第9話 権限の代償と、神の怒り

戦場が去った森は、異様なほど静かだった。


折れた木々。

抉れた大地。

空気に残る、神性と剣圧の余韻。


「……終わった、のか」


カイがそう呟いた瞬間――


「ぐっ……!?」


視界が歪み、膝が折れる。


「《マスター》!!」


ルゥが慌てて身体を伸ばし、支える。


「ぷるっ! 《マスター》、おかしいっ!」


「……っ、平気……」


だが、身体は言うことを聞かなかった。

胸の奥が、焼けるように痛む。


――《警告》

――《支配権限・第一段階の使用を確認》

――《代償処理を開始》


「……代償……?」


カイの視界に、赤い文字が走る。


――《マスターの生命力を一部消費》

――《精神負荷:大》

――《権限使用制限:一時的付与》


「……っ!」


呼吸が、浅くなる。


セラフィナが駆け寄った。


「カイ! 無理をしないで!」


「……そういう、力なんだな……」


カイは苦笑した。


(仲間を守るための力……

 だが、代償なしで使えるほど、甘くはない)


グラドが、歯を噛みしめる。


「《主》……俺たちのせいで……」


「違う」


カイは、はっきり言った。


「俺が、選んだ」


その言葉に、仲間たちは黙った。


――その時。


空気が、再び変わった。


「……来るわ」


セラフィナが、空を見上げる。


雲が、渦を巻いている。

まるで、空そのものが怒っているかのように。


「――《神域通達》」


重なり合う声が、空から響いた。


「権限保持者による、

 神性拒絶および干渉を確認」


雲の隙間から、巨大な光輪が姿を現す。


「……一人じゃない……」


グラドが呟く。


光の中に、複数の影。


「神の……使徒……」


だが、先程の個体とは違う。

数が多く、そして――感情がない。


「……本気、というわけか」


カイは、立ち上がろうとして、再びよろめいた。


「……今は、無理ね」


セラフィナが支える。


「この数……正面からは、無理よ」


「……逃げるしかない、か」


その瞬間。


――ごうっ!!


森の奥から、圧倒的な咆哮が響いた。


地鳴り。

空気が、震える。


「……何だ、今の……」


木々が割れ、姿を現したのは――


「……狼……?」


いや、違う。


山のような体躯。

全身を覆う、黒銀の魔毛。

額に一本、蒼白に輝く角。


「《魔獣王候補》……!」


セラフィナの声が、震えた。


「《蒼角魔狼そうかくまろう

 この森の……真の主……!」


魔獣が、赤い目で空を睨みつける。


「――神の臭い……」


低く、重い声。


「我が森を、汚すか……」


その瞬間、使徒の一体が告げる。


「対象:魔獣。

 排除対象に追加」


光が、収束する。


だが――


「させるか」


カイは、歯を食いしばった。


――《対象:蒼角魔狼》

――《仲間登録:可能》

――《条件:相互承認》


(……今、ここで……)


カイは、一歩前に出る。


「……聞こえるか、森の主」


魔獣の目が、カイを捉えた。


「人の子……

 貴様、神を拒む者か」


「拒んだ」


即答だった。


「仲間を守るために」


沈黙。


そして――

魔獣は、笑った。


「……面白い」


巨体が、地に伏す。


「ならば、契約しよう。

 我が名は――」


――《蒼角魔狼王そうかくまろうおうヴァルグリム》


「ヴァルグリム……」


――《仲間登録を実行しますか?》


「……実行」


――《仲間登録完了》

――《仲間:蒼角魔狼王ヴァルグリム》

――《階級:魔獣王候補》

――《忠誠度:高》


「……神の使徒どもよ」


ヴァルグリムが、咆哮する。


「ここは、我が森。

 帰れ」


咆哮と同時に、蒼白の嵐が巻き起こる。


使徒たちの光が、押し戻される。


「……権限保持者の影響下……」


使徒の声が、初めて乱れた。


「……一時撤退。

 上位神へ、直接報告」


光輪が、消える。


――静寂。


「……助かった……」


セラフィナが、息を吐く。


ヴァルグリムは、カイを見下ろした。


「人の子。

 貴様の道は、血と争いに満ちる」


「……分かってる」


「それでも、進むか」


カイは、仲間を見た。


「進む」


ヴァルグリムは、牙を見せて笑った。


「ならば、我も同行しよう」



その頃――


別の場所。


「……なるほどな」


ガルム・レイドは、焚き火の前で酒を煽っていた。


「神の使徒を退け、

 魔獣王候補を従えた、か」


彼は、にやりと笑う。


「……次は、逃がさねぇ」


大剣を、地に突き立てる。


「次に会う時は――

 神も、森も、関係ねぇ」


「――一対一だ、カイ・アーヴェル」


炎が、揺れた。


再戦の時は、近い。



森の奥。


カイは、夜空を見上げる。


「……権限には、代償がある」


だが、拳を握る。


「それでも……」


仲間が、そこにいる。


神が敵でも、

世界が敵でも。


「――俺は、仲間と進む」


赤い瞳が、遠くで静かに輝いた。


「……いい覚悟だ」


物語は、次なる局面へ。


――神と世界を敵に回す、

ここから本番だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る