聖女は天使に謳われる ~神が消えてしまったらしいので神になります~

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聖女は天使に謳われる ~神が消えてしまったらしいので神になります~

 


「起きてください」



 どこかから、透き通るような声が聞こえる。まるで水晶の鐘を鳴らしたような、この世のものとは思えない美しい響きだった。


 私は重いまぶたを持ち上げ、ゆっくりと目を開けた。視界に飛び込んできたのは、見たこともないような荘厳そうごんな光景だった。天井は遥か高く、白い大理石の柱が何本も立ち並び、そのすべてに黄金の装飾が施されている。ステンドグラスから差し込む光は七色に分かれ、神殿全体を幻想的な雰囲気で包み込んでいた。



「ここは……どこ?」



 私は起き上がり、周囲を見回した。そこで初めて気づく。私の周りを、四人の天使が取り囲んでいることに。

 彼らは人の姿をしているが、その背には純白の翼があり、頭上には金色の輪が浮かんでいる。全員が中性的な美しさを持ち、その表情は神々しいまでに穏やかだった。最前に立つ天使は銀の髪を持ち、その瞳は深い青色をしている。その隣には、鮮やかな赤い髪の天使、澄んだ青い髪の天使、そして柔らかな緑の髪の天使が並んでいた。



「おはようございます」



 銀髪の天使が、うやうやしく頭を下げた。威厳いげんがありながらも、どこか優しげな雰囲気をまとっていた。私は慌てて立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、よろめいてしまった。



「あの、私はただの見習い聖女で……なぜこんな場所に?」



 私が戸惑いながら尋ねると、銀髪の天使は穏やかに微笑んだ。



「戸惑うのも無理はありません、エリアナ様」



 天使の口から、私の名前が呼ばれる。それだけで、この状況が現実なのだとなんとなくわかった。


 王都の大聖堂で修行を積む、ごく普通の見習い聖女。特別な才能があるわけでもなく、先輩聖女たちのように華々はなばなしい奇跡を起こせるわけでもない。毎日ひたすら祈り、掃除をし、病人の世話をする、それだけの日々を送っていた私が、なぜこんな立派な場所に召喚(?)されたのだろうか。きっと何かの間違いに違いない。



「フェルシエル、説明を」



 銀髪の天使が赤い髪の天使に声をかけた。呼ばれた天使は、琥珀こはく色の瞳を持つ美しい存在で、その表情には深刻さがにじんでいた。



「はい」



 フェルシエルと呼ばれた天使が一歩前に出て、私に向き直った。



「エリアナ様、実は……神がお隠れになってしまわれたのです」


「え……?」



 思わず聞き返してしまう。神が消えた?そんなことがあり得るのだろうか。私の頭が混乱する中、フェルシエルさんは静かに続けた。



「はい。三日前、突然神の気配が失われました。私たち天使は、神の意志によって存在しています。このままでは、私たちは消えてしまう運命にあります」


「消えて……しまう?」



 私は四人の天使を見回した。皆、不安げな表情を浮かべている。最初に私を呼び起こした銀髪の天使も、その瞳にうれいを宿していた。青い髪の天使が、はかなげな瞳で私を見つめながら言った。



「そこで、緊急措置として、新たな神を立てる必要が生じたのです。エリアナ様、私たちはあなたを次の神としてお迎えしたいのです」


「わ、私を?」



 私は自分を指差した。天使たちはそろって頷く。しかし、これはあまりにも突飛とっぴな話だ。私が神になる?そんなの絶対に無理だ。私には、そんな大層な能力も資格もない。



「なぜ私なんですか?私より優秀な聖女は大勢います。主席のマキャベル様や、奇跡を起こせるブローネ様、民衆からしたわれるアヴァルス様……私なんかより、彼女たちのほうがずっと相応ふさわしいはずです」



 私は訴えた。本当にそう思っている。マキャベル様は誰よりも敬虔けいけんで、祈る姿は絵画のように美しい。ブローネ様は難病を治す奇跡を何度も起こし、多くの人々を救ってきた。アヴァルス様は民衆に寄り添い、誰からも愛されている。彼女たちと比べれば、私など塵のようなものだ。


 最初に私の名を呼んだ銀髪の天使が、悲しげな表情を浮かべる。



「リュミエラ、お見せしましょう」



 その言葉に応じて、緑の髪を持つ天使が手をかざす。すると、空中に水鏡のようなものが現れた。リュミエラと呼ばれたその天使の表情は、どこか申し訳なさそうだった。


 水鏡に映し出されたのは、私が尊敬してやまない先輩、マキャベル様の姿だった。聖堂で祈りを捧げるマキャベル様。その表情は完璧で、誰もが彼女を聖女のかがみだとたたえている。私も、何度その姿に憧れたことだろう。しかし、水鏡から聞こえてきたのは、想像もしていなかった声だった。


『ふん、こんな祈り、本当は意味なんてないのに。でも、これをやらないと愚民ぐみんどもが騒ぐからね。私の美しい姿をあがめるがいいわ。どうせ神なんて存在しないんだから、この茶番も私の名声を高めるための舞台に過ぎない』


