後編 死に戻りを断つ剣
「そういえばね、気になることがあるんだ」
『気になること?』
森の中を歩きながら、僕はブラドに話しかけた。疲れよりも緊張が、身体全体に回って気持ち悪い。
ああ神よ、魔族でも話し相手を授けてくれたことを感謝します。
「アーサーはどうして、君の魔剣のこと知ってたんだろう。ううん、思い返してみると、あいつは君達魔族のことをよく知ってた」
全てを斬る剣だと、確かに言っていた。
そして、僕達四人は他にも強い魔族を討伐してる。アーサーは、初見の彼らと戦う時に、都度注意すべき技を話していた。
『ふうん。調べた……と言いたいところだけど、違うわね。
「だよね。何か、秘密があるはずだ」
『それにあの男……我の致命の一撃は全て回避していたわ。見てからじゃない。――わかっていた気がする』
わかっていた。そうだ、あれは予想じゃなく確信していた。知識というよりも、記憶。
「もしかして未来予知?」
『可能性はあるわね。今回も我が、貴様の身体を乗っ取るのを検知して、先回りして処分を図ったのかも』
「……」
処分かあ。ブラドの言い方は容赦ない。
僕自身、その通りだとは思う。……悔しい。
『きゃっ! な、何よ急に、痛た』
「あ、ごめんっ! 君を傷つけるつもりじゃ。ごめん」
頭に響く焦った声。しまった、つい右手をぐっと握っちゃった。慌てて緩めると、かすかな囁き声。
『……我も悪かったわ』
あれ、謝られた。僕が怒って握ったと思ってる? でも声の感じは、怖れよりも気まずそう。なら僕が傷付いたのを感じとって?
チョロい。でもそれはきっと僕もだ。
僕は右手を一撫でし、歩みに力を入れた。
「視魔、聴魔。――ブラド、ゆっくり行くよ」
奴等の気配を感じて、僕は足を止めた。支援魔法で今までの感知能力に加え、視力と聴力も強化する。
警戒に長けたケイティに気付かれないように、少しずつ歩みを進める。
ぱちぱちと焚き火が爆ぜる音、楽しそうな笑い声。ミアの声が聞こえる。
「ところでアーサーさん。聞きたいことが」
「何だ?」
「キースさん、あの高さからでは助からないのでは? 魔剣を手に入れたとしても、死なれては困りませんか」
「構わねえよ。それならそれで」
アーサーは全く動じない。構わない? おかしい。未来予知なら僕が今、来ることもわかってるはずだ。
別の意味で、ケイティがアーサーの発言に疑問を持ったみたい。こちらにはまだ気付いていない。
「アーサー、どうして? あなた、キースが怪我するのいつも気にしないわよね」
「あいつはそういう運命なんだ。俺達の悪いことは、全てあいつが背負えば上手くいく。勇者様を支援出来るんだ、本望だろ」
「確かに運ありませんものね、キースさん」
「まあ、そうね。お荷物だけど盾としては優秀だわ」
納得したように応じる彼女達。馬鹿にしたように聞こえるのは気のせいじゃない。
ブラドもそう感じたようで、頭の中に声がする。
『貴様、随分な言われようね。本当に仲間だったの?』
「……僕はそう思ってたよ。朝までは」
本当に仲間だと思ってた。喉がからからに渇く。
そんな僕の感傷なんて気付かずに、アーサーが笑っている。
「だろ? 今回こそが、俺達にキースが一番貢献してくれるんだ。魔剣に目覚めるなんて期待してない。むしろ、将来のやばい魔剣持ちに消えてほしいんだ」
動悸がやばい。気持ち悪いものがせり上がってくる。聞きたくないのに、全て聞こえてしまう。
「俺が繰り返した結果。その答えは、あいつがこれで死ぬことなんだよ」
息が詰まる。
殺す気だったのはわかってた。でも改めて死ねと言われると、胸の中の心臓がキュッと萎んだように痛い。
――冒険者ギルドで、立ち竦んだ僕に声をかけてくれた君の姿が、消えていく。
あれは、助けだったのか。
それとも、使える駒を拾っただけだった?
もう、信じない。
僕の答えも、
◇◇◇◇◇
「なにっ!? 敵襲か!」
「きゃっ!? これ、は……っ!」
木々から伸びる影が無数の根となり、ミアとケイティを瞬時に縛り上げる。アーサーには避けられたけど、仕方ない。二人は封じることが出来た。
「全部聞いたよ、アーサー」
「キース!! お前……っ!?」
「ありがとう。君たちのおかげで、無事魔剣を手に入れることが出来たよ」
この登場の仕方は、誰が見ても僕が悪者だ。何だか笑えてくる。
既に紡いでいた印、詠唱。右手で抜いたショートソードを、左手で撫でる。
「――来たれ、全てを
熱い。魔力のうねりが、右手からあふれる。赤黒い炎が剣に宿り、剣呑な黒い輝きを見せる。
僕が構えたのを見て、アーサーも剣を抜いた。
「くそっ! いつもいつも。お前は俺の邪魔を!」
重い斬撃を受け止めるため、僕は足を踏ん張る。右からの払い。即時の突き。近付かれる。斬り上げは、ダメだ回避!
