第3話 世界の終わりと、はじまり

「へぇ? それじゃあ最近、目が覚めたんだ」


 テーブルを挟んだ向かいの席。

 黒髪に眼鏡の男性が、履歴書から目を離してあたしを見上げた。

 あたし、20歳。記憶がない。

 目が覚めたときには知らない土地にいて、聞いたこともない言語であたしの顔を覗くおじいさんと出会ったのが、1ヶ月ほど前。

 おじいさんは小さな町で医院を営むお医者さんで、名前以外の記憶と言葉を知らないあたしに生活のすべてを教えてくれた。

 それから、仕事まで紹介してくれたのだ。


「まあ、そういう奴はウチじゃあ珍しくもないよ。秘密結社なんて謳ってるけど、案外体力仕事だけど大丈夫かい?」

「はい。体は頑丈だって、ニコロフ先生のお墨付きです」

「あははは。それなら大丈夫か」


 面接という名の雑談が、おおよそ10分は続いたと思う。


「それじゃあ採用ね。詳しい話はまた後日連絡するから、これからよろしくお願いします」


 スーツにきっちり身を包んだ男性に、貼りつけたような笑顔でそう告げられ、「はい! よろしくお願いします」頭を下げた。

 ◇

 ◇

 白を基調とした秘密基地のなかは意外とこぢんまりしている。

 といっても、通された部屋以外はドアが閉まっていてなかを窺うことができないし、人の気配もない。

 万年人手不足だというあの男性の話も大袈裟じゃないのかも。

 廊下の角を曲がった、そのとき。


「「!」」


 出会い頭に男性の胸と顔面がぶつかり、よろけたところを片腕で支えられる。


「すまない、大丈夫だった?」


 鼓膜を攫う低い声。


 ドクン。


 と、心臓が大きく跳ねる。

 それは目眩にも似て。体から力が抜けていく。


「ちょ………どこか痛むのか?」


 少し焦ったような声音の持ち主が、ほとんど横に倒れてしまったあたしの体を抱えるようにして支えてくれる。

 その顔を、まるで太陽を見上げるように見て。


「──────」


 時間が、呼吸が、止まった。


 白い明かりに透ける金色の髪。

 色の薄い黒の色眼鏡。

 その瞬間、走馬灯のようにグワーッと流れ込んでくる映像に、脳を焼かれかけた。

 これは…………記憶?


「………君、」


 男性が、──────いや、彼が。

 パッと手を離した。

 あたしの体は冷たい床に倒れたのだけど、そんなことはお構いなし。

 呆然と立っているその人の前で、のろのろと立ち上がる。

 と、あたしは笑うのだ。


「ねぇ、アラリック。あのとき、あなた言ったよね?」


 1歩、2歩。後ろへ下がっていく足を、1歩、2歩、と、追う。


「悪はいつか撃たれるって」


 あたしは今、愛を囁いているんだ。


「だから今度はあたしが教えてあげる」


 彼の細い、デザートみたいな細い腰に両手を回す。

 そうしてパンプスの踵を浮かせ、あたしが魔法の言葉を食べさせてあげるんだ。


「悪は何度だって蘇るって」


 それまでの世界がうそみたい。

 バラ色のフィルターがかかった世界は、なんて、なんて美しいんだろう!





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ワルモノにはないてもらう 後藤あこ @hamham12-09

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