第5話 万能鑑定士VS白銀の猛牛騎士
王都へ向かう街道は、かつてないほど険しく感じられた。
物理的な距離ではない。僕の中に渦巻く、家族への不安と、裏切った連中への冷徹な怒りが、一歩一歩を重くさせているのだ。
「ちょっと、そんなに殺気を振りまかないでよ。小鳥が落ちてくるじゃない」
隣を歩くクレアが、軽口を叩きながら付いてくる。彼女はこどものように軽い足取りで、時折、
そんな道中、街道の先から騒がしい声が聞こえてきた。
手に手に武器を持った男たちが十数人、道を塞ぐように立っている。毛皮を
「おいおい、見ろよ。ゴミ捨て場から迷い込んだガキどもか?」
「持ってるもん全部置いていきな。命までは取らねえよ・・・・・・ああ、そっちのガキは高く売れそうだな」
山賊のリーダー格が、脂ぎった顔でクレアを指差した。
僕は一歩、前に出る。
以前の僕なら、ただ震えて慈悲を乞うしかなかっただろう。けれど今は――
「・・・・・・どいてくれ。急いでいるんだ」
「あぁ? 生意気なガキだな。野郎ども、やっちまえ!」
山賊たち中の三人が、剣を振り回して襲いかかってくる。
だが僕には、彼らの動きがスローモーションに見えた。
僕は拳を軽く握る。先ほど、腐竜ゲルニアを打ち倒したときに感じた、体内のあの燃えたぎるような力を意識する。ほんの少し、指先に力を込めて、空を切るように振るった。
「――どいてください」
衝撃波が発生する。
物理的な打撃ではない。純粋な魔力の圧力が、山賊たちを木の葉のように吹き飛ばした。彼らは悲鳴を上げる暇もなく、街道脇の森の奥へと消えていく。
「なっ・・・・・・何だ、今の光は!?」
「ひ、ひぃ! 化け物か!?」
残りの山賊たちが、恐怖に顔を引きつらせて後退りする。けれど、すぐに気を取り直す。今度は総がかりで武器を構えた。
「野郎ども、ひるむな!遠距離から射殺せ!第二陣、構え――」
山賊たちが弓矢や投げ斧を構えた、その瞬間だった。
――ヒュッ、と。
空気を切り裂くような鋭い風の音が、僕の耳を
銀色の閃光が、視界を駆け抜ける。
それは目にも止まらぬ速さの抜刀だった。
山賊たちが武器を振り下ろすよりも早く、一人の騎士がその前に躍り出ていた。
「私の・・・・・・私の大切な人に、その汚い武器を向けないでちょうだい!!」
直後、山賊たちの武器がことごとく真っ二つに叩き折られる。と思う間もなく、彼らは地面に倒れ伏す。峰打ちだが、その威力は凄まじく、全員が白目を向いて気絶している。
乱入者は、ゆっくりと剣を鞘に収めると、肩で息をしながらこちらを振り向いた。
乱れたプラチナブロンドの髪。涙で赤くなった紫色の瞳。
泥だらけの騎士装束は、彼女が王都から休みなしで僕を追ってきたことを物語っていた。
「・・・・・・エマ・・・・・・?」
「ミト・・・・・・っ!」
エマは、脱兎の如く僕に駆け寄り、胸に飛び込んできた。
「ミト! ミト! よかった・・・・・・生きてた、本当によかった・・・・・・!」
彼女の体は小刻みに震えていた。僕の首筋に顔を埋め、こどものように声を上げて泣きじゃくる。その温もりと、懐かしい鈴のような声に、僕の張り詰めていた心が急速に解けていく。
「エマ、ごめん。心配をかけたね」
「当たり前よ! あんな所に連れて行かれて・・・・・・私が、私がもっと強ければ・・・・・・!」
「・・・・・・強いわね、この娘。それに、この愛の重さはもはや国宝級だわ」
背後でクレアが感心したように呟いている。僕にはエマの震えを止めることしか考えられなかった。僕は彼女を抱き締め返し、その背中を優しく叩く。
「エマ、見て。僕は大丈夫だ。それどころか、少し・・・・・・いや、かなり変わったんだ」
エマは涙に濡れた顔を上げ、僕をまじまじと見つめた。
「ミト・・・・・・あなた、なんか雰囲気が・・・・・・?」
さすがは幼なじみだ。ぼくの変化にすぐに気付いたみたいだ。
「話せば長くなる。でも、これだけは言える」
僕は、リリアニアたちのいる王都の方角を見据えた。
「家族を助けに行こう、エマ。そして、僕たちをゴミのように扱った連中に、本当の『浄化』を教えてやるんだ」
エマは力強く頷き、僕の手を握りしめた。その手はもう二度と離さないという確固たる意志に満ちていた。
彼女の騎士装束からは、激しい早駆けによる馬の匂いと、鉄の香りが混じった汗の匂いがする。それは彼女がどれほどの距離を、どれほどの必死さで駆け抜けてきたかを示す証拠だった。
「・・・・・・よかった。本当に、本当によかった・・・・・・。もし間に合わなかったら、私、あの女を殺して自分も死ぬつもりだった・・・・・・!」
「エマ、落ち着いて。僕はここにいる。この通り、怪我一つないよ」
僕は彼女の背中を優しくさすりながら、一番気になっていたことを口にした。
「・・・・・・それより、僕の家族は? 父さんや母さん、ユナはどうなったんだ? 宮殿の連中に捕まったりしてないか?」
エマは、小さく頷いた。
「大丈夫よ。ノルディアスの方々は、私の家――スプレンディアス家が責任を持って保護したわ。・・・・・・お父様がね、リリアニアがあなたを切り捨てたという報告を聞いた直後に、配下の兵たちを出して、守ることにしたの」
