第2話 《ぷるっ!》最弱の初進化と、最初の敵
森の夜は冷える。
追放された少年にとって、火は命綱だ。
カイは枯れ枝を集め、石を打ち合わせて火を起こそうとしていた。
だが慣れていない。指先が赤くなり、震えが止まらない。
「……くそ。こんな時に、誰かいれば……」
その足元で、青い塊がぷるん、と揺れた。
「ぷるっ! 《マスター》!」
「……ルゥ。君、火は……無理だよな」
スライム――ルゥは、胸を張るようにぷるるんと膨らんだ。
「ぷるっ! まかせるっ!」
「え?」
次の瞬間、ルゥの体の一部がぴょんと伸び、枯れ葉の上にぺたりと広がる。
まるで透明な膜。いや、液体……?
そこに小さな火花が落ちると――
しゅ、っと音がして、火が走った。
「……え、燃えた?」
ルゥが誇らしげに跳ねる。
「ぷるっ! 《マスター》のため、燃える素材、つくるっ!」
「……素材を……?」
カイは喉が鳴った。
スライムが「燃料」を生み出した? そんな話、聞いたこともない。
だが確かに火は起き、温かさが広がる。
「助かった。……ありがとう、ルゥ」
その言葉に、ルゥの体が嬉しそうにぷるぷる震えた。
「ぷるっ! もっと、役に立つっ!」
カイは頷き、火のそばに座り込む。
腹は減っていた。だが食料はない。
「明日……何とかしないとな。追放された以上、食べていくには……」
冒険者登録もできない。
仕事もない。
森で獣を狩るしかないが、武器も技術もない。
その時だった。
――《近くに、仲間に適した存在を感知》
――《対象:弱小存在(複数)》
――《警告:敵対行動の可能性》
「……え?」
カイが立ち上がると、茂みの向こうから小さな足音がした。
がさ、がさ。
火の光に照らされ、姿を見せたのは――
「……ゴブリン……?」
小柄な緑の魔物。
群れで行動し、人間を襲うことで有名な雑魚モンスター。
しかも、三体。
「ちっ……人間だ。追放者か?」
「荷物、奪う」
「喰う」
言葉は荒いが、確かに喋っている。
カイの背筋が凍る。
「ルゥ……!」
「ぷるっ! まもるっ!」
ルゥが前に出た。
だがスライムだ。踏み潰されたら終わりだ。
「待て、戦うな! 逃げ――」
遅かった。
ゴブリンの一体が、木の枝で作った粗末な棍棒を振り上げる。
「先に潰す!」
ぶん、と空気を裂き、棍棒がルゥに迫る。
「ルゥっ!」
カイが思わず走り出した瞬間――
ルゥの体が、ぷるん、と異様に膨らんだ。
ぽん。
体の表面が硬質化し、棍棒が――弾かれた。
「は?」
ゴブリンが目を剥く。
その隙にルゥがぴょんと跳ね、ゴブリンの足元にぺたりと貼り付いた。
「ぷるっ!」
ずるり、と粘液が広がり、足が絡め取られる。
「うわっ!? 離せ!」
倒れたゴブリンに、他の二体が叫ぶ。
「スライムごとき!」
「燃やす!」
一体が火のついた枝を振り回し、ルゥに押し付けようとする。
粘液が焦げ、嫌な臭いが立つ。
「ルゥ……!」
カイの胸に、焦りと怒りが一緒に湧いた。
――助けたい。
――守りたい。
――この小さな仲間を。
その瞬間、頭の奥で声が鳴った。
――《仲間に対する強い意志を確認》
――《進化を提案:実行しますか?》
――《必要条件:
「進化……?」
カイは息を呑む。
進化可能――表示にあった。
けれど、そんな簡単に?
いま、この場で?
「……やる。ルゥを、進化させる!」
――《承認》
――《進化を開始》
ルゥの体が眩しい青白い光を放った。
「ぷ、ぷるぅぅぅ……!」
光の中で、形が変わる。
ただの丸い塊ではない。
手のような突起、足のような支点。
そして――表面に薄い膜のような「装甲」。
光が収まった時。
そこにいたのは、二倍ほど大きくなったスライム。
体の中心に、青い核が輝いている。
――《仲間:ルゥ》
――《種族:装甲スライム》
――《能力:硬化/粘着拘束/燃料分泌》
――《忠誠度:MAX》
「……装甲……」
ルゥが振り返り、誇らしげに叫ぶ。
「ぷるっ! 強くなったっ!」
「すごい……」
だが感動している暇はない。
残り二体のゴブリンが、警戒した目で後ずさる。
「おい……何だ、あれ」
「進化……? スライムが?」
もう一体が歯を剥いた。
「関係ない! 人間、殺す!」
ゴブリンがカイへ飛びかかる。
カイは武器がない。
咄嗟に腕を上げる。
――その瞬間。
ルゥが弾丸のように跳んだ。
「ぷるっ!」
どすん!
