第3話 森の狩り場と、赤い瞳の監視者

夜明け前。

森は、静寂と危険が混じり合う時間帯を迎えていた。


「……ここが、狩り場?」


カイが足を止めた先には、木々が不自然に倒れ、地面が抉れた一帯が広がっていた。

血の跡。

砕けた骨。

獣の唸り声が、まだ残っているような空気。


グラドが一歩前に出る。


「《主》。ここ、強い魔獣、住んでる。

 弱い獣、全部、喰われた」


「……つまり、頂点か」


「そう」


ルゥがぷるん、と体を震わせ、カイの足元に寄る。


「ぷるっ! 危ない匂い、するっ!」


カイは頷いた。


「分かってる。だからこそ……ここを越えないと、生きていけない」


冒険者でも、騎士でもない。

追放者である以上、森で生きるしかない。


――なら、森の理に勝つしかない。


その時。


――ずしん。


地面が揺れた。


「……来るぞ」


木々の奥から、姿を現したのは――


「……熊……?」


いや、違う。


熊に似た体躯。

だが全身を覆うのは、黒く硬い外殻。

背中には角のような突起が並び、赤黒い目が光っている。


「《装甲魔獣アーマード・ベア》……!」


グラドの声が震えた。


「森の主級……! 普通、群れでも勝てない……!」


魔獣が低く唸る。

その一歩ごとに、地面が軋む。


――《対象確認》

――《魔獣:装甲魔獣》

――《危険度:高》

――《仲間登録:条件未達》


「……仲間にするのは、まだ無理か」


カイは深く息を吸った。


「ルゥ、前に出るな。

 グラド、バル、ノト――援護だ」


「了解、《主》!」

「……やる……!」

「……怖いけど……やる……!」


ゴブリンたちが散開する。


次の瞬間――

装甲魔獣が、咆哮した。


「――グオオオオオッ!!」


突進。


「来るっ!」


「ぷるっ!」


ルゥが前に出て、体表を完全硬化させる。


――衝突。


どんっ!!


衝撃で、ルゥの体が大きく歪む。

だが、弾き飛ばされなかった。


「……耐えた……!」


その隙に、グラドが叫ぶ。


「今っ!」


ゴブリンたちが投槍を放つが――


がきん、がきん。


外殻に弾かれ、ほとんど通らない。


「硬すぎる……!」


魔獣が前脚を振り上げ、地面を叩きつける。


――衝撃波。


「うわっ!」


カイが吹き飛ばされ、木に背中を打ちつける。


「ぐっ……!」


息が詰まる。


魔獣が、赤い目でカイを見た。


――狙われた。


(このままじゃ……)


その瞬間、ルゥが叫ぶ。


「ぷるっ! 《マスター》、任せてっ!」


ルゥの体が、異様に膨張する。


――《能力発動:燃料分泌・高濃度》


ルゥが地面に粘液を広範囲に撒いた。


「今だ、火を!」


バルが火打石を投げる。


ぱちっ。


次の瞬間――


ごうっ!!


炎が一気に燃え広がり、魔獣の足元を包んだ。


「グオオッ!?」


装甲は硬い。

だが、関節部――内側までは守れない。


魔獣がよろめいた、その時。


カイの視界に、あの表示が現れる。


――《仲間:ルゥ》

――《進化条件:追加達成》

――《二次進化を提案》


「……二次、進化……?」


だが、考える暇はない。


「やれ、ルゥ!」


――《承認》

――《部分進化:核強化》


ルゥの中心核が、眩く輝いた。


「ぷるぅぅっ!!」


ルゥが弾丸のように跳び、魔獣の胸部――外殻の隙間に突き刺さる。


――爆ぜる光。


「グオオオオオオオッ!!」


魔獣が咆哮し、巨体が崩れ落ちた。


……沈黙。


「……勝った……?」


誰も、すぐには動けなかった。


やがて、装甲魔獣が完全に動かなくなったのを確認し、カイは息を吐いた。


「……生きてる……」


ルゥが、ぷるんと戻ってくる。


「ぷるっ! 《マスター》、勝ったっ!」


「……ああ。ありがとう、ルゥ」


その瞬間――


ぞくり、と背筋が凍った。


「……誰だ」


空気が、変わった。


木の上。


逆光の中に、細身の人影が立っている。


赤い瞳が、闇の中で妖しく光った。


「――いやはや」


その声は、若い男のものだった。


「まさか《装甲魔獣》を倒すとはね。

 しかも、スライム主体で」


カイは、咄嗟にルゥを庇う位置に立つ。


「……あんた、何者だ」


男は、軽く肩をすくめた。


「観測者だよ。

 正確には――《世界監視機関》の一員」


「……世界、監視……?」


「君の能力――《仲間召喚》」


赤い瞳が、細められる。


「いや……違うな」


男は、はっきりと言った。


「――《支配権限》」


その言葉に、空気が凍りつく。


「やはり、目覚めたか。

 この世界に、二つと存在しない“禁忌”が」


カイは、拳を握りしめた。


「……それが何だ。俺は、ただ生きたいだけだ」


男は一瞬だけ、驚いた顔をした。


そして、笑った。


「いいね。

 だからこそ――面白い」


赤い瞳が、深く輝く。


「安心しな。今日は敵じゃない。

 ただ……忠告に来ただけだ」


「忠告……?」


「その力を使い続ければ、

 いずれ《神》が動く」


静かな声だった。

だが、重い。


「その時、君は選ばされる。

 《救世主》か――《支配者》か」


男は、木の上から一歩下がる。


「次に会う時、答えを聞かせてくれ」


そして、闇に溶けるように消えた。


……しばらく、誰も動けなかった。


ルゥが、そっとカイの足元に寄る。


「ぷるっ……《マスター》、怖い?」


カイは、少しだけ笑った。


「……怖いよ」


だが、仲間を見渡し、続ける。


「でも、進む。

 俺たちで、生きる道を作る」


グラドが、深く頭を下げた。


「《主》、最後まで、ついていく」


森の奥で、風が吹いた。


世界は、確かに――

彼らを認識し始めていた。

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