……うわギリギリ。危なかった。
「威勢いいのは口だけかよ、キースっ!」
「くっ、強い……!」
押される。当たり前だ。勇者として長く剣で戦ってきたアーサーと、術士であり護身メインの僕じゃ、同等になんてなれない。
それでも防戦なら出来るのは、支援魔法が今、僕にしかかかっていないからだ。
何回目かの跳ね上げを
『本当、大言の割には情けないわね。時間をかけすぎたら、女達が復帰するんじゃない?』
「わかってる! でも僕だって」
意地がある! そう叫ぶ前に、右手が一瞬だけ、ほんの僅かに揺れる。
澄んだ声が、目の前の攻撃を鮮やかに捌いた。
『――仕方無いわね。貴様の肉体が今死ぬのは、我にも都合が悪いのよ』
「わっ!? え、右手が」
勝手に動く。身体を合わせるのがやっとだ。バランスを整え、向きを変え、呼吸を確保。全力で右手支援。
いつの間にか、僕が攻める方になっていた。
汗を滲ませたアーサーが目を見開く。
「何っ! キース、お前いつの間に……!?」
や、僕じゃないです。思わず否定しそうになった時に、被せてきた声があった。
『誇っていいわよ。貴様の支援魔法も、体捌きも見事だわ』
褒められた。何だよ、褒めた方が自信に溢れてる。偉そう。でも、戦闘中なのに胸がとても熱くなる。
――アーサー達は僕を褒めたことなんて無かった。
嬉しいって思っちゃったじゃないか。
くそ、僕がこんなにチョロかったなんて。
ギィン! 高く鈍い金属音。アーサーの剣が遠くに飛んでいく。
「ここまでだね、アーサー」
『追い詰めたのは我だけど?』
無粋なツッコミはやめてくれるかな。僕はブラドを無視し、アーサーに剣を突き付けた。
「はっ。さっさと殺せよ。どうせまたやり直すだけだ」
「やり直す?」
アーサーは鼻で笑うだけだった。僕の反芻にも、顎をしゃくって
「俺のスキルだ。死に戻りだよ。今日の朝から、お前を殺すために何度だって挑戦してやる」
――死に戻り。その瞬間、全てが繋がった。
アーサーの土下座。
魔族の情報。致命の回避。
アーサーは、死ぬ度に手に入れた記憶を使って、死の未来を変えてきていたんだ。
そして今は、僕に殺される未来を変えるために。
でも。
僕は魔剣を握る右手に力を籠めた。
「アーサー。ブラドや、ううん他の魔族も。君は何度も死んで、繰り返して勝ってきたのか?」
「ああ、そうだ。俺は死なない。だからお前が死ぬまで、お前を殺すまで諦めないんだよ!」
「わかった。じゃあ」
ヒュン、と軽い風切音。僕が両手で持った魔剣を、アーサーに振り下ろす。死に戻りスキル、ね。
「そのスキルを断ってやる」
――リィイン。薄いガラスが割れたような、澄んだ綺麗な音。右手に確かに伝う、何かを斬った手応え。
「な、何だ? キース、お前、何をした?」
きょろきょろするアーサーは、自分が斬られなかったのが不思議だったみたい。でも、違和感は覚えているはずだ。今まであったものが、無くなった感覚。
「斬った。いや、
もう一度、僕は剣を構えた。どうやらアーサーも気付いたみたい。うって変わった、真っ青な顔。
「はっ!? ば、馬鹿な……。そんなこと、出来るわけ。ひっ、や、やめてくれキース! 俺が悪かった、許してくれ!」
「ねえアーサー、聞きたいことがあるんだ」
「な、何だ? 何でも聞いてくれ、話すよ」
必死だね、アーサー。今朝の土下座は顔が見れなかったけど、きっと今とは別の顔だったよね。
アーサーの目が必死に揺れる。だが、僕の心はもう決まっていた。
「君が何度も死に戻りして、突破を頑張ってたのはすごいと思うよ。でも」
チャキ、と剣が鳴る。皆のために頑張ってきた君を、苦しませる気は無い。
「僕を助けるためには決して頑張らないんだね」
――さよなら、
◇◇◇◇◇
鳥の羽ばたく音。ああ、暑いと思ったら、太陽が高い。もう昼を過ぎてたんだ。一仕事したから汗だくだよ。
『お人好しとはこのことね。女達を見逃した挙句、裏切り者をわざわざ弔うなんて』
「ただのケジメだよ。それに、ケイティ達がこの森を抜けられるとは思えないから」
封呪魔法が解けた後、ケイティとミアは悲鳴を上げながら走っていった。でも、ずっとアーサーと僕に守られて戦っていた二人。
僕の初級魔法すら解除出来なかったくらいじゃ、魔物に襲われたら終わりだろう。
『だからと言って我の魔剣を土いじり……』
ブラドが気に入らないのはそこ!? 本当、ガチで便利だった。硬い地盤だな、太い木の根だな、と認識したらスッと入るもん。断全、最高!
一筋の涼しい風が吹く。うん、気持ちいい。周囲を見回したら、何だかすごく眺めがいい。
もう、僕しかいないんだね。
「……少し、寂しいな」
『ふむ。我に身体を譲ればそんな悩みは』
「よっし、景気付けにドラムやろうかな! 右手が疼くぜ!」
『地面はやめてえ! ごめんなさいいい』
手のひら返し早いの。でも、何だか楽しくなってきて、笑えてくる。
そのまま笑ってたら、頭の中にも笑い声がした。
(終)
断全の魔剣と裏切り勇者 蓬莱茜 @horaisen
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