腹八分目

ヨモギ メイジ

腹八分目

俺的には、せいぜい腹五分目くらいで十分だ。腹八分目まで食べる必要はない。そんなに多く食べても、幸せを感じることはないし、食べることは生きるための栄養補給だと考えているので、やはり腹五分目で十分だ。


だが、ここ最近はよく腹九分目まで飯を食わされている。娘が料理にはまったのだ。休日には料理本に書かれているレシピを片っ端から試しており、俺はその料理の試食係を担当している。そのため休日になると、俺は腹がぱんぱんになるまで飯を食うハメになる。


初めのうちは、腹が苦しくなっても問答無用で運ばれてくる料理に若干の恐怖を抱いていた。しかし、人間慣れてくるもので、次第に娘が作る料理を全て平らげられるようになり、自分でもこの体の変化には驚かされた。娘の料理の量に慣れてくると同時に普段の食事の量も増えていき、気づけば昼ごはんは以前食べていた量の2倍程度になっていた。


胃袋もすっかり広がり、効率的に自分の腹を満たすためには何が良いかと考え始めていた頃。娘が突然料理を作らなくなった。何気に休日の楽しみになっていたので、なんでやめてしまったのかと理由を尋ねると、「飽きた」の一言が返ってきた。少し寂しい気持ちもありつつも、もう胃腸を痛めることはないのだという安堵もあった。


と思っていたら月曜日の朝、テーブルの上に二つ弁当が置かれてあった。娘は当たり前のように「あ、それ一つは私の。もう一つは父さんの。」と言って弁当を渡してくれた。俺は感謝を伝えつつ目頭がジーンと熱くなるのを感じた。それと同時に、余計な心配かけたかなと申し訳ない気持ちも湧いてきた。


娘が料理を作り出す以前は、休日には朝飯以外を俺が作っていた。娘は好き嫌いが非常に激しく、少しでも自分の嫌いな食材が入ってると癇癪を起こして食卓を出ていってしまう。そんな子供だった。多少大きくなった今でも好き嫌いは根強く残っており、妻が「私が甘やかしすぎたのかなぁ」と言って反省していた。かく言う俺も妻にはいつも甘やかされていた。「何が食べたい」と聞かれて、いつも「なんでもいい」と答えていたが、夕食はしっかり俺の好きなものが並んでいた。


妻が亡くなってからは、極端に食事を摂る量が減った。料理自体ができなかったわけではないが、長年慣れ親しんだ妻の料理の味を忘れることができず、自作の料理やコンビニの弁当を頬張るたびに、「妻の料理が食べたい」という思いに駆られ、その度に寂しさや虚しさが心を埋め尽くした。だから俺はそれからあまり食事を摂らなくなった。活動するための最低限の栄養補給。それが俺にとっての食事となった。


娘が料理を作り出したときは何事かと思ったが、せっかく娘が作ってくれた料理を無碍にするわけにはいかず、精一杯腹の中に詰め込んだ。数年間まともな食事を摂っていなかった体にとってはとんでもない激務だったが、不思議と心は軽くなっていた。久しぶりに味わう他人の作った料理。妻の作る料理とは味も献立も全く違う。だがそこには確かに料理に込められた温かい思いが存在していたと思う。


俺的には腹五分目くらいで十分だった。けど今は違う。もう俺にとっての食事は、単なる栄養補給などではない。これからは腹八分目の幸せを噛み締めながら生きていこうと思う。

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