 マキャベル様の声。私は思わず息を呑んだ。嘘だ、そんなはずがない。マキャベル様が、そんなことを考えているなんて。



「フェルシエルさん、これは……」



 私が震える声で問いかけると、フェルシエルさんが静かに答えた。



「私たち天使には、人の心の声を聴く力があるのです。これは、マキャベル様の本当の心です」



 次に映し出されたのは、優しい笑顔で病人を癒すブローネ様。病床に伏す老人の手を取り、祈りを捧げている。その姿は慈愛じあいに満ちていて、見る者すべてを感動させる。しかし――


『汚い。本当に触りたくない。この老いぼれ、いつまで生きているつもりなの?でも、ここで奇跡を起こせば、私の評価が上がる。名声のためよ、名声のため。神殿での地位を確立するために、この程度の我慢は必要経費ね』


 ブローネ様の心の声が、冷たく響く。私は思わず目を逸らしたくなった。あの優しいブローネ様が、そんな考えを持っていたなんて。


 そして、民衆に囲まれて微笑むアヴァルス様。まずしい人々に食糧を配り、子供たちの頭を撫でている。その姿は聖母のようで、誰もが心を開く。


『馬鹿な民衆ね。適当に優しい言葉をかければ、すぐに騙される。本当はこんな汚れた場所、一刻も早く離れたいのに。でも、これで貴族たちへのコネクションが強化できるわ。庶民からの支持が厚い聖女という立場は、上流階級に取り入るための最高の武器だもの』



「や、やめてください!」



 私は叫んだ。両手で耳を塞ぎたくなる衝動にられる。尊敬していた先輩たちの、あまりにも醜い本心。知りたくなかった。知るべきではなかった。私の中で、何かが音を立てて崩れていくのを感じた。今まで信じてきたもの、憧れてきたものが、すべて幻想だったとでもいうのだろうか。



「セラフィナ」



 銀髪の天使が、青い髪を持つ天使に声をかけた。セラフィナと呼ばれた天使は、優しげな紫の瞳で私を見つめながら、体を支えてくれる。



「エリアナ様」



 セラフィナさんが優しく語りかけてくる。



「あなたの心は違いました。私たちは、すべての聖女たちの心を覗かせていただきました。そして、あなたこそが最も敬虔けいけんで神聖な心を持っていると判断いたしました」


「でも……私は何も特別なことができません。本当に、何も」



 私は震える声で言った。それは本当だ。私はただ、毎日の務めを果たしているだけ。誰にでもできる、当たり前のことしかしていない。


 銀髪の天使が私の前に膝をついた。その青い瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。



「エリアナ様、あなたが掃除をするのは、神殿を清浄に保つことが神への敬意だと、心から信じているからです。誰も見ていない場所でも、あなたは手を抜きません。それは、神が見ているからではなく、それが正しいことだと思っているからです」



 セラフィナさんが続ける。



「あなたが病人の世話をするのは、苦しむ人を減らしたいという純粋な思いからです。評価されたいからでも、名声が欲しいからでもない。ただ、目の前の人の苦しみを和らげたいという、それだけの理由です」



 フェルシエルさんが静かに言った。



「あなたが祈るのは、本当に世界の平和を願っているからです。形だけの祈りではなく、心からの祈り。その純粋さは、他の誰にも真似できません」



 リュミエラさんが微笑む。



「あなたは、自分が特別だとは思っていません。むしろ、自分を卑下ひげしているほどです。しかし、その謙虚けんきょさこそが、神に最も近い心なのです。エリアナ様、あなたの心には嘘がありません。打算もありません。ただ純粋に、正しいことをしたいという思いだけがあります」



 銀髪の天使が深く頭を下げた。



「どうか、お願いします。私の名はヴェリオン。この天使たちをべる者です。エリアナ様、どうか私たちを、この世界を、お救いください」



 他の三人の天使も、そろって頭を下げた。その姿は、神々しくも、どこか切実で、悲痛ですらあった。彼らは本当に困っているのだ。神がいなければ、消えてしまう。それは、死を意味するのだろうか。

 私は立ち上がった。足が震えている。神になるなど、想像したこともない。私はただの、どこにでもいる見習い聖女なのに。こんな大役、私には絶対に務まらない。しかし、目の前の天使たちの姿を見て、断ることができなかった。



「でも……私に神が務まるでしょうか。本当に、私なんかで大丈夫なんでしょうか」


「大丈夫です」



 ヴェリオンさんが顔を上げ、力強く言った。



「神とは、完璧である必要はありません。ただ、純粋な心で世界を愛し、人々を思いやる。それだけで十分なのです。私たちが、全力でお支えします」



 フェルシエルさんも頷いた。



「エリアナ様なら、必ずや素晴らしい神になられます」



 セラフィナさんとリュミエラさんも、期待に満ちた目で私を見つめている。私は深呼吸をした。確かに、天使たちが消えてしまうのを見過ごすことはできない。それに、もし私が神になることで、この世界が少しでも良くなるのなら――そして、先ほど見た聖女たちのような、心に闇を抱えた人々がいる世界を、少しでも変えられるのなら――私なんかでも、やってみる価値はあるのかもしれない。



「わかりました。微力ながら、やってみます。でも、本当に至らない点ばかりだと思いますので、どうか皆様、お力を貸してください」



 その瞬間、神殿全体が眩い光に包まれた。どこからともなく美しい讃美歌さんびかが聞こえてくる。その歌声は、これまで聞いたどんな聖歌せいかよりも美しく、心の奥底に響いてくる。光の渦の中で、私は何か大きな力が流れ込んでくるのを感じた。それは温かく、優しく、そして途方もなく広大な力だった。世界中の祈り、人々の願い、希望、苦しみ――すべてが私の中に流れ込んでくる。



