超音速たかし君
悠戯
おかしい、どう考えてもたかし君のスピードが時速4000キロを超えている……
【問.たかし君は〇〇キロメートル先のお店まで行くのに〇〇分かかりました。この時のたかし君の移動速度は時速何メートルでしょうか。】
小学生の時分に、こんな感じの計算問題をやらされた方は多々いることでしょう。
細かな数値や名前に関しては教師や教科書の執筆者によってコロコロ差し代わるとしても、問題の大枠としてはざっくり共通。ついでに言うなら、以下のような間違いもお約束ではないでしょうか。
「おかしい、どう考えてもたかし君のスピードが時速200キロを超えている……」
ちょっとした計算ミスで、あり得ない速度にまで加速させられるたかし君。
子供がこんな間違いをしていたら、親や教師の立場としては内心微笑ましく思いながらも、ちゃんと適切な答えが出せるよう更なる算数のお勉強を促さねばなりません。順当にいけば世の少年少女も次第に計算に慣れていき、問題文のたかし君も晴れてのんびりとお散歩を楽しめるようになることでしょう。
が、しかし。
どのような不可思議な現象によるものか、こうした机上の間違いが単なる成績を左右するだけの問題ではなくなってしまった。これは、そんなお話でございます。
◆◆◆
西暦202X年、某月某日。
この日、東京都心は壊滅的な被害を被りました。
新宿の高層ビル群はドミノ倒しの如く倒壊し、道を埋め尽くす自動車は車内の人間諸共に原型を留めぬスクラップに。電気やガス・水道等のライフラインもほぼほぼ断絶。たとえ特撮の大怪獣が闊歩したところで、ここまで惨憺たる被害に至りはしないでしょう。
果たして、一国の首都にこれほどのダメージを与えた原因とは何か。
なんとも奇妙な話ですが、辛うじて難を逃れた人々にも自分達がどうしてこうなったのか、この時点では一切理解できていなかったのです。
未知の災害?
某国の新兵器?
なんなら宇宙人の侵略?
否、まるで違います。
運良く損壊を免れた撮影機材をチェックしていた警察官や自衛官、科学者達も自分達の目と正気を疑いはしましたが、現実にそこに映っていたモノを否定することはできません。発砲されたライフル弾さえ映し出す高性能ハイスピードカメラ、そこに記録されていた彼らの正体とは……。
「おかしい、どう考えてもたかし君のスピードが時速4000キロを超えている……」
正確には、たかし君“たち”と複数形にすべきでしょうか。
年齢は幼稚園児から髪の白い老人まで様々ですが、撮影された写真を各種データに照合した結果、その全員が同じ名前であることが判明。漢字が『孝』だろうが『隆司』だろうが、読み方が『たかし』なのは共通です。
以下は後の調査で判明したことですが。
あのXデーに東京都内のある地点を中心とする半径数キロ圏内にいた『たかし』という名前の人物、そのうち二足歩行が困難な乳幼児や高齢者を除いた全員が時速4000キロ、およそマッハ3.2で動き出したのがあの事件の原因だったのでありました。
◆◆◆
事件開始から半月後。
幸運にも壊滅的被害を免れた建物地下の会議室にて。
「えー……現時点で推測される『たかし君』の人数はおよそ百五十から百七十人ほど。なにぶん死傷者数のカウントにすら難儀しているもので、完璧に正確な数字を割り出すというのは難しいのですが」
諸々の疑問には目を瞑りつつ、日本国は官民問わず全力で『超音速たかし君事件』への解決へ尽力する方針を発表。諸外国に対しても強力な協力を要請し、こうして有識者を集めての対策会議の場が設けられたという次第でありました。
被害者の救助や生活の保障についても考えねばなりませんが、喫緊の問題は東京都内のみならず他道府県にまで移動して超音速で走り続けている『たかし君』への対応。今のところは海外に移動した事例は確認されていませんが、北海道や四国での被害が発生しつつある現状からすると『たかし君』のワールドデビューも時間の問題と思われます。
「こちらは最新のカメラ画像をプリントしたものですが、『たかし君』の表情は喜怒哀楽のいずれも感じられない無表情。心理学者の見解によると、一種のトランス状態にあるものと推測されます」
