ごめんね私達
白石美夜
前編
人はなんのために生きているのか。
この問に対して私ならこう返す。
「いい死に方をするため」だと。
好きなことするため、人の役に立つことをするため。
私と他の返答をしたところで結局はいい生にする為に生きる。
ならこの生というのは死という終わりも定義している。
良くない死は、その人間に可能性を残す。
不確かな未来と、過去の後悔に対して。
だから人はその可能性を残さないように生きている。
でも、私はそれを馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。
だって、無理だものそんなの。
人は誰しも次を求めてしまう生き物だから。
二〇二四/十一/三/十八時三十六分
何の変哲もない、学校からの帰り道。
世界が赤になっているとき。
ふとこんな痛いセリフが脳に流れた。
そして、すっかり黒になる。
冷たくなってきた空気を吸って、家への足をすすめる。
あー暗いことを考えてた。
もっと平凡なことを考えよう。
今日学校で何があったかな。
あー確か、確か、そう!
勉強したし。お弁当が美味しかったし。友達とお喋りしたし。
ハキソウニナッタ。
うっ! あぁ!
勝手に膝が着いて、このまま倒れそう。
すごく、気持ち悪い。何か出てきそうで、いやもうなにか出てきてる気がするくらいで。
「大丈夫!?」
「えっ、はい、おぇっ、大丈夫ですっ。」
「大丈夫じゃないよ!? はいこれ袋!」
「あ、ありがとうございます。おぅ! う!」
一体誰なんだ。私を助けてくれてる人。
「とりあえず近くのベンチに座ろ?」
その人に肩を担がれて、ベンチに連れていかれる。
うっ! やばい! 吐く!
「おぉ! うぉえ! あっ! ろろろ! んんん!」
出てくる、良くない物が。
「はぁすぁ! はぁすぅ! み、水!」
「あ! はいこれお茶! 水じゃないけど!」
液体入りのペットボトルをちょっと乱暴に取り、そのまま飲み干す。
「はぁ、はぁ。本当に、ありがとう、ございます。あと、ごめん、なさい」
良くないものを出すと、吐き気が和らいだ。
「お礼は大丈夫だよ。そんなことより大丈夫? さっきはびっくりするくらい真っ青な顔してたよ?」
「本当、ですか? なら、今の顔は、どうですか?」
「今はー、うんさっきより大丈夫そう。顔色が安定してるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
そして、助けてくれた人の顔を見る。
私に合わせてくれるハッキリとした眼。
髪の毛はサイドテール? い やこの場合はワンサイドアップと呼ぶんだった気がする。
可愛らしい顔。
私より背が低いけど、決して弱々しいものを感じさせない。
そんな私より強い気がする女の子。
ついそんな人の顔に手を伸ばしてしまいたくなる。
あぁ。絶対スベスベなんだろうなぁ。いいなぁ。
「あ、あの。そんなに顔を近づけてジロジロみられると、は、恥ずかしいというか」
はっ! 我に帰った。吐いたあとだったから意識がハッキリしなかったのだろうか。
何やってるんだよ! 私のバカ!
