第3話

王城を去った私は、『メアリー・スミス』と名乗ることにしました。長かった亜麻色の髪は肩まで切り、染め粉で少しだけ暗くしました。

どこにでもいる、ありふれた平民女のできあがりです。


行く先々で小金を稼ぎながら転々とし、たどりついたのは縁もゆかりもない辺境の街でした。国境沿いで移民が多く、紛れ込むのにちょうど良い場所です。


身ごもっていると知ったのは、あの夜から4ヵ月後。

街はずれに住んでいた老齢の産婆さんが、黙って助けてくれました。


――そしてルッカも、今や3歳。

イザーク殿下にそっくりな美貌ですが、金髪碧眼は平民にもいるので、珍しくありません。……マズいのは、猫耳だけ。


王族の猫耳は、10歳ごろに消えると聞きます。

あと7年。全然、隠し通せる気がします。

赤ちゃんの頃なんて、今よりよほど大変だったんですから……!


私が帽子屋に就職したのも、我が子の猫耳を自然に隠すためでした。

親が帽子屋なら、息子がいつも帽子姿でも「アリ」でしょう?


ブラウン帽子店は、もともと静かな店でしたが、私の作った帽子をきっかけに少しずつ忙しくなり――いつの間にか、領内でも名の知れた店になっていました。


「メアリーが来て、おれらの店は生まれ変わったよ」

「いつか王都に店を出すのが、あたしらの夢さ」

私はただ笑って聞いていました。……ちょっと複雑な心境です。


ジャックさんとマーサさんは、私たち母子を本物の家族のように気にかけてくれていて。私たちは店のすぐそばの貸家に住んでいますが、仕事中は奥のご自宅にルッカを置いてくださるので、本当に助かっています。


(……この生活が、ずっと続きますように)


   *


そんなある朝のことでした。

私とルッカがいつものようにお店に行くと、

「おはよう、メアリー!! 聞いてくれ!」

「大変よ、大ニュースなんだよ!!」

ジャックさんとマーサさんが、大興奮でまくし立ててきました。


「どうしたんですか?」

「来月、うちの店にお偉いさんが来るんだ!」

「視察……ですか? お偉いさんということは、領主様でしょうか」


(人気になるのは嬉しいけれど、あんまり目立つと、私とルッカにはちょっと……)

そう思った矢先、ご夫婦は首を振りました。


「違うんだ!」

「来るのはなんと……第二王子なんだってさ!!」

(……なんですってぇ!?)


何でも、とある貴族が王妃陛下にうちの帽子を献上したらしく。王妃陛下はそれを大変お気に召し、王家御用達にしたいんだとか……。

そのために、イザーク第二王子殿下が直々に視察に来るというのです。


「メアリーのおかげだなぁ!! 本当にお前さんは、幸運の女神だよ」

(――やりすぎたぁあああ!)

私はただ、ルッカのために帽子屋さんに徹して生きたいだけなのに……。


「まま、しゅごいね!」

小さな親指をぴんと立てて褒めてくれるルッカに、引き攣った笑みを返すしかありません。


「ジャックさん……その日は、私……お休みを……」

「ん? どうしたんだ、メアリー」

「じつは、体調が悪くて……」

「1か月も先だぞ?」

「ひぇ!? いえ、ええと……」

「「?」」


欠勤しよう。

その日は、お店には行かない!

イザーク殿下と再会するわけにはいきません!


殿下を傷物(?)にした罪を問われても困りますし、もしも王家の血を引くルッカを連れていかれてしまったら――。

(そんなの、絶対にイヤ……!!)


「まま。どちたの?」

「……っ」

半泣きでルッカを抱きしめ、私は必死に訴えた。

「と、ともかく、私、その日は絶対にお休みさせてください、お願いします!!」


店主夫妻は、顔を見合わせて首をかしげていました。

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