「これが……神の力……」



 圧倒されそうになる。あまりにも膨大な情報、感情、願い。それらが一気に私の中に押し寄せてくる。しかし、不思議と恐怖はなかった。むしろ、懐かしいような、帰るべき場所に辿り着いたような、そんな安心感があった。まるで、ずっと昔からこうあるべきだったような、そんな感覚。やがて光が収まり、私は再び床に降り立った。気づくと、私の服は純白じゅんぱくのドレスに変わり、頭上には金色のかんむりが浮かんでいる。体の中に、今まで感じたことのない力が満ちているのがわかった。それは、この世界のあらゆるものとつながっているような、壮大な感覚だった。



「新たなる神よ」



 ヴェリオンさんがひざまずいた。他の三人の天使も、それに続く。



「エリアナ様。どうか、この世界をお導きください」



 私は彼らを見下ろしていることに気付き慌てて言った。



「た、立ってください。私はまだ、あの見習い聖女のエリアナです。神になったからといって、それは変わりません。皆様のお力がなければ、私は何もできません」



 天使たちは顔を上げ、嬉しそうに笑った。ヴェリオンさんが立ち上がり、私の前に進み出る。



「それでは、エリアナ様。これからやるべきことをご説明いたします」


「はい、お願いします、ヴェリオンさん」


「まず、神としての最も重要な役割は、この世界の均衡を保つことです。世界には様々な力が働いています。生と死、光と闇、秩序と混沌。これらのバランスが崩れると、世界は破滅に向かいます。神は、そのバランスを調整する役割を担っています」


「具体的には、どうすれば……」



 リュミエラさんが優しく語りかけてくる。



「エリアナ様は、今、世界中のあらゆる祈りを感じることができるはずです。試しに、意識を集中させてみてください」



 言われた通り、私は目を閉じて意識を集中させた。すると、確かに感じる。遠く離れた場所から届く、無数の声。病気の治癒を願う声、豊作を祈る声、戦争の終結を望む声、愛する人の幸せを願う声。それらすべてが、糸のように私につながっているのがわかった。



「これが……祈り……」


「はい。そして、エリアナ様はその祈りに応えることができます。ただし、すべての祈りを叶えることはできません」



 セラフィナさんが静かに言った。



「なぜですか?」


「なぜなら、相反あいはんする祈りが存在するからです」



 ヴェリオンさんが説明する。



「例えば、ある戦争で、両陣営がそれぞれ勝利を祈っています。両方を叶えることはできません。また、ある人は雨を願い、別の人は晴天を願っています。すべてを叶えれば、世界は混乱します」


「では、どうすれば……」


「それが、神の判断です」



 フェルシエルさんが言った。



「エリアナ様は、どの祈りが世界全体にとって最も良い結果をもたらすか、判断しなければなりません。時には、誰かの祈りを却下しなければならないこともあります」



 重い責任を感じた。誰かの切実な願いを、私が却下しなければならないなんて。でも、それが神の役割なのだと、今の私には理解できた。本当に、私にそんな大切な判断ができるのだろうか。不安でいっぱいだ。



「わかりました。では、まず何から始めればいいですか?」


「現在、最も緊急性が高いのは、東の大陸で起きているかんばつです」



 セラフィナさんが報告した。



「三ヶ月間雨が降らず、作物が枯れ、多くの人々が飢えに苦しんでいます」


「雨を降らせればいいのですか?」


「はい。しかし、同時に西の大陸では洪水が起きています。こちらも対処が必要です」



 リュミエラさんが付け加えた。



「つまり、東には雨を、西には晴天を?」


「その通りです。エリアナ様、やってみてください」



 ヴェリオンさんが励ますように言った。私は再び目を閉じ、意識を集中させる。東の大陸を思い浮かべる。すると、そこの状況が頭の中に浮かんできた。乾いた大地、枯れた作物、やつれた人々。彼らの切実な祈りが、強く私に届いている。私は心の中で願った。


(雨を。彼らに恵みの雨を)


 すると、体の中の力が動き出すのを感じた。それは自然に、まるで呼吸をするように流れ出していく。次に西の大陸を思い浮かべる。そこでは、溢れる水に家が流され、人々が避難している。私は願った。


(水よ。えーと、し、静まりなさい)


 なんとなく、西の大陸の水を東の大陸に雨として移すようなイメージを浮かべる。目を開けると、天使たちが感嘆かんたんの表情で私を見つめていた。



「素晴らしい……」



 フェルシエルさんが呟いた。



「完璧です、エリアナ様。東には雨が降り始め、西の洪水は収まりつつあります」


「本当ですか?」



 私は驚いた。本当に、私にそんなことができたのだろうか。信じられない。



「はい。これが、神の力です」



 リュミエラさんが微笑む。私は自分の手を見つめた。この手で、遠く離れた場所の天候を変えることができる。信じられないが、確かに感じる。世界とつながっている感覚を。でも、これは私の力じゃない。神の力を借りているだけだ。私自身は何も変わっていない。



「次は、病の治癒についてです」



 セラフィナさんが言った。



「多くの人々が、病気の治癒を祈っています。しかし、すべての病を治すことはできません」


「なぜですか?神の力があれば……」


「生と死もまた、バランスが必要だからです」



 ヴェリオンさんが厳しい表情で言った。



「もし誰も死ななくなれば、世界は人で溢れかえります。それは別の意味での破滅です。また、寿命を迎えた者を無理に生かすことは、自然の摂理せつりに反します。治すべきは、不当に命を奪われようとしている者たちです。例えば、幼い子供が不治の病に侵されている。その子にはまだ、生きるべき時間があります。そういった場合に、奇跡を起こすのです」



 私は頷いた。確かに、それは理解できる。すべての命を等しく扱うことはできない。優先順位をつけなければならない。それが、神の判断なのだ。



「わかりました。では、そういった子供たちを……でも、私に正しい判断ができるか不安です」


「大丈夫です。エリアナ様の心が導いてくれます」



 フェルシエルさんの言葉に従い、私は再び目を閉じた。すると、確かに聞こえる。幼い子供たちの、弱々しい祈り。痛みに耐えながら、生きたいと願う声。親たちの、必死な懇願こんがん。私は心を込めて、彼らに力を送った。


(生きて。もっと生きて。あなたたちにはまだ、やるべきことがある。見るべき景色がある。感じるべき喜びがある。だから、生きて)


 光が私の体から流れ出し、世界中に散らばっていく。それは温かく、優しい光だった。目を開けると、天使たちが満足そうに頷いていた。



「素晴らしいです、エリアナ様」



 ヴェリオンさんが言った。



「あなたは、既に立派な神です」


「いえ、まだまだです。これから、もっと学ばなければ。私なんて、本当に至らないことばかりで……」



 私はそう答えた。確かに、神の力は強大だ。しかし、その力をどう使うかは、私の判断にかかっている。間違えば、大きな災厄さいやくを引き起こすかもしれない。だからこそ、慎重でなければならない。私みたいな未熟者が、こんな重要な役割を担っていいのだろうか。今更だが怖くなってくる。



「エリアナ様、休憩を取りましょう」



 リュミエラさんが優しく言った。



「神の力を使うと、かなり疲労します。無理をされては、体が持ちません」



 言われてみれば、確かに疲れている。先ほどまでの高揚感こうようかんが薄れ、どっと疲労が押し寄せてきた。



「そ、そうですね。では、少し休ませてください」


「フェルシエル、エリアナ様を奥の間へ」



 ヴェリオンさんの指示に、フェルシエルさんが私を導いた。神殿の奥には、豪華な部屋が用意されていた。大きなベッド、美しい調度品、窓からは神殿の庭が見える。しかし、私の目を引いたのは、壁一面に並ぶ本棚だった。



「これは……」


「白の書庫です」



 フェルシエルさんが説明した。



「ここには、世界のあらゆる知識が記されています。エリアナ様が必要とする情報は、すべてここにありますよ」


「すごい……こんな立派な部屋、私なんかには勿体ないです」



 私は本棚に近づき、一冊を手に取った。『世界の歴史』と書かれている。ページを開くと、この世界が創造されてから今に至るまでの、すべての出来事が記されていた。



「ゆっくりお休みください。何か必要があれば、いつでもお呼びください」



 フェルシエルさんは丁寧にお辞儀をして、部屋を出ていった。

 一人になった私は、ベッドに腰を下ろした。まだ実感が湧かない。私が神になった。朝まで、ただの見習い聖女だったのに。しかし、体の中に満ちる力は、それが現実だと告げている。

 私は窓の外を眺めた。神殿の庭には、様々な花が咲き誇っている。見たこともない美しい花々。その向こうには、雲海が広がっていた。ここは、地上のどこかではなく天界なのだろう。遠く、雲の切れ目から地上が見える。小さな町、畑、森。そこで暮らす人々。彼らの幸せを守ることが、これからの私の役割なのだ。


 ふと、マキャベル様たちのことを思い出した。あのみにくい本心を持ちながら、表面では聖女を演じていた彼女たち。でも、私は彼女たちを軽蔑けいべつできない。きっと、誰もが心に闇を抱えている。完璧な人間などいない。私だって、きっと知らないうちに醜い考えを持っているかもしれない。大切なのは、その闇に飲み込まれないこと。そして、少しでも善いことをしようと努力すること。マキャベル様たちも、心では嫌々だったかもしれないが、それでも聖女としての務めは果たしていた。それだけで、十分価値があることなのかもしれない。


 私は本のページをめくり、読み始めた。世界の成り立ち、神々の歴史、天使たちの役割。読めば読むほど、神という存在の重要性が理解できた。神は世界の調停者ちょうていしゃであり、守護者であり、導き手なのだ。その責任は重い。しかし、私にはヴェリオンさんたち四人の天使がいる。彼らの助けがあれば、きっとやっていける。そう信じて、私は本を読み続けた。


 どれくらい時間が経っただろうか。扉をノックする音が聞こえた。



「エリアナ様、お食事の時間です」



 リュミエラさんの声だ。私は本を閉じ、扉を開けた。



「もう、そんな時間ですか」


「はい。神殿の食堂へご案内いたします」



 食堂は、想像していたよりも温かみのある場所だった。大きなテーブルに、四人の天使が既に座っている。私が入ると、全員が立ち上がった。



「エリアナ様、こちらへ」



 ヴェリオンさんが上座かみざを示した。私はそこに座り、天使たちも着席する。テーブルには、様々な料理が並んでいた。見たこともない果物、美しく盛り付けられた肉料理、色とりどりの野菜。すべてが芸術品のようだ。こんな豪華な食事、私なんかには勿体ない。



「天界の食事は、地上のものとは少し違います」



 セラフィナさんが説明した。



「これらは、純粋な生命エネルギーを形にしたものです。味わうことで、力が回復します」


「いただきます」



 私は一口食べてみた。口の中に、言葉にできないような美味しさが広がる。それは単なる味覚の喜びではなく、魂が満たされるような感覚だった。確かに、体の中の力が回復していくのがわかる。



「美味しいです…!」


「お気に召していただけて、嬉しいです」



 フェルシエルさんが微笑んだ。食事をしながら、天使たちと様々な話をした。彼らは、長い時間を天界で過ごしてきた。前の神様に仕え、世界を見守ってきた。その経験は、私にとって貴重な知識となる。私なんかより、ずっと賢く、経験豊富な方々だ。



「ヴェリオンさん、前の神様は……どんな方だったのですか?」



 私が尋ねると、ヴェリオンさんは遠い目をした。



「…偉大な方ではありました。慈悲深く、公正で、、」


「でも、消えてしまわれた……」


「はい。理由はわかりません。ただ、ある日突然、気配が失われました」



 フェルシエルさんが悲しげに言った。



「探しましたが、見つかりませんでした。だからこそ、エリアナ様が必要だったのです」



 私は頷いた。前の神様がどこへ行ったのか、それは謎のままだ。しかし、今は私がその役割を担っている。だからこそ、精一杯やらなければならない。でも、前の神様のような偉大な方に比べたら、私なんて……


 食事を終え、私は再び執務しつむに戻った。セラフィナさんとリュミエラさんが、世界各地の状況を報告してくれる。ここで紛争が起きている、あそこで疫病が流行っている、この地域では豊作を迎えている。様々な情報が入ってくる。私はそれらを聞き、必要な場所に力を送った。紛争地域には和解の気持ちを、疫病の地には治癒の力を、豊作の地には感謝の祝福を。一つ一つ、丁寧に対処していく。でも、本当にこれで正しいのだろうか。もっと良い方法があるんじゃないだろうか。時間はあっという間に過ぎた。気づけば、窓の外が暗くなっている。天界にも夜があるのだと、初めて知った。



「エリアナ様、今日はこのあたりで休まれてはいかがですか」



 ヴェリオンさんが心配そうに言った。確かに、疲れている。神の力を使うことに、まだ慣れていない。



「そうですね。では、お休みさせていただきます。皆さん、今日は本当にありがとうございました」


「明日も、やるべきことは山積みです。ゆっくりお休みください」



 部屋に戻り、ベッドに横たわった。柔らかく、まるで雲の上にいるような感触。しかし、なかなか眠れない。今日一日の出来事が、次々と頭をよぎる。朝、見習い聖女として目覚めた私が、夜には神になっている。人生、本当に何が起こるかわからない。そして、明日からも、神としての日々が続く。果たして、私にできるだろうか。不安でいっぱいだ。でも、やるしかない。天使たちが信じてくれている。だから、私も自分を信じよう。そう思いながら、私はゆっくりと眠りについた。


 翌朝、再びヴェリオンさんたちに起こされた。今日もまた、世界は様々な問題を抱えている。私は一つ一つ、丁寧に対処していった。


 そんな日々が続き、一週間が過ぎた。


 少しずつ、神の力を使うことに慣れてきた。祈りを聞き分け、優先順位をつけ、必要な力を送る。その作業が、徐々にスムーズになっていく。天使たちも、私をサポートしてくれた。ヴェリオンさんは全体の統括を、フェルシエルさんは情報の整理を、セラフィナさんは状況の分析を、リュミエラさんは力の調整と実行の確認を。それぞれが役割を持ち、完璧に機能している。私は彼らと共に、世界を見守り続けた。でも、まだまだ未熟だと感じる。もっと学ばなければ。


 そんなある日、特別な祈りが届いた。それは、王都の大聖堂からだった。聞き覚えのある声。それは、私の同僚だった見習い聖女、リリアの声だった。


『神様、どうか教えてください。エリアナはどこへ行ってしまったのですか?彼女は突然いなくなりました。誰も行方を知りません。どうか、彼女が無事でありますように』


 リリアの切実な祈り。私は胸が熱くなった。彼女は、私を心配してくれている。私が突然消えたことを、不安に思っている。応えたい。彼女に、私は無事だと伝えたい。しかし、どうすれば。



「ヴェリオンさん、地上の人に、直接話しかけることはできますか?」


「可能です。夢を通じてなら」


「では、リリアに夢を送ってください。私が無事であること、そして新しい役割を担っていることを」


「承知しました」



 その夜、リリアは夢を見た。神殿の中で、純白のドレスを着た友人のエリアナが微笑んでいる夢を。エリアナは彼女に語りかける。


 心配しないで、私は無事。今、大切な役割を果たしてます。あなたも、頑張って。


 翌朝、リリアは目を覚まし、不思議な安心感に包まれた。エリアナは無事なのだと、なぜか確信できた。そして、彼女は再び聖女としての務めにはげみ始めた。


 私はそんなリリアの様子を、遠くから見守った。彼女もまた、純粋な心を持っている。いつか、彼女も立派な聖女になるだろう。私なんかよりずっと立派な。そう思うと、嬉しくなった。