「ご、ごめんなさい! その……」
「大丈夫だよ! あと、もし良ければだけど途中まで見送るよ?」
「え、いいのですか?」
なんていい人なんだろう。こんな人がいい人生を送るんだろうなぁ。
「うん。今日は用事もないから」
「ありがとうございます。初対面なのに優しいですね」
「え? 初対面? 何おかしなこと言ってるの? 私たち友達でしょ? ほんとに今大丈夫?」
あ、え? いやそれは知らない。
少なくともこんな子は学校で見たことない。
いやでも、制服は私のと同じだ。それにこの子が嘘をついているとは思えない。
とりあえずは誤魔化すしかなさそう。
こんな優しい子に、友達でしょ、とか言われたら裏切る訳にはいかない。
「あーごめんごめん。ちょっとぼけちゃってたかなぁ。私、そういうとこあるからなぁ」
「んー? ……まぁそういうときもあるよね」
「うん、そうそう。それじゃあ改めて、家に帰ろうか」
私はこの子の言葉に甘えて、一緒に帰ることにした。
変な話題を振られると答えられない可能性がある。綱渡りをしてるような気分に近い。助けてくれってところだ。
「あ、今日の『』のお弁当のだし巻き玉子。あれはいつ食べても美味しいよね。なんであんなにうまく作れるの?」
知らない話だ。取り敢えず誤魔化すしかない。
「いや、分からないな。何となくで作ってるかな」
「えー。せっかく『企業秘密♪』とか言ってたのに、やっと教えてくれたのがそれなの? それはズルいよー」
知らないキャラしてるな、この子の中の私。ちょっと待って、私の過去の記憶ってあったかな。もう一回思い出してみよう。取り敢えず今日何したかは分かってるはず。昨日は……。何をした? いや、いつも通りとしか言いようがない。でもなんなのだろう。このなんとなくで貼り付けられたような感じは。
「どうしたの? 難しい顔して」
「あー。いや何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「んーやっぱり変なんだよね。言葉遣いとか。貴方本当に『』?」
「う、うん。私は確かに『』」
っ! な、なんで! で、出てこない! 私の名前が! 名前が出てこない!
「あっ、そろそろ家近いから私はここで。また明日学校で!」
「う、うんまた明日。今日はありがとね。本当に」
手を振って、私の見えないとこに消えた。
はぁ、命拾いした感じがする。
そういえば、名前を聞いていなかった。
……また、会えたらいいな。その時はちゃんと名前聞かなきゃ。
私の家ももうすぐだ。
あと少しだけ、頑張ろう。
ドアの一歩手前、家の電気は付いていない。
おかしいな。誰も居ないのか。
「ただいまー」
返事は帰ってこない。
あれ、なんでだろう。
もう既に帰ってくるはずなんだけど。
あっそうだ、死んじゃったんだっけ。確か。うん、何故か死んじゃった。
半年以上前に死んじゃったかな。
取り敢えず、一旦電気を付けよう。
ま、それはそれだ。今、私に関係はない。
晩御飯を作ろう。今日は何作ろうかな。
明日も学校だからあんまり凝ったものはやめておこうかな。
普通にご飯を炊いて、味噌汁を作って、あとは何か冷蔵庫にウインナーでもあればいいのだが、ない。あっ、でもハムはある。ハムを使おう。
でもハムだけじゃ足りない。卵も使って、ハムエッグにしちゃおう。
ご機嫌に鼻歌を歌いながら調理する。
そうしてると、あっという間に出来上がってしまった。
いただきます。うん、美味しい。
味噌汁は、味噌の量が多いとしょっぱくて、逆に少ないと味が薄いから、この二つを感じさせない味は、もはや料理人顔負けと言っても過言では無いだろう。
ご飯も新米だし、言わずもがな美味しい。もちもちで甘い。
もはや主菜と合わせる必要すらない。
そしてハムエッグ。とは言っても晩御飯には物足りない。まぁ楽したから打倒か。
でも十分美味しい。あぁ、なんて、
ハキソウナンダロウ。
その瞬間、込み上げてくる。
また、吐き気が!
「あぁ! おぅぇ!」
私は急いでトイレに駆け込んだ。
晩御飯だったはずのモノが口から生まれそうだ。
「こぷっ! おお! う! お、おお! ろ! ぼろ! ろろ!」
晩御飯だったとは思えないモノが出てきた。
はぁすぅ、はぁすぅ。また、吐いてしまった。
目から涙もでる。止まりそうにない。
別に悲しいって訳じゃないのに。
はぁ、はぁ。ちょっとだけ落ち着いてきたかも。
んぐ、水を飲んでからシャワーでも浴びよ。
今日はさっさと体洗って、早く寝た方が良さそう。ゆっくりはしてられない。
あまり、気持ち良さは感じなかった。
風呂を出て髪を乾かすついでに鏡越しで私の顔を見た。
まだ涙が出てる。変なの。というかクマも凄いな。
なにこれ。はぁ、疲れてるのかなぁ。
もう寝よ。いや、寝なきゃ。
そうして私は寝床へついた。私の明日を始める為に。
二〇二四/四/六/十九時二十九分
目を開けて、世界を見る。
血と絶望の匂い。
目の前には刃物を持ったモノ。目の前には塗装途中の人形のようなモノ。
「あんたも、お父さんと同じように死になさい! そしたら、私も死ぬわ! さぁ、みんなで死にましょう! こんな偽物の家族なんてもっと早く殺せばよかったんだわ!」
多分こんな音を出しているんだろう。
『』のお母さんだ。暴れてる。『』のお父さんだ。赤いもの垂らして壁に倒れてる。
これが私の世界なんだ。
あぁ、殺さなきゃいけないんだな。分かったよ。
私は台所から出した包丁を握って、迷いなく相手の腹部に刃を思いっきり刺した。
めった刺しなんかはしない。疲れるから。
さて、どうしよっか。
取り敢えず、手を洗おうか。
手は清潔にしなきゃモノを触っちゃいけない。
次に警察に電話することにしよう。
あ、モノが口をいっぱい動かしてる。多分声が出てる。
悲鳴が聞こえると困るから、舌も斬っとくか。
うん、これで大丈夫。
動きがさっきより増えてるだけ。そのうち止まる。
ぴ、ぽ、ぱ。
プルルルルルル。……プルルルルルル。ピ。
「た、助けてください! お母さんが! お母さんがぁ! 暴れだして! 助けてください! 早く! きゃあああああ!」
ツー。ツー。
ま、演技はこれで上出来かな。悲鳴を聞いた隣人が多分来るでしょ。
まだ夜は始まったばかりだし、人は起きてるはず。
これでいいんだよね、私。
はぁ。ごめんね、私。
二〇二四/十一/四/七時四分
朝になった。
ふわぁ。めちゃくちゃよく寝れたなー。のびー。
気持ちかったぁ。天国みたいな夢をみれたかもー。
……いや寒! 秋になってきていよいよ布団から出るのが少し辛くなってきた。
毛布にくるまろう。ぎゅー。
肌寒い、というよりも体の中が冷たいから肉寒いといったところだ。苦しい。
今日も学校あるから流石に起きなきゃ。金曜日だ、頑張れ私!
硬い体を無理矢理動かして立たせるところまで持ってきた。
あとは勢いで行こう。取り敢えず身支度しなきゃ。
まずは、顔でも洗いに行こう。
洗面所の鏡でみえた顔は特にどうと言ったことは無い。いつも通り。
昨晩はよく寝れたようだ。よかった。
顔をサッと洗ってから、そのまま他の身支度もする。
前髪は恥ずかしいから持ち上げない。視力補正の為にメガネを掛ける。
スカートを履いて、シャツを着る。鏡をみていつも思うけど、ほんとに似合ってないよなぁスカート。何かバランスが取れてないというか。
というか、メガネも似合ってない気がする。
こう、メガネキャラとして成り立ってない感じ。
あー辞めだ辞め。いちいちこういう物事を考えながらやるのは疲れてしまうし、朝から気分を落とす。
朝ご飯は? ダメ、そこまで体が流れる気がしない。
コンビニに寄って、軽食を買ったらいい。
コンビニはこういうときの為にあるんでしょ。
行き道に通りかかるんだし時間にもまだ余裕はある。
決まりだ。それじゃ、いってきます。とはいっても返してくれる人はいない。
ドアを閉じた瞬間、この家にとっての時は止まったようなものになるんだろうな。
がちゃん。
ドアを閉じて、前を向く。その瞬間に風が吹いてくる。はぁ、風。いや別にただの風。
朝に季節を考えられる程、頭は回らない。ただ気持ちいい。それだけ。
コンビニ。そういえばあまり行ったことがない。
店内は所詮スーパーマーケットの下位互換としか考えられない。
けど、ここまで生き残れているのだから、スーパーマーケットに勝てる何かがコンビニにはあるのだろう。さてと、朝食としてはまず、おにぎりとかが無難かとは思うが。
パリパリ海苔は、食べづらさを少し感じるからあんまり好きじゃない。じゃあパンだ。
いや、今日はまだ何も飲んでないから、パサパサとしたものは食べたくない。
ならサンドイッチ。高