第4話

――そして視察当日。

「ママ、きょうはおみせ、いかないの?」

「……ええ。ママ、ちょっと熱があるみたいなの」

仮病を使おうとした罰なのか……本当に夜中から熱が出てしまいました。


「おねつ? かわいそう。ぽんぽんいたい?」

「ぽんぽんは平気よ」

ルッカは心配そうに、私のおでこを撫でてくれました。……ねえ、天使ですか? あなた猫耳の天使ですか?

この子を取られたら私、1秒だって生きられません……。


「ルッカ。今日は誰かが来ても、お顔を見せちゃダメよ」

「なんで?」

「……そう言う日なの」

こてんと首をかしげてから、ルッカは「はぁい」と答えてくれました。


「おくすりのんだ?」

「じつは大人用は、切らしちゃってて……」

子どもの薬は備えているのに、大人用は用意していませんでした。……王城を去ってから、風邪なんて一度も引かなかったので。


「まま。おかお、あかいよ……くるちい?」

「大丈夫。少し寝たらすぐ治るわ」

「よちよち……」

火照ったおでこに、幼い掌がひんやりと気持ちいい……なんだか、眠くなってきました。

毎日不安で、あまり寝ていなかったから……。

「――すぅ」

そのまま私は、深い眠りに落ちていきました。



  ***


「……ママ、ねんねちた?」

寝息を立てるママを見つめて、ルッカはきゅっと小さな拳を握りしめた。


「ママ。なおって。……おねつのおくすり、おばたんにもらってくるからね!」


帽子屋さんはすぐそばだ。ルッカ一人でも道は分かる。帽子を深くかぶり、あご紐もぎゅっと締めた。


「……あ。おかお、みせちゃダメって、ままいってた」

だからルッカは、おもちゃ箱をひっくり返してお面を探した。


「あった。ねこちゃんのおめん!」

お祭りの日に、ママが買ってくれたお気に入りだ。

お面と帽子で完全武装し、ルッカは外に飛び出した。


「わ……ひと、いっぱい……」

いつもは静かな通りに、今日は人だかりができている。王家の護衛と見物人でいっぱいだ。

その波を小さな体で掻き分けてブラウン帽子屋へと向かうと、店先でジャックとマーサが誰かと話していた。


――第二王子、イザークだ。


   *


イザークは帽子を手に取り、静かな視線を注いでいた。

「――よくできている。軽くて形も美しい。使い手を考えた造りだ」


がちがちと緊張した店主夫婦は、震えながら笑顔を浮かべた。

「あ、ありがとうごぜえます、で、でで殿下……」

「こ、光栄で、ございますわ……おほほ」


「この帽子、誰の手による品だ?」

「う、うでの良い職人が、おりましてね……」

「職人……? その職人はどこに?」


ジャックとマーサは、思わず顔を見合せた。メアリーからは、「自分のことは言わないで」と頼まれているのだ。

返事に詰まっていた、そのとき。


「おばたん。おじたん」


猫のお面と帽子の子どもが、マーサのスカートをくいくいと引っ張っていた。

「ルッカ!?」

「おめぇ、どうしてここに……? なんでお面なんてかぶってんだ!?」


(――はっ)

マーサに、雷で撃たれたような衝撃が走った。

女の勘だった。

思わずイザーク殿下をふり返る。……似ている。

がっつり似ている。

ルッカと、まんま瓜二つだ……!

(メアリー……まさか!?)


「ねえ。おくすりちょうだい」

石像のように固まっているマーサの隣で、ジャックは尋ねた。

「薬って、おめぇのか?」

「ううん、ママ。おねつあるの」


イザークは息を呑んだように、ルッカを凝視していた。

「……店主。その子は?」

「いえ、その。……近所の、知り合いの子で……」


その瞬間、ルッカのお面がずり落ちかけ――

「ひぇ!!!」

マーサは凄まじい速度でしゃがみ込み、お面を紐を結び直してルッカを抱きかかえた。

「す、すみませんね殿下! あたし、この子の世話があるんで……あんた、ここは任せたからね!!」

マーサは全力疾走で店から遠ざかって行った。

「おばたん?」

「いいからおいで!!」

遠ざかる店主夫人と幼児の後ろ姿を、イザークは射抜くような眼で見つめていた――。

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2026年1月18日 12:03

密かに授かった王子様との愛し子を隠したいのに、猫耳のおかげで即バレしそうです 越智屋ノマ @ocha

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