第6話 再会、そして波乱の予兆

 家族の無事は確認できた。強力な力も手に入れた、というか覚醒した。心強い(?)仲間も増えた。

 けれど、王都に辿り着く前に、僕の精神力が尽きてしまうのではないかという不安が、魔毒よりも重くのしかかってくるのだった。


「・・・・・・とにかく、行こう。王都へ。・・・・・・リリアニアに、僕たちの本当の『価値』を教えに行くんだ」


 僕が努めて真剣な声で言うと、エマとクレアは一瞬だけ顔を見合わせ、フイッと互いに顔を背けた。


「・・・・・・そうね。ミトがそう言うなら」

「いいわよ。最高にドラマチックな、聖女たちの値崩れの瞬間を見せてちょうだい」


 こうして僕たちデコボコな三人組は、夕闇に満たされつつある街道を、王都へと向かって再び歩み始めた。


 

 王都を囲む白磁の城壁が見えてきた頃、僕の心臓は静かに高鳴っていた。


 僕はここから「ゴミ」として追放された。けれど今、僕はこうして自分の意思と力で道を切り開き、ここまでやってきた。


 体内を巡る魔毒――いまでは、自分にとってなくてはならないものだ――が、全身を熱くたぎらせているのが感じられた。


「さて、どうするの? 正面から堂々と行くなんて、お宝の持ち主としては三流のやり方だけど」


 クレアがあごに手を当てて、不敵に笑う。


「正々堂々と行くわよ。ミトは何も悪いことをしていないもの。・・・・・・それに、ミトの今の力なら、こんな門なんて紙細工同然よ」


 エマが僕の隣で誇らしげに胸を張る。彼女は、僕が手に入れた力を自分のことのように喜んでくれていた。


 僕たちは、門兵が守る正門へと真っ直ぐ歩み寄った。

 僕の姿を認めた瞬間、門兵たちの顔が引きつった。


「なっ・・・・・・お前は、あのおぞましい不浄の家のミト・ノルディアス!なぜ生きている!?ゴミ処理場に送られ、いまごろ腐竜ゲルニアのエサになっているはずでは・・・・・・!」

「道を空けてくれないかな?家族の元へ帰るだけだ。手出ししないなら、こちらも危害を加えるつもりはない」


 僕が静かに言うと、彼らは恐怖を打ち消すように怒鳴り散らし、槍を構えた。


「調子に乗るなよ、ゴミ箱が! 穢らわしい貴様を王都に入れるわけにはいかない!構えろ、こいつを今度こそ始末するぞ!」


 槍を手にした門兵が、僕らに襲いかかってくる。かつての僕なら、その槍の切っ先を見ただけで、腰を抜かしていただろう。けれど、僕の視界には、彼らの動きのがはっきりと見えていた。


 僕は目を閉じ、体内に溜まった「他者の記憶と技」にアクセスした。

 これまで僕が吸い取ってきたのは、毒だけじゃない。その毒を生み出した剣士たちがこれまでつちかってきた「わざ」、練り上げてきた「直感」、魔導士たちの「知識」もまた、僕の中に蓄積されていたのだ。


「――【白剛斬・絶無】」


 僕は一歩を踏み出し、技を繰り出す。


 それは、これまで日常的に僕が毒を吸い取り続けていた、ある近衛騎士団長。王国最強とされる、孤高の剣士。人生を戦いに捧げてきた、いまは引退した百戦錬磨の戦士。これまで魔毒と共に吸い取ってきた、無数の剣の達人たちの「わざ」が、僕の中で混然一体となる。


 剣の技を極めれば、最後は剣を鞘から抜くことさえせずに、なんなら剣の実体すらなくとも、切れるという。僕は、意識を研ぎ澄まして、白光を横一文字に振るった。


 ガキンッ!という派手な音と共に、門兵たちの槍が飴細工のようにへし折れる。


「な、なんだと・・・・・・!?今、何をした!?」


 門兵たちは、動揺を隠せない。それはそうだろうな。


「次は、これだ」


 続けざまに、以前吸い取った宮廷魔導士の「加速」の術式を瞬時に編み上げる。

 一瞬で背後に回り込み、彼らの頸動脈に軽く指を添える。


「――【パラライズ・バースト】」


 電撃が走り、門兵たちは声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。


 かつて僕を嘲笑い、ゴミと見下してきた連中のわざが、僕の中で純化され、より強力な一撃となって花開いた。


「すごいわ、ミト・・・・・・今の動き・・・・・・一流の騎士でもあんなにスムーズにはできないわよ!」


 エマが目を輝かせて拍手する。


「ふん、当然ね。何年もかけて最高級の素材を詰め込み、自分の体という工房で鍛え上げたんだもの。今のあんたは、あらゆる英雄の技を使いこなす『万能の体オールマイティ』よ」


