第6話 指名手配――《賞金首》の名を刻まれて

朝霧が、森を白く覆っていた。


「……空気が、重いな」


カイは焚き火の跡を消しながら、空を見上げた。

嫌な予感が、胸の奥に沈んでいる。


セラフィナが、鎧を整えながら言う。


「……来るわね」


「騎士団?」


「いいえ……もっと広い」


その言葉の意味は、すぐに分かった。



王都・中央広場。


巨大な掲示板に、新たな羊皮紙が貼り出されていた。


ざわめく人々。


「……指名手配?」

「追放者……いや、《魔物使い》だ!」

「賞金、金貨五千枚!?」


紙の中央には、拙い似顔絵。

だが名前だけは、はっきりと記されている。


《カイ・アーヴェル》


罪状欄には、こう書かれていた。


――

《罪状》

・魔物の違法支配

・森の主級魔獣討伐に伴う秩序破壊

・騎士団への敵対行為

・国家安全保障上の脅威

――


そして、赤字で追記されていた。


《生死不問》


「……ついに、来たか」


王城の一室で、その報告を受けたセラフィナの元同僚は、重く息を吐いた。


「第三中隊長アルディスの行方不明と同時だ。

 疑われるのは、当然だろう」


「だが……」


若い騎士が言葉を濁す。


「隊長は……裏切るような人じゃ……」


「感情論だ」


老騎士が遮った。


「魔物を従える者は、いずれ世界を壊す。

 賞金をかければ、自然と消える」


――それが、人類の《合理》。



森の奥。


「……賞金首、か」


カイは、セラフィナから事情を聞き、静かに呟いた。


「《生死不問》……」


グラドが唸る。


「人間、殺しに来る」


「賞金目当ての冒険者も来るでしょう」


セラフィナの表情は、硬い。


「正規騎士より……厄介かもしれない」


「……ああ」


カイは、仲間たちを見渡した。


ルゥ。

グラド、バル、ノト。

そして――セラフィナ。


(俺が、巻き込んだ)


その時。


――《警告》

――《敵意を伴う接近を感知》

――《複数》


「……来るな」


森が揺れ、姿を現したのは――

武装した冒険者たち。


「見つけたぞ!」

「賞金首だ!」

「魔物を連れてる……本物だ!」


五人。

全員が、歴戦の風格を持っている。


「……話し合いは無理か」


「無理だな」


リーダー格の男が、剣を抜く。


「恨みはない。

 だが、金貨五千枚は重い」


「……そうか」


カイは、一歩前に出た。


「ルゥ、防御。

 グラド、抑えろ。

 セラフィナ、致命傷は禁止」


「了解!」


戦闘は、一瞬だった。


ルゥの装甲が矢を弾き、粘液が足を奪う。

ゴブリンたちが連携し、武器を落とさせる。

セラフィナの剣は、正確に急所を外した。


「な……何だ、こいつら……!」


「スライムが、前衛……!?」


最後の一人が、膝をつく。


「……化け物め」


「違う」


カイは、静かに言った。


「俺たちは、生きてるだけだ」


冒険者たちは、逃げるように去っていった。


だが――


「……これが、始まりね」


セラフィナが呟く。


「え?」


「賞金がかけられた以上、

 今後は……止まらない」


カイは、拳を握った。


「……分かってる」


その瞬間――

空気が、凍りついた。


森の奥。

いや――空そのものが、歪んだ。


「……来た」


セラフィナが、息を呑む。


赤い光が、霧の中に灯る。


「――やあ」


聞き覚えのある声。


木の枝の上に、あの男が立っていた。


赤い瞳の監視者。


「ずいぶん派手にやったね。

 もう《賞金首》か」


「……あんた」


カイが睨む。


男は、愉快そうに笑った。


「安心しな。今日はまだ“観測”だ」


だが、その声は、どこか重い。


「ただし――」


赤い瞳が、深く輝く。


「次は、観測じゃ済まない」


「……どういう意味だ」


男は、空を見上げた。


「人類が動いた。

 賞金をかけた」


次に、地面を見る。


「魔獣も、君を“主”として認識し始めた」


そして――

最後に、遥か上を見つめた。


「――《神》が、君の存在を“誤差”として検出した」


世界が、軋む音がした。


「近いうちに、誰かが“直接”来る」


男は、カイを見下ろす。


「その時までに、選べ」


赤い瞳が、細められた。


「《仲間を守る存在》になるか――

 《世界を敵に回す支配者》になるか」


そして、霧の中へ溶ける。


「……また会おう、《権限保持者》」


沈黙。


ルゥが、震えながらカイに触れた。


「ぷるっ……《マスター》、大丈夫……?」


カイは、ゆっくりと息を吸い、吐いた。


「……大丈夫だ」


仲間を見渡す。


「賞金首でも、指名手配でも関係ない」


拳を、固く握る。


「俺は……俺たちの居場所を作る」


セラフィナが、剣を掲げた。


「その道、共に行くわ」


グラドが、胸を叩く。


「《主》、最後まで」


森の奥で、風が唸る。


世界は、完全に彼らを敵と認識した。


――それでも。


物語は、まだ始まったばかりだった。

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