 時は流れ、一ヶ月が経った。私は神としての役割に、かなり慣れてきた。世界のバランスを保つこと、人々の祈りに応えること、天使たちと協力すること。それらすべてが、自然にできるようになってきた。しかし、時には難しい判断を迫られることもあった。ある日、二つの国が戦争を始めようとしていた。両国とも、自分たちの正義を主張し、相手を悪だと断じている。どちらの言い分にも、一理ある。しかし、戦争になれば、多くの命が失われる。私は悩んだ。どちらの味方をすべきか。いや、どちらの味方もすべきではない。私がすべきは、戦争を止めることだ。



「ヴェリオンさん、両国の指導者に夢を送ってください」


「どのような内容を?」


「戦争の悲惨さを。そして、対話の重要性を」



 その夜、両国の王は同じ夢を見た。戦場で倒れる兵士たち、泣き叫ぶ民衆、燃え盛る町。その悲惨な光景の中で、声が響く。『これが、あなたたちの望む未来ですか?』夢から覚めた両国の王は、深く考え込んだ。そして、翌日、使者を送り合った。対話のテーブルにつくために。どうやら戦争は回避されたようだ。


 私はほっとした。命が救われた。それが、何よりも嬉しかった。


 また別の日、大きな地震が起きようとしていた。地殻ちかくの歪みが限界に達している。このままでは、大きな都市が壊滅する。しかし、地震を完全に止めることはできない。地殻の動きは自然の営みだからだ。止めれば、別の場所でより大きな災害が起きる可能性がある。



「どうすれば……」


「エリアナ様、地震のエネルギーを分散させることはできます」



 フェルシエルさんが提案した。



「一度の大地震ではなく、複数の小さな地震に分ければ、被害を最小限に抑えられます」


「それです!やってみます」



 私は力を集中させ、地殻のエネルギーを少しずつ解放していった。その結果、数週間にわたって小さな地震が続いたが、大きな被害は出なかった。人々は不安に思ったが、命は守られた。


 こうして、私は日々、様々な問題に対処していった。すべてを完璧に解決することはできない。でも、私なりに最善を尽くすことはできる。そして、その積み重ねが、世界をより良い場所にしていく。そう信じて、私は神としての務めを果たし続けた。


 二ヶ月が経ったある日、ヴェリオンさんが深刻な表情でやってきた。



「エリアナ様、お話があります」


「な、何ですか?」


「実は……前の神様の気配を感じました」


「本当ですか!」



 私は驚いて立ち上がった。前の神が戻ってくるのだろうか。そうすれば、私はこの重責じゅうせきから解放される。そう思うと、正直、ほっとした。やっぱり私には荷が重すぎる。

 しかし、同時に寂しさも感じた。この二ヶ月、神として過ごした日々は、確かに大変だったけれど、充実していた。



「どこにいらっしゃるのですか?」


「それが……東の果て、温泉地の方角から感じられます」


「温泉地……?」



 私は首を傾げた。なぜ前の神様が温泉地に?



「はい。詳しい場所は特定できませんが、確かにあの方の気配です」


「では、すぐにお迎えに行きましょう!」


「私たちが行きます」



 リュミエラさんが言った。



「我々で前の神を探し、お連れします。エリアナ様は、ここで世界の調停をお願いします。」


「でも、それでは……私一人で大丈夫でしょうか」


「大丈夫です。エリアナ様なら、お一人でもやっていけます」



 セラフィナさんが微笑んだ。私は躊躇した。一人で神の務めを果たす自信はない。しかし、前の神を一刻も早くお連れすることも大切だ。



「わかりました。お願いします。でも、なるべく早めで…」



 そして、四人の天使は旅立ち、私は一人、神殿に残された。最初の数日は、不安だった。天使たちのサポートなしに、すべてを判断しなければならない。しかし、彼らが残してくれた書物や記録を頼りに、私は何とか務めを果たした。そして気づいた。私は成長していたのだと。二ヶ月前の私なら、絶対にできなかったことが、今はできる。それは、天使たちのおかげであり、そして、この経験のおかげでもあった。でも、まだまだ足りない。もっと頑張らなければ。


 一週間が過ぎた頃、天使たちが戻ってきた。そして――



「ほっほっほ!エリアナ、よくやってくれたのう!」



 元気いっぱいの声と共に、一人の老人が現れた。白い長い髭、温和な顔、そして何より、とても健康そうな様子。日焼けした肌は艶々としていて、手には土産物みやげものらしき包みまで抱えている。これが、前の神様……?



「あ、あなたが……」


「そうじゃ、前の神じゃ。いやあ、久しぶりの休暇は最高じゃったわい!温泉に浸かって、美味しいもの食べて、のんびりと……ああ、極楽極楽!」



 老人はにこにこと笑いながら、まるで旅行から帰ってきたおじいちゃんのように話す。私は思わず固まってしまった。え?休暇?



「あ、あの……前の神様は、力を使い果たして消えてしまったとばかり……」


「ん?ワシはピンピンしておるぞ?」



 老人は首を傾げた。



「いやあ、実はのう。ワシ、ちょっと疲れておってな。温泉でも行ってのんびりしたいと思っておったんじゃ」


「え、え……?」


「それで、『ちょっと旅行に行ってくるわ』って言おうと思ったんじゃが……あれ?ワシ、言ってなかったっけ?」



 老人はきょとんとした顔で首を傾げる。天使たちは揃って頭を抱えた。



おっしゃっていません!」


「全く仰っていません!」


「三日前、突然気配が消えたので、私たちはてっきり……」


「ああ、そうじゃったか。そういえば旅行中に邪魔がはいらんよう神の気配を隠しておったな。すまんのう」



 老人はあっさりと謝った。



「まあ、細かいことは気にせんでええ。それよりエリアナ、お前、なかなかやるのう。この二ヶ月、ワシはずっと見ておったが、立派に神の務めを果たしておった」


「え、見て……いたんですか?」


「そうじゃ。温泉に浸かりながらのう」



 老人はにっこりと笑った。



「これなら、ワシが戻らんでも十分やっていけるわい」


「で、でも……」


「というわけで、ワシはこのまま隠居いんきょすることにした。お前が神を続けてくれ」


「え、ええっ!?」



 私は驚いて声を上げた。隠居!?



「いやあ、長いこと神をやっておってのう。正直、疲れておったんじゃ。でも、後継者がおらんから辞められんかった。それが、お前という完璧な後継者が見つかった。これはもう、引退するしかないじゃろう」


「で、でも、私なんかで本当にいいんでしょうか。まだまだ至らない点ばかりで……」


「何を言っておる。お前は十分立派じゃ」



 老人は私の手を取った。



「謙虚なのはええことじゃが、もう少し自信を持ってもええぞ。お前には、神としての資質が十分にある。それに、優秀な天使たちもおる。何も心配することはないわい」


「でも……」


「それに、ワシももう年じゃ。のんびりしたいんじゃよ。次は北の雪山に行ってみたいと思っておってのう。雪見風呂というやつを体験してみたいんじゃ」



 老人の目がきらきらと輝いている。完全に旅行を楽しみにしている顔だ。



「あ、そうじゃ。これ、土産じゃ」



 老人は抱えていた包みを私に渡した。中には、温泉まんじゅうやら、地酒やら、色々な土産物が入っている。



「温泉まんじゅうは美味いぞ。天使たちと一緒に食べるとええ」


「あ、ありがとうございます……」



 私は呆然としながら、土産を受け取った。状況が全く理解できない。前の神様は、ただ休暇旅行に行っていただけ?そして、そのまま隠居を決めた?



「では、後は頼んだぞ、エリアナ。ワシは安心して旅に出られる」



 老人は満足そうに微笑んだ。



「あ、待ってください!まだ色々教えていただきたいことが……」



 老人はひらひらと手を振りながら、光に包まれ始めた。



「それじゃあのう。また温泉に行ったら、夢で報告するかもしれんぞ。ほっほっほ!」



 そして、老人は光となって消えていった。その去り際は、とても明るく、楽しげだった。まるで、これから旅行に行くことを喜んでいるかのような。


 私は、その光を見送った。そして、ゆっくりと天使たちの方を向いた。



「えっと……つまり、前の神様は……」


「はい」



 ヴェリオンさんが深い溜息をついた。



「休暇旅行に行かれていただけのようです」


「しかも、私たちに何も告げずに」



 フェルシエルさんも溜息をつく。



「まあ、あの方らしいと言えばらしいのですが……」



 セラフィナさんが苦笑した。



「いつもあんな感じなんですか?」


「はい。とてもお茶目ちゃめな方でした」



 リュミエラさんが優しく微笑んだ。



「でも、それもあの方の魅力でしたね」



 私は思わず笑ってしまった。なんというか、すごく人間臭い神様だった。完璧で厳格げんかくな存在だと思っていたのに、実際はお茶目なおじいちゃん。でも、それがなんだか安心した。神だって、完璧である必要はないのかもしれない。


 こうして、私は正式に神となった。本当の神として、この世界を導いていく。その責任は重いが、もう恐れはない。いや、恐れはあるけれど、それでもやらなければならない。私には、四人の天使がいる。そして、何より、私自身が成長した。それに、前の神様のように、完璧じゃなくてもいいんだ。大切なのは、誠実に、一生懸命やること。そう思えたら、少し気が楽になった。



「さあ、皆さん。この温泉まんじゅう、一緒に食べましょう」



 私は土産の包みを開けた。天使たちは顔を見合わせ、そして微笑んだ。



「それでは、いただきましょうか」



 こうして、私たちは温泉まんじゅうを囲んで、前の神様の無事を喜んだ。そして、これから先、私が神として歩んでいく道を、共に確認し合った。きっと、これからも色々なことが起きるだろう。でも、天使たちと一緒なら、乗り越えていける。そう信じて、私は新たな一歩を踏み出した。


