第2話
テキサス州サンアンジェロからロサンゼルスへ着く頃には正直、僕は参っていた。こんなに長い間乗り物に乗っていたことはなかった。
1987年10月、僕はこつこつ貯めたお金で初めて生まれ育った土地を離れた。
24歳になった僕も相変わらず左足は義肢で、時間は流れなかったかのように声は子どもの頃のままだった。
手には母から譲ってもらった茶色いボストンバックをひとつ。行くアテはあった。
道ゆく人に何度か道を尋ね、僕はようやく約束の場所に辿り着いた。
何人目かに尋ねた、母と同じぐらいに見えた女性は、背が低く声も子どものような僕が、ひとりでこの街に来たことをとても案じてくれた。その人は僕に持っていたアップルをくれた。だから僕はボストンバックとアップルを持ってクラブのドアをノックした。
「君が連絡をくれたブルース・コールマンさん?」
「はい、僕がそうです」
筋肉質で黒いシャツがよく似合っていたーー…クラブ"シルバームーン"のオーナー、ハワード・タイラーは履歴書と僕を何度か見比べて、ふうんと声を漏らした。
僕は去年の暮れに、友だちに手伝ってもらい何本かデモテープを作り、いくつかのクラブ宛に送った。僕をぜひ、あなたの舞台で歌わせてくださいとメッセージを添えて。
友だちはみな、いつ返事が来るだろうかと僕以上に楽しそうにしていたけど、母だけは違っていた。悪い大人が向こうにはたくさんいるのだから、あまりにもうまい話には気をつけるのよ、と何度も何度も念を押した。
だから僕は中途半端な気持ちのまま返事を待った。返事が来たのはたった1通だった。それがシルバームーンだった。
そして今、シルバームーンで僕はカウンターのスツールに腰掛けている。小柄な僕じゃ全然カッコつかなかっただろうけど。微妙に座り心地の悪いイスを、どうにか手なづけていた。
「あのテープはほんとに君が歌ってるの?」
「はい、あれは僕が歌いました」
テープには母が大好きなビリー・ジョエルの"ロックンロールが最高さ"を吹き込んだ。悪ぶったような皮肉を込めた歌詞は、ノリのいいリズムで見事に化けてーー僕にとっては楽しい歌だった。
何より彼の歌を歌うと母はとても喜んでくれた。それが嬉しかった。
「声変わりしてないんだねぇ」
「はい、まだです」
「いくつ?」
「24歳です」
「ふうん」
ハワード・タイラーの目は興味なさげなふりをしているように思えた。なんと形容したらいいのか分からないが、今までに見たことのない色だった。
彼はカウンターの下でガサゴソと何かを探し、自慢げにそれを取りだした。楽譜だった。
「君の声にはこれが似合うと思う。さっそく今晩歌ってくれるか?」
渡されたのはベット・ミドラーの"ローズ"だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます