第2話 初めてのダンジョン

ダンジョンへ行くことが決まった日から、家の空気は少しだけ変わった。


「本当に“見るだけ”だからな」


 父は何度もそう念を押した。

 母は心配そうにしながらも、僕の準備を手伝ってくれた。

 そして――


「私も一緒に行くから」


 そう言ってくれたのが、姉だった。


 反対されると思っていた。

 危険だから、無理だから、行くべきじゃないと。


 でも姉は、僕の目を見て言った。


「怖いからこそ、ちゃんと知った方がいい」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 ダンジョンの入口は、思っていたよりも静かだった。


 巨大な塔の根元。

 人の出入りはあるが、騒がしさはない。

 それでも、空気が違う。


 肌がひりつくような、説明できない感覚。


「……ここが、ダンジョン」


 僕の呟きに、姉がうなずく。


「中に入るのは、管理区画までだよ」


 そこは“安全階層”と呼ばれる場所で、初心者や見学者でも立ち入りが許されている。


 父に押してもらい、僕は車椅子のまま中へ入った。


 ダンジョンの内部は、意外にも明るかった。


 壁は石造りだが、どこか整然としている。

 魔物の姿もない。


 ……なのに。


 胸が、ざわついた。


 ――ここだ。


 理由もなく、そう思った瞬間。


 視界の端が、わずかに歪んだ。


 音もなく、光もない。

 けれど、確かに「何か」があった。


『条件を確認』


 突然、頭の中に声が響いた。


「……え?」


 思わず声が漏れる。


『スキル取得条件を満たしました』


 姉と父が、驚いた顔で僕を見る。


「どうした?」

「今、何か言った?」


 僕は首を振るしかなかった。


 だって――聞こえているのは、僕だけだ。


『スキル【AI】を付与します』


 その瞬間。


 頭の奥が、じんわりと熱を持った。


 痛みはない。

 ただ、世界が少しだけ“はっきり”見える。


『起動完了』


『私はスキル【AI】。あなたの生存と成長を補助します』


 無機質で、けれど不思議と落ち着く声。


「……君は」


 思わず、心の中で問いかける。


『現在位置:ダンジョン安全階層』


『危険度:低』


『あなたの身体状態を考慮し、最適行動を提案可能です』


 ――分かった。


 このスキルは、僕のためにある。


 歩けない僕のための、相棒だ。


 その時、姉が僕の顔を覗き込んだ。


「……ねえ、大丈夫?」


 僕は、ゆっくりとうなずいた。


「うん」


 本当は、全然“普通”じゃない。

 でも、不思議と怖くなかった。


 むしろ――


 胸の奥で、小さな希望が灯っていた。


 歩けない少年が、

 ダンジョンで何かを掴めるかもしれないという予感。


 その始まりが、今だった。

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下半身麻痺の少年がスキル【AI】で現代ダンジョンを開拓する話 @Aozora_713

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