えないほどに。


 何かに耐えるように下唇を噛むアリアンヌを見て、俺はそっと立ち上がり、向かいのソファーに座り直して声をかけた。



「なぁ、聞いてもいいか?」

「何よ」

「公爵家にとって、“利益になること”って何だ?」



 そもそも、辺境伯家と公爵家の交流自体、国防を担う我が家と、宰相を務める公爵家が繋がっていた方が国にとって都合がいいから続いてきたもの。


 俺が彼女の幼馴染であるのも、その交流の一環に過ぎない。



「それは……」

「王族との婚約か?」

「っ!」



 驚いたように俺を見るアリアンヌの反応で確信した。


 この時点で彼女は、すでに両親から「国母になれ」と言われているのだ。


 八歳の子どもに向かって、なんてことを言い聞かせているんだ!


 そのせいで、彼女をあんな未来を迎えるというのに……!



「それが、公爵家のためになるなら」



 八歳とは思えない覚悟を宿したその表情は、あまりにも凛としていて、思わず息を呑む。


 貴族として見れば、彼女の決意は立派なものなのだろう。


 だが、その場合、彼女自身の人生はどうなる?


 生涯、公爵家のために尽くすことが、本当に彼女の幸せなのか?


 そんな疑問が俺の胸を締め付けるのは、俺が彼女の未来を知っているから――そして何より、彼女が俺の推しだからだ。


 辛そうな表情で口にするアリアンヌに、胸を痛めた俺は、ふとある疑問に行き当たる。



「だが、どうしてそこまで王族との繋がりを求める? 王族との縁だけなら、次期公爵である兄上が王太子の側近を務めている。それで十分なはずだろう?」

「そ、それは……」



 エスティカード公爵家は、初代国王の弟が興した名門だ。


 これまでにも王妃を輩出し、臣籍降下した王子を次期当主として迎えた例すらある。


 王族との繋がりは、すでに十分すぎるほどだ。


 ――それなのに、なぜ?


 その時、俺は公爵家の思惑に気づく。



「……もしかして、王家の身内に入ることで、王家を裏から操るつもりなのか?」

「っ!」



 顔を真っ青にして俯くアリアンヌを見て確信する。


 なるほど、それなら辻褄が合う。


 そうやって代々、公爵家は宰相という地位を確固たるものにしているのだろう。


 やがて、顔を上げたアリアンヌは周囲を警戒するように見回し、声を抑えて話し始める。

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