 三ヶ月目のある日、私は久しぶりに地上を訪れることにした。ヴェリオンさんたちに世界を任せ、私は王都の大聖堂へと降り立つ。誰にも気づかれないよう、姿を隠して。

 大聖堂では、聖女たちが祈りを捧げていた。その中に、リリアの姿もあった。彼女も真剣に祈っている。その姿は、以前よりも凛々しく見えた。そして、マキャベル様も、ブローネ様も、アヴァルス様もいた。彼女たちは相変わらず、完璧な聖女を演じている。しかし、私は彼女たちを軽蔑しない。なぜなら、人は誰でも心に闇を抱えているから。大切なのは、その闇に負けず、少しでも善いことをしようとすることだから。彼女たちも、きっとそれぞれの戦いを続けている。それでいいのだ。


 私は静かに大聖堂を後にした。そして、町を歩いた。市場では人々が笑顔で買い物をし、子供たちが楽しそうに遊んでいる。平和な日常。それを守ることが、私の役割なのだ。町外れの丘に登り、町全体を見下ろした。美しい景色。そして、遠くに見える他の町、村、森、海。すべてが、私の守るべき世界。



「エリアナ様」



 背後から声がした。振り返ると、ヴェリオンさんが立っていた。



「ヴェリオンさん?どうして」


「少し心配になりまして。お一人で大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です。ただ、久しぶりに地上を見たくなって」


「そうですか」



 ヴェリオンさんは私の隣に立ち、同じように町を見下ろした。



「美しい世界ですね」


「ええ。だからこそ、守りたいと思います」


「エリアナ様なら、きっと守れます」



 ヴェリオンさんが微笑む。その笑顔は、信頼に満ちていた。私も微笑み返した。そう、私は一人じゃない。天使たちがいる。そして、地上には、リリアのような純粋な心を持つ人々もいる。みんなで力を合わせれば、この世界を守れる。そう信じて、私は天界へと戻った。


 それから、さらに時は流れた。私は神として、世界を見守り続けた。時には喜び、時には悲しみ、時には怒り、時には優しさを。すべての感情を経験しながら、私は成長していった。


 私は神になった。しかし、同時に、私は依然としてエリアナでもある。純粋な心を持ち、人々の幸せを願う、一人の女性。それは変わらない。神になったからといって、心まで変わるわけではない。むしろ、その心があるからこそ、私は神になれたのだ。


 天使たちとの日々は、とても楽しい。ヴェリオンさんの的確な助言、フェルシエルさんの詳細な報告、セラフィナさんの冷静な分析、リュミエラさんの温かい励まし。それぞれが、私にとってかけがえのない存在となった。彼らは部下ではなく、友人であり、家族だった。私なんかより、ずっと優秀な方々だけど。


 そして今日も、神殿には新たな祈りが届く。私はそれを聞き、判断し、力を送る。世界は常に動いている。問題は次々と現れる。しかし、それでいい。完璧な世界など、存在しない。大切なのは、少しずつでも良くしていくこと。その積み重ねが、未来を作る。


 窓の外を眺めると、雲海うんかいの向こうに虹がかかっていた。七色の虹。それは、希望の象徴。私はその虹を見ながら、心の中で誓った。この世界を、もっと良い場所にしていこう。人々が笑顔で暮らせる、そんな世界を作ろう。そのために、私は神として、そしてエリアナとして、これからも精一杯頑張る。


 見習い聖女から神へ。予想もしなかった道を歩むことになった私。しかし、後悔はない。むしろ、この道を選んで良かったと思う。なぜなら、ここには、守るべきものがあるから。愛すべき世界があるから。そして、共に歩む仲間がいるから。



「エリアナ様、次の報告です」



 フェルシエルさんが資料を持ってきた。私は微笑んで、それを受け取った。



「ありがとう、フェルシエルさん。さあ、今日も頑張りましょう」



 こうして、私の神としての日々は続いていく。終わりのない、しかし充実した日々。それでいいのだ。なぜなら、私は神なのだから。世界を守る守護者なのだから。きっと、もっと成長していける。


 神殿に、再び讃美歌が響き渡る。天使たちの美しい歌声。その中で、私は次の祈りに耳を傾けた。世界のどこかで、誰かが何かを願っている。その願いに応えるために、私は今日も力を使う。それが、私の役割。それが、私の使命。そして、それが、私の喜び。



 聖女は天使にうたわれ神となった。しかし、その心は変わらない。純粋で、優しく、強く。そして、謙虚。それが、エリアナという存在。それが、新たな神の姿――。




 もし、あなたが今、何か大きな壁にぶつかっていたり、「自分には無理だ」って思っていたりしても、大丈夫です。私も同じです。完璧じゃなくていいんです。ゆっくりでもいい、遠回りでもいい、いつか必ず前に進めます。


 それから……マキャベル様やブローネ様、アヴァルス様のように、心に闇を抱えている人もいると思います。でも、それはいけないことじゃありません。誰だって、完璧な心なんて持っていません。


 大切なのは、その闇に負けないこと。心の中でどんなことを思っていても、行動では少しでも善いことをしようと努力すること。それだけで、十分なんです。


 前の神様も教えてくれました。神だって、完璧じゃなくていいんだって。温泉まんじゅうでも食べながら、皆で笑い合えるような、そんな温かい毎日が大切なんだって。


 あなたにも、きっと支えてくれる人がいます。一人じゃありません。

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聖女は天使に謳われる ~神が消えてしまったらしいので神になります~ Wright/__ @Wright__

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