「彼らが自らの悪意でやっているのではないらしいのは結構だが、これでは自分達の意思で止まってもらうのも望み薄か……」
とはいえ、残念ながら有効な対策を打ち出せているとは言い難い状況。そもそも生身の人間が超音速で走っている時点で既存の物理法則に反した現象が起きているわけですし、それも無理のないことですが。
仮にそんなスピードで走れたとして、睡眠も食事も抜きに半月も同じペースを保っているのはどういうワケか。肉体のみならず身に着けている衣服まで無事なのは何故なのか。そこまで物理法則を無視しておきながら、なんで衝突の威力や発生する
「幸いにも木々が薙ぎ倒された方向から進行ルートの特定に成功した『たかし君』についてですが、残念ながら落とし穴作戦、バリケード作戦、ネット捕獲作戦のいずれも効果的とは言い難いようです」
「無理もないでしょう。なにしろ、戦車の砲弾が飛び込んで来るようなものですから。予測を立ててから長くて数分で用意できる程度の壁ではとてもとても」
速度とは、すなわち破壊力。
ほんの消しゴム程度の重さしかない拳銃弾ですら、音速近くにまで加速すれば人体を容易く貫通するのです。『たかし君』の体重には推定二十キロ以下から九十キロ以上までバラつきがありますが、その速度は共通して時速4000キロ。鉄筋コンクリートの建物を倒壊させるくらいは軽いものでしょう。
そして直接的な威力以上に厄介なのが、超音速の物体が四方八方へと撒き散らすソニックブーム。たかが空気と侮るなかれ、それほどのスピードが大気中を移動して発生する空気の動きはそれ自体が凶器そのもの。たとえ『たかし君』が直撃せずとも、進行ルートの周囲数メートルから数十メートルに存在する物体は見るも無残に引き千切られてしまいます。現在、関東圏を中心に車道という車道を埋め尽くす自動車の残骸も、大半はこのソニックブームによる被害でした。
「この際、人道的な観点には目を瞑って『たかし君』の保護を諦めて積極的な排除を考えるべきでは? 超法規的な措置ということになるが、こう、予測進路上に火や毒ガスを放つとか。狙撃手をあちこちに配置してライフルで狙うとか」
「仮に成功しても我々への非難は免れませんね。まあ、そこに関しては平和のため殉ずる覚悟を決めるとしても、それ以前に成功の可能性はほとんどないかと。まず進路予測というのも簡単ではないですし、運よく予測できたところで準備に使える時間は長くて二分か三分くらいでしょうか」
現状は当てずっぽうであちこちに罠を張っていましたが、一般道が廃車によってほとんど使えない状況ではマトモに移動することもままなりません。幸い『たかし君』は地上を走るだけなのでヘリや飛行機を使えば安全に移動することはできますが、恐らくはかなりの重量になるであろう大掛かりな罠を運搬するとなると相当に困難です。
狙撃に関しては、まず人間の動体視力で捉え切れない超音速の人体に狙って当てるのが不可能。それ以前に速度にしろ質量にしろ銃弾よりも『たかし君』のほうが遥かに大きいわけですから、仮に直撃したところで運動エネルギーの差で弾丸のほうが砕け散って肝心の『たかし君』はノーダメージとなる見込みが大きいのではないでしょうか。
「いったい、何をどうすれば『たかし君』は止まってくれるんだ……」
考えれば考えるほど、どうしようもないということだけが分かって来る。
最悪の場合はまだ正常な『たかし君』のみならず、『たけし君』や『たろう君』まで超音速で突然走り出すかもしれない。なにしろ原因がさっぱり分からないのだから、諸外国で特定の名前の人物がいきなりスピーディーになる可能性だって完全には否定しきれません。
が、しかし。
神はまだ人類を見捨てていなかった。
もしかしたら神ではなく悪魔かもしれませんが。
「失礼! つい先程、『たかし君』が停止しました!」
「それも一人や二人じゃありません。全員かどうかは分かりませんが、現在捕捉できている全『たかし君』が足を止めているようです!」