体当たりがゴブリンの腹に直撃し、ゴブリンが地面を転がる。
同時に粘液が絡みつき、起き上がれない。
「がっ……!?」
もう一体が火の枝を投げつけたが、装甲化したルゥの表面で弾け、燃え広がらない。
むしろルゥが燃料をぺたりと撒き、火が逆にゴブリンの足元へ走った。
「うわっ!? 熱っ!」
ゴブリンが慌てて逃げようとした瞬間――
カイの中で、またあの表示が現れた。
――《対象:ゴブリン》
――《仲間登録:可能》
――《条件:
――《提示:仲間化しますか?》
「……仲間化?」
敵のゴブリンを?
そんなことが可能なのか。
だが、彼らは今、カイを殺そうとしている。
ここで逃せば、追ってくるかもしれない。
「……止める。殺さない。だけど――」
カイは唾を飲み、言葉を選んだ。
「俺の仲間になれ。そうしたら、もう戦わなくていい」
それは命令ではなく、提案のつもりだった。
だがシステムは、冷たいほど明瞭に応えた。
――《支配権限、発動》
――《対象:ゴブリン(個体)》
――《登録手順:対象の同意または敗北》
――《現在状態:敗北》
――《仲間登録を確定しますか?》
「……確定」
カイが心の中で頷く。
すると倒れていたゴブリンの額に、青い紋章が浮かんだ。
「な、何だ……頭、熱い……!」
ゴブリンが呻く。
抵抗するように暴れるが、紋章が脈打つ度に力が抜けていく。
そして――
「……わ、わかった……。お前……《主》……」
ゴブリンの目が、明らかに変わった。
敵意が消え、代わりに恐れと……服従が宿る。
――《仲間登録完了》
――《仲間:ゴブリン(仮)》
――《忠誠度:高》
――《命名推奨》
「……命名?」
カイが呆然としていると、ルゥが跳ねた。
「ぷるっ! 名前、つけるっ!」
「……そうだな」
カイは膝をつき、ゴブリンを見た。
ゴブリンは怯えながらも、目を逸らさない。
「君の名前……そうだな。グラド、はどうだ?」
ゴブリンが一瞬だけ驚き、次に頭を垂れた。
「……グラド。了解……《主》」
――《命名完了:グラド》
――《仲間:グラド》
――《種族:ゴブリン》
――《特性:指揮適性(微)/夜目》
――《進化可能》
「……進化可能、って……」
カイは息を呑んだ。
ゴブリンまで進化するのか。
残りの二体は、状況を理解して青ざめている。
「な、何だよ……それ」
「仲間に……した……?」
カイは立ち上がり、静かに言った。
「俺は戦いたくない。君たちも、同じだろ」
ゴブリンが震える。
「……こ、こわい」
「でも……死ぬより、マシ……」
――《対象:ゴブリン》
――《仲間登録:可能》
カイは迷いながらも、頷いた。
「来い。仲間になれ」
光が走り、二体も登録される。
――《仲間登録完了》
――《仲間:ゴブリン×2》
――《命名推奨》
「……まとめて呼ぶのは、変だな」
カイは苦笑し、二体に短く名を与えた。
「君はバル。君はノト」
「……了解、《主》」
「……了解、《主》」
ルゥがぷるぷると喜び、グラドが敬礼のように胸に拳を当てた。
「《主》。俺、役に立つ。群れ、知ってる。食料、集める」
「……食料?」
グラドは頷く。
「森の奥に、人間の捨て場……違う。狩り場。弱い獣、いる」
カイは、胸の奥が熱くなった。
追放されて、たった数時間。
彼はもう、仲間を得た。
そして――恐ろしいほど自然に。
敵すら、仲間へ変えられる。
カイはまだ、理解していない。
この力が「勇者」ではなく、もっと別のもの――
世界の秩序そのものを侵す力だということを。
火のそばで、ルゥがぷるんと体を震わせた。
「ぷるっ! 《マスター》、仲間、増えたっ!」
「……ああ」
カイは、夜空を見上げる。
星が冷たく瞬いている。
その星の向こうに、誰かがいる気配がした。
――見られている。
背筋が寒くなる。
だが、同時に確信が生まれる。
(俺は……もう、ひとりじゃない)
カイは仲間たちに目を向け、短く言った。
「行こう。明日から、生きるために」
ルゥが跳ね、グラドたちが頷く。
闇の森へ、一行は歩き出した。
その背後で――
小さな光が、遠くの樹上で揺れた。
赤い瞳。
誰かが、確かに見ていた。
そして、囁いた。
「……面白い。あの《権限》が、目覚めたか」
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