母、風間 恵理子
私は、薪男が不登校になったとき、どこかで「やっぱり」と思ってしまった。
それが母親として正しい感情かは分からない。ただ、彼は昔から、周囲に合わせるより、自分の内側に潜る子だった。
夫は、良い人だ。
真面目で、家族思いで、責任感が強い。
でも、その正しさが時に息苦しい。
私自身、昔から面倒な価値観に縛られてきた。
女だから。
妻だから。
母だから。
そう言われ続けて、自分が何者なのか分からなくなった時期がある。
だから、薪男には同じ苦労をしてほしくなかった。
ネットで見た言葉を、つい口にした。
「今は色々な生き方があるんだって。昔も私は大変だったから、薪男には自由でいてほしい」
正しい言葉だったと思う。
でも、あの子の顔を見た瞬間、しまったと思った。
薪男は、救われた顔ではなかった。
守られた顔でもなかった。
傷ついた顔だった。
「僕は苦しんでなんかない」
彼は、必死に言葉を探していた。
「価値観とかどうでもいい。ただの僕なんだ。面倒な存在でも、可哀想な存在でもない」
その言葉が、胸に突き刺さった。
私は、彼を弱い側に立たせてしまったのだ。
善意と正論で。
「価値のない人間だって僕が思うのはいいんだよ。でも、お母さんとお父さんにそう思われたら……」
そこで声が詰まった。
続きは、聞かなくても分かった。
私は、息子の自由を守ろうとして、息子の尊厳を踏み荒らしていた。
夫と薪男は、似ている。
どちらも不器用で、誇りが高くて、弱さを見せるのが下手だ。
私は、その間に立てると思っていた。
でも実際は、どちらの痛みもちゃんと見ていなかった。
正しさでは、人は救えない。
理解しようとする姿勢だけが、橋になる。
私は、母として、もう一度やり直したい。
「自由でいい」ではなく、
「あなたは、あなたでいい」と伝えるために。
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