地下会議室に飛び込んできた男達が、揃ってそんな言葉を口にしたのです。
彼らの正体は、どうやら防衛省周辺の警戒に当たっていた警察官のようですが、『たかし君』が停止したとは真実や否や。もし誤報だったら肩透かしなんてものじゃありませんが、本当ならばこの上ない朗報です。
「本当ですか!? いや、まずは真偽の確認を!」
「『たかし君』の安否はどうだ? この際だ、無駄かも分からんが厳重に縛りあげた上で全身麻酔をかけるくらいはしておくべきでは?」
通信に関しても電話会社の基地局がダメージを受けているため平時と同じようにはいきませんが、それでも時間をかけると警官達の報告がどうやら本当らしいと分かってきました。すでに各地の警察や自衛隊の人員も立ち止まって倒れ込んだ『たかし君』の捕獲に動いているようです。
「解決した、のか……?」
「いや、原因を究明しない限りはまたいつ第二第三の『たかし君』が現れるかも分からない。ひとまず仮説でも何でも構わないから、この時間にどうにか安心材料を見つけねば」
どうやら国家の完全崩壊は避けられたようですが、理由も分からず発生した大事件が同じく理由不明のまま収まっただけでは到底安心などできようはずもなし。せっかく会議をしていたのに、特にこれといった貢献のできなかった各省庁のお偉いさんや民間の有識者は一旦解散して各々原因の解明に奔走し……そして数週間ほど後のこと。
◆◆◆
「まさか……まさか、嘘だろう……っ!?」
先日の会議に出席していた男達のうちの一人が都内某所の小学校で、否、今では廃墟となった小学校の跡地にて一枚のプリントを手にしたまま震えていました。
恐らく、この学校に通っていた児童が受けていた算数のテスト用紙でしょう。建物の倒壊に巻き込まれて一部が破れてしまったせいか、そのテストを受けていたのが誰かは判別のしようもありませんが、それでも内容の一部はどうにか読み取れます。そのテスト用紙には、小学生の算数ではありふれた問題と、同じくありふれた誤答が記されておりました。
【問.たかし君は4キロ先のお店まで行くのに60分かかりました。この時のたかし君の移動速度は時速何メートルでしょうか。】
【答.4000“キロ”メートル】
ただ速度の単位をうっかり書き間違えただけ。
問題文をよく読まない子供にはありがちな失敗です。
が、その時速4000キロメートルという数こそは、まさに恐るべき『超音速たかし君事件』で日本中に大きな爪痕を残した数字に他なりません。よくよく見れば雨にでも降られたせいか、解答欄の部分が汚く滲んでいるのも気になります。
「いや、そんなことあるわけが……」
もし仮に、このテストを受けてた児童に超常的な特殊能力があったとして、尋常の物理法則の何もかもを無視して書き記した言葉を現実のものとすることができたとすれば、もしや近隣一帯の『たかし君』を猛スピードで暴走させることもできたのでは。しかし偶然にも解答欄の文字が滲んで超常の力が消え去ったと考えることはできまいか。荒唐無稽な妄想としか思えませんが、そもそも何もかもが荒唐無稽な事件なのです。
思えば、この小学校こそは現在も厳重な拘束を受けている百人以上もの『たかし君』が発生した半径数キロのエリア内、その中心地点ではなかったか。テスト用紙片手に頭を抱える彼にしても、その地図上の中心点に何か手がかりがないかと考えたからこそ、ここまで足を運んだのではなかったのか。
そのテスト用紙と事件との関連は不明。
持ち主の児童が今なお無事でいるかも分かりません。あるいは、ここで報告しなかったせいで第二第三の『たかし君』が現れるのかもしれませんが。
「……こんなこと報告できるか」
男は人目につかぬ物陰に移動し、スーツの懐からライターを。そうして破れた算数のテストに火をつけると、テスト用紙はたちまちチリとなって消えました。
『超音速たかし君事件』の真相は今もなお不明です。
超音速たかし君 悠戯 @yu-gi
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