断全の魔剣と裏切り勇者
蓬莱茜
前編 崖の下に落ちた魔剣
怖い怖い怖い。落ちる。いや落ちてる!
吹き上げる風に、身体が煽られる。どうしよう。こんな高さから落ちたんじゃ、防御アップなんて意味ない。
キース、俺達は今日から本当の仲間だ。
だから――
少し前のアーサーの声。顔。吐き気がする。あいつは僕を剣で脅して、崖まで追い立てやがった。
僕が落ちた瞬間、気持ち悪く笑ったくそ野郎。
もうきっと地面。ああ無理だ、助からない。
何でこんな時に僕は、右手を上に
手袋の下は、赤黒く変色した手と腕。
今となっては、裏切られた
「あんなやつのために、死にたくない……!」
『同感だ。その反転、実に心地良い醜さ』
頭の中に、聞いたことのある男の声が響く。
その瞬間に右手と右腕に走る、熱と痺れ。
『こちらに憑いたのは不本意だったが、僥倖。その憎しみを祝い、我の力を解放してやろう』
「わっ!? まぶ、しい……!」
目が開けてられない。そんな場合じゃないけど。もうすぐ落ちるし。でも、あれ? 落ちたのに、痛くない。むしろ、芝生のちくちくが気持ちいい。
「助かった……?」
『呆けすぎだ、小僧。名を聞いてやる、名乗れ』
偉そう。でもこの声、つい最近どこかで……?
頭の中に響くけど、きっと声の主はこの右手。
「僕は、キースです。支援術士です。え、とあなたは?」
何て言ったらいいかわからなかったから、とりあえず普通に。右手に名前聞くのって変な気分。
『
……何て? 君、僕達が四日前に倒したじゃん。
◇◇◇◇◇
僕が崖から落とされた、その日の朝。
宿屋のベッドから、僕は身体を起こした。
目の前には、赤髪を床に擦り付けた土下座男。
「キース! 俺が悪かった、許してくれ!」
男の名前はアーサー。僕達、冒険者四人組のリーダーだ。僕と違ってガタイのいい身体だから、土下座してもまだ大きい。
でも顔がいいのもあって、いつも自信たっぷりな表情は、今は情けないの。……何か、ざまあって思った。
でもさ、謝られる覚えがない。四日前に、少し先の上級魔族を協力して倒しただけだよね?
――通称『斬首公のブラド』。何でも斬るというやばい剣を持った、嫌味なくらい気障ったらしい奴。最期に何か叫んで、自分の首斬ったのはキモかった。
アーサーにその血がかかりそうな時、僕が代わりに右手に受けたことを言ってるのかな。
確かに、背中押されたことは覚えてるけど。
その後、僕が宿に着いて高熱三日出したのも。
でも、僕は無事に治ったし、それに僕が倒れるのはよくあること。一方のアーサーはいつも無傷。
強い魔物や魔族を倒せたのは、やっぱり彼が勇者で、強いからなんだろう。
むしろ、僕を心配してくれたのは初めてだ。
ちょっと嬉しい。
「よくわかんないけど。許すよ、気にしないで」
「ありがとう、キース! お前はやっぱりいい奴だ!」
アーサーがしがみついてきた。ごっつい、重い。
「よかったわねアーサー。キースも、あんただけいつも怪我や呪い! 反省しなさいよ、ねえミア」
「ケイティさん、そのくらいで。私達三人と違い、キースさんは弱いのですから」
ローグのケイティと、攻撃術士のミアは容赦ない。でも、僕の支援魔法で君達は強くなってるんだよ?