その言葉に、僕は心の底から安堵し、力が抜けるのを感じた。父さんも母さんも、ユナも無事だ。あの温かな家庭が、リリアニアの毒牙にかからずに
「・・・・・・お父様は、あなたの家族のことはずっと気にかけていたのよ。でも、スプレンディアス家の立場というものもあるし、表立って宮殿に逆らうことは難しかった。それでも、今回のことだけは許せなかったみたい」
エマはそこで言葉を切り、少しだけ苦い表情を見せた。
「でもね・・・・・・お父様は『順序を守れ』って言うの。『まずはノルディアスの家族を安全な領地に逃がし、それから十分な準備を整えて、ゴミ処理場のミトを助けに行く』って。・・・・・・そんなの、間に合うわけないじゃない!」
エマは、怒りと涙の混じった瞳で僕を見上げた。
「生まれて初めて、お父様と大喧嘩しちゃった。『ミトを見捨てるなんて、スプレンディアスの名が泣くわ! 臆病者の家なんてこっちから願い下げよ!』って
エマは名門騎士の令嬢としてではなく、ただ一人の少女として、僕を選んでくれたのだ。
そのことに、改めてエマへの感謝と暖かな情愛の念で、胸がいっぱいになり、再び彼女を抱きしめたくなった。けれど、あまりゆっくりとしてはいられない。
「ありがとう、エマ。君のおかげで、僕は絶望せずに済んだ。家族を助けてくれたスプレンディアス卿にも、いつか必ずお礼を言うよ」
「お礼なんていいわよ・・・・・・それよりミト、その子は誰なの?」
エマは、僕の背後、少し後ろの方で、退屈そうに道端の石ころを蹴っていた少女――クレアを指差した。
「彼女はクレア。ゴミ処理場で僕を助けてくれた・・・・・・というか、僕の力の正体を教えてくれた恩人なんだ」
彼女は涙を拭い、騎士としての凛とした佇まいに戻ると、一歩前に出て、クレアを検分するように、視線を少しだけ鋭くする。。
「・・・・・・ゴミ処理場に、こんな幼い女の子が?ミト、騙されているんじゃないの? こんな非力そうな子が、どうやってあなたを助けるっていうのよ」
エマの言葉には、あからさまな不信感と、隠しきれない警戒心がにじんでいた。
対するクレアは、少々冷ややかな視線でエマに応答すると、ふんと鼻で笑った。
「非力?失礼ね。私はこの世界の『価値』を見定める者よ。そこの筋肉ダルマな騎士さんには分からないでしょうけど、私はこの黄金の器の、世界で最初の所有者候補なんだから」
「所有者・・・・・・!? ちょっと、何を言っているのよ、この小娘!」
エマの眉間に深い皺が寄る。腰の剣に手が伸びそうな勢いだ。
「ミトは私の将来の旦那様になる人なのよ!所有者なんて、失敬にもほどがあるわ! だいたい、あなた何者なの?どういう目的でミトについてきているのよ!」
「目的?決まってるじゃない。この世に二つとない、ミト・ノルディアスというお宝が、どんな世界を見せてくれるのか、それをと見届けるためよ。・・・・・・まあ、今のあんたを鑑定してあげましょうか?【万能鑑定眼》――」
クレアの瞳が金色に光る。彼女はエマを頭の先からつま先までスキャンするように眺めると、やれやれと首を振った。
「鑑定結果。名前、エマ・シアン・スプレンディアス。属性は『直情型の猛牛騎士』。ミトに対する愛情と執着心・・・・・・測定不能。容姿は申し分ないけれど、ちょっと情緒が不安定なところがあるわね」
「なっ・・・・・・!な、な、な・・・・・・なんですって!?私のミトへの、愛情と執着心・・・・・・!?」
エマの顔が真っ赤に染まる。怒りか羞恥か、あるいはその両方か。
「ミト!やっぱりこの子、怪しいわ!どこかの国が送り込んだ工作員か、悪魔の
腰の剣を抜こうとしたエマを、僕は慌てて止めに入る。
「待って待って、エマ!クレアは本当は悪いやつじゃないよ。口は悪いし、ずけずけと思ったことを口にしてしまうところはあるけれど、僕がどうしてこんな力を手に入れたか、的確に分析してくれたんだよ」
僕は二人の間に割って入り、必死にあいだを取り持つ。
エマは僕に
一方のクレアは、エマの激しい剣幕などどこ吹く風だ。
「ふーん。まあ、護衛役としてはそこそこの性能みたいね。あんたが暴れる間に、私はミトの力のデータを集めることにするわ。・・・・・・ねえ、ミト。次はこの猛牛騎士さんの魔毒も、もっと効率的に吸い取ってあげたら?さっきの抱擁、分析した限りじゃまだ半分も吸いきれてなかったわよ」
「え、あ・・・・・・」
その言葉に、エマが再び爆発した。
「な、ななな・・・・・・何を言ってるのよ! さっきの抱擁は・・・・・・あれは精神的な安らぎのためのものであって、効率とかそういう問題じゃ・・・・・・! っていうか、あなた、見てたの!?ずっと見てたのね!?」
「お宝のメンテナンス風景を観察するのは当然でしょ。・・・・・・ああ、でも、あの時のあんたの顔、市場価値で言えば『茹で上がったタコ』以下だったわね」
「この、クソガキ――っ!!」
エマの絶叫が街道に響き渡る。
僕は深いため息をつきながら、前途多難な旅路を予感した。
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