 クレアの言う通り、僕の体はもはやただの受け皿ではなかった。

 あのゴミ処理場で、命の危機に直面したことによって、爆発的に開花した能力。それは、これまで僕がこれまでゴミ箱として喰わされてきたすべてのものの集積だ。


 僕たちは、気を失って横たわる門兵たちを一顧いっこだにせずに、門を堂々とくぐり抜けた。


 僕は二人に告げる。


「・・・・・・行こう。まずは僕の家へ。みんなを迎えに行くんだ」


♢ ♢ ♢


 王都の中は、表面上はいつも通りの「ユートピア」だった。

 けれど、僕が通り過ぎるたびに人々が言葉にできない不安を感じて足を止める。しかし、今はそんなこと構っている暇はない。


 やがて、住み慣れたノルディアス家の屋敷が見えてきた。

 そこには、スプレンディアス家の紋章が入った重装騎士たちが数人、厳重に周囲を警備していた。


「あ、見て!あそこにいるのは・・・・・・お兄様だわ!」


 エマが指差した先。屋敷の玄関先に、一人の長身の青年が立っていた。

 エマの兄、ウォルス・シアン・スプレンディアス。

 スプレンディアス家を継ぐ次期当主であり、その実直さと武勇で知られる若き武人だ。



「エマか!・・・・・・それに、そこにいるのはミトか!?」


 ウォルスさんが驚愕に目を見開き、こちらへ駆け寄ってくる。


「お兄様!ミトを連れて帰ってきたわよ!・・・・・・お父様との約束は破っちゃったけど、結果オーライでしょ?」

「エマ、お前というやつは・・・・・・。だが、無事でよかった。そしてミト、君が生きて帰ってくるとは・・・・・・スプレンディアスの名において、再会を祝そう」

 ウォルスさんは僕の肩を力強く叩いた。その瞳には、家柄を超えた深い敬意が宿っていた。

「ウォルスさん、僕の家族は・・・・・・」

「安心しろ。みんな、中にいる。全員無事だ。リリアニアの差し金による刺客が何度か来たが、我らが追い払った。・・・・・・さあ、入ってくれ。貴殿の帰還を、みんなが首を長くして待っている」


 ウォルスさんが、玄関の扉を手で指し示す。僕は震える手で扉を開けた。

 中に入ると、すぐに懐かしい匂いが鼻をくすぐった。母さんが炊くスープの匂い、そして古書の香り。


「お兄ちゃん!?」


 奥から飛び出してきたのは、妹のユナだった。僕の姿を見るなり、目に涙を溜めて、ためらいなく、僕の胸に飛び込んできた。


「ユナ・・・・・・っ、危ないよ、僕に触れたら・・・・・・」

「平気!だって、今のお兄ちゃん、全然苦しくなさそうだもん!とってもキラキラしてる!」


 ユナの言葉に、僕はハッとした。

 以前は彼女に毒が移らないよう、常に距離を置いていた。けれど今の僕は、毒を完全に制御し、むしろ周囲に清浄な気を振りまいてすらいる。


 僕は初めて、心ゆくまで妹を抱きしめることができた。


「・・・・・・ミト。本当にミトなんだな・・・・・・」


 居間の奥から、父さんと母さんが現れた。

 父さんは声を震わせ、母さんはエプロンで何度も目元を拭っている。


「父さん、母さん・・・・・・心配かけてごめん。スプレンディアス家の人たちのおかげで助かったよ」

「よく帰ってきたな」「お帰りなさい、ミト」


 父さんも母さんも暖かい言葉をかけてくれる。僕は家族の愛情をあらためて感じて、思わず涙が溢れそうになった。


「おーい、感動の再会中に悪いけれど、感傷に浸ってる暇はないわよ」


 入り口にいたクレアが、パンパンと手を叩いて、言った。

 彼女は窓の外、王都の中央にそびえ立つ宮殿を指差した。


「さっき、街を歩いていた下級聖女たちが話していたのを耳にしたけれど、宮殿の『魔吸石』がちょっと大変なことになっているらしいわよ?」

「え?・・・・・・それはどういうことだい?」


 僕の質問に、クレアは肩をすくめる。


「さあ?行って確かめたみたらどう?あんたという『ゴミ箱』を捨ててしまったから、ゴミの始末に困っているんじゃないの?」


 その言葉に、ウォルスさんが険しい表情で頷く。


「・・・・・・確かに、俺もさきほど不穏な報告を耳にした。聖女リリアニアがなにやらパニックにおちいったとか・・・・・・ミト、ひょっとしたら貴殿の出番かもしれないな」


 僕はずっと抱きついていたユナを優しく離し、家族一人一人の顔を見た。

 父さん、母さん、ユナ。みんなの顔には、もう恐怖はない。あるのは、僕を送り出す揺るぎない信頼だけだ。


「・・・・・・行ってくるよ」


 エマが僕の隣に立ち、剣を抜いた。


「私も行くわ。あなたの背中は、私が死んでも守り抜く」

「私も同行するわよ。王都が崩壊したら、宝物を売る場所もなくなっちゃうしね。万能鑑定士として見過ごせないもの」


 僕は頷き、宮殿に向かって、走り出す。


 愛する家族を守るため。そして、僕を捨てた傲慢ごうまんな聖女に、自分たちが何を手放したのかを、その身に刻み込ませるために。

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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~ いおにあ @hantarei

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