「心配かけてごめんね、二人とも。もう大丈夫だよ」
「よし。元気になったなら、まずはお前にやってもらいたいことがあるんだ」
「うん、何かな? アーサー」
アーサーは、にこにこと僕の肩を掴んで笑った。横のケイティとミアは、何故か武器に手をかける。
「キース、俺達は今日から本当の仲間だ。
だから――」
◇◇◇◇◇
『それで、全てを斬る剣とやらに目覚めるために落とされたと。はは、欺瞞だろうに』
ここは、僕が落とされた崖の下。芝生に無傷で着地した僕は今、正座で右手のブラドと話してる。
この偉そうなブラドの声は、どうやら僕の頭の中だけぽい。
「お前に言われなくてもわかってるよ。絶対、アーサーは僕を殺そうとしてた。そんな剣あるはず無いのに」
『あるぞ』
「え? 今なんて?」
目を丸くした僕の脳内に響く、誇らしげな声。
『全てを断つ剣――
「ダサいね」
『……我の魔剣の名だ。己が知覚したもの、全て断つ』
無視して話進めたな。魔族に精神的ダメージは効かない、と。まあいいや。
「お前のスキルってこと? 何で僕が使えるの」
『我の血を受けただろう? あれは我が次の肉体に乗り移るための触媒だ』
は? それって僕をまさか、乗っ取る気じゃ。
黙った僕に、ブラドは言う。
『そうだ。あれは血を継ぐ儀式。貴様はじきに我に身体を――痛っ!』
腹立つ。アーサーもだけど、なんでこいつまで僕を利用しようとするんだ。
思わず腕で地面を叩いたら、悲鳴が頭に。ははは、無茶苦茶に焦ってる、格好悪い。つうかこれで痛いんだ、こいつ今は弱いんじゃ?
――これ、使えるかも。
『何をする!? 下等な人の身が、我の肉体となれるのだぞ光栄と思え!』
「却下。このまま地面をドラムにして、右手で大地の演奏してやるよ。身体を譲るとか真っ平」
『なっ!? や、やめろ、そんなことを続ければ我の魂が揺れてしまう。もし傷付いたら』
――ドンピシャ。血を浴びたのが頭じゃなくて右手なのはラッキーだ。この交渉、僕が絶対に有利。
「嫌なら、僕に従って。お前は、僕の右手に取り憑いたままでいいから、スキルは僕に使わせろ」
『何だと!? 愚かな人の身で、この高貴なる――痛っ』
「あー、何か右手が疼くなぁ。地面叩きたいなぁ」
『や、やめろっ! わかった! わかった従う!』
斬首公のブラドのはずなのにチョロい。何だかすごくスッキリして、僕は笑い出したい気分になっていた。
右手で、赤と黒のうねるような炎が舞い踊る。熱くはないけど、僕の魔力と衝突して、ぴりぴりする。
『――我の魔剣は、貴様の支援魔法である魔法剣と同じく使えるようにした。それでいいか』
「オーケーだよ。ところでさ」
『何だ』
「口調や声って変えられる? 偉そうな男の声がずっと頭に響くとノイローゼになりそう。地面叩こうかな」
『……少し待て』
随分とドラム作戦は効いたみたい。ブラドはすごく素直になって、しばらく静かになった。
『これで構わない?』
「わっ!?」
びっくりした。だって頭の中に若い女の声が響くんだもん! しかも綺麗な声だし、言葉遣いも変わってる。森で歌ってるの聞いたら、好きになっちゃうかも。
『要望通りなのに、随分な反応ね。気に入らないの?』
「う、ううん。気に入った。気に入ったけど、すごく変わってて、驚いたんだよ。何でこんな声」
『――我の肉体が女だった頃の声だ。……貴方達に倒された、その前に使っていた肉体のものよ。エルフの娘だったかしら。戻す?』
戻さなくていいです! 絶対こっち!
僕は右手に向かって頭を下げてた。
「ブラド、この声でお願いします! 是非! 決定!」
崖下から、まわり道を通って僕達は登っていく。
無言で進む僕に、頭の中で聞こえる可愛らしい声。
『で、これからどうするの?』
「アーサーと合流する予定」
『えっ? 貴様は、殺されかけたのにまだ仲間だと思ってるの? 馬鹿なの?』
「違うよ。仲間だなんて思ってない。だから」
ブラドの呆れたような、馬鹿にする声。さすがに僕だって、あの顔のアーサー達を信じようとは思わない。
「――借りを返しに行くよ。魔剣で、倒してやる」
少しだけ握った右手に、汗が滲む。
支援術士の僕が、勇者を斬るんだ。
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