第2話

人間の耳と猫の耳。

ルッカには、2種類の耳が生えています。


……猫の耳は、頭の上に。

ふわふわの金髪とまったく同色のそれが、ぴょこんと。


この国の王族は、幼少期のみ猫耳を持つ――そんな話を聞いたことがあります。

本当は豹の耳らしく、ルッカの猫耳も、よくよく見ると薄っすらヒョウ柄になっています。なんでも、王家が豹の神獣の加護を受けているからだそうで。


つまり、この猫耳を見られたら終わりです。

なぜ私が王族の子を授かったか……少しだけ、昔の話をさせてください。


  *


私は、第二王子の婚約者候補ベアトリス様の侍女として、王宮で暮らす彼女のおそばで働いていました。


ベアトリス・ルモア侯爵令嬢は、五人の婚約者候補のうちの一人。

王子には複数の婚約者候補が与えられ、数年かけて妃を選ぶ――それが、この国の習わしです。


……ちなみに余談ですが、私もかつては『婚約者候補』の一人でした。でも、ほかのご令嬢と比べて圧倒的に家格が低く、最初から数に入っていなかったと思います。

初めての顔合わせの席で、即座に理解しましたもの。――あ、私、サンドバッグの役割ですね。って。


私以外のご令嬢たちは熾烈な妃争いを繰り広げ、そして溜めこんだストレスを私にぶつけて解消しているご様子でした。……まあ、高貴な方々をお支えするのも中級貴族の役割だと思うので、割り切ってしまえば気楽なものです。


しかし実家に不運が重なって没落したため、私は早々に候補から外されざるを得なくなりまして。

働き口を探していた私を雇ってくださったのが、ルモア侯爵家でした。

そうして私は、ベアトリス様の侍女になったのです。


「ああ、もう! あんたってなんてグズなのかしら!」

このベアトリス様、とても二面性の強いご令嬢でして。

王子殿下の前では淑女。しかし裏では感情の起伏が激しく、私はベアトリス様専用サンドバッグへとジョブチェンジしたのでした。

それでもまあ、働けるだけ良しとしましたけど。


ベアトリス様は、イザーク第二王子殿下にご執心でした。

しかしイザーク殿下は、見向きもしません。どの婚約者候補にも冷ややかな態度で接しておられました。


(イザーク殿下はきっと、理想がお高いんですね。こんなに素敵な方ですもの……)


イザーク殿下は金髪碧眼の、氷のように澄んだ美貌の持ち主です。けれど笑うと春の日差しのようで、胸の奥が温かくなるお方でした。

ほんの一時でも彼の婚約者候補でいられて、私は本当に光栄でした。

遠くからお姿を拝めるだけでも、十分に幸せ。

そう思っていました。

なのに――。


とある真夜中、事件が起きたのです。



王城の外れにある、古い倉庫。

私はその夜、魔光灯のか細い灯りの下で調度品や魔導具の木箱を運んでいました。ベアトリス様のご命令いやがらせで、「片付けが終わるまで出てきてはいけない」と命じられていたからです。

ひとり黙々と作業していると、音を立てて扉が開きました。

(――イザーク殿下?)


月光を背に立っていたのは、イザーク殿下でした。

苦悶の表情を浮かべ、荒い息を繰り返しています。

「…………なぜ、ここに、人が……」

うっ、と苦しげな声を漏らし、殿下はその場に膝をついてしまいました。


「どうなさったのですか!? 殿下! 殿――」

思わず駆け寄った次の瞬間、手首を掴まれ引き倒されていました。

私を見下ろす碧眼は、理性を失い、獣じみた情欲の色を帯びていて――。

私はただ、呆然としていました。


殿下は私に手を伸ばしてきて――でも、自分を押しとどめるように唇を噛んで、血を滲ませました。

「すまない。……っ」


殿下の状態は、どう見ても普通ではありません。

「一体、どうなさったのですか?」

「……媚薬だ。食事に、盛られていた」

「媚薬!?」

「あの女が……まさか、ここまでするとは……」

忌まわしそうに吐き捨てて、殿下はわなわなと肩を震わせていました。

感情の抑制が利かなくなっているらしく、歯を食いしばってご自身を戒めているようです――その姿に、私まで胸が苦しくなりました。

殿下はきっと、薬の効果が抜けるまで人のいない場所に潜んでやり過ごすつもりだったのでしょう。なのに、こんなところに私がいたから……。


「……マー、ガレッ……ト……」

不意に名を呼ばれ、私はびくりと身をこわばらせました。

マーガレットは私の本名です。『帽子屋のメアリー』になったのは、ずいぶんと後のことですので。


「俺から、逃げろ……マーガレット……」

イザーク殿下は自分の胸に手を当てて、攻撃魔法の呪文を唱え始めました。私が逃げ出せるように、自身を攻撃するつもりなのです。そんなことをされたら――


「おやめください!」

気付けば、殿下に縋りついていました。


「私を使ってください。……あなたを、鎮めるために」

「……っ!?」

「聞いたことがあります。媚薬は、事を済ますと効果が消えるのでしょう? でしたら、どうか――」

自分で自分を傷つけるようなことを、殿下にしてほしくありません。そんなことをされるくらいなら、喜んで身を差し出せます。

――私の、初恋の人に。

「ダメだ、そんな……ことは」

「お願いです。……私なんかじゃ、力不足かもしれませんけど」


「違っ……、っ……マーガレット……!」

それから先は、考える余裕がありませんでした。

貪られるように唇を奪われ、獣のように肌を重ね……。


彼を助けるつもりが、助けられたのは私だったのかもしれません。

叶うはずがない初恋に、一夜の花を咲かせることができたのですから。



――夜明け前。

イザーク殿下が目覚める前に、私は消えることにしました。

使用人用の通用門を使い、誰にも気づかれないように。

……婚約者候補ですらない私が殿下と関係したとあれば、殿下の醜聞につながるからです。


「さようなら。イザーク殿下」


悔いはありません。

どうかあなたが、幸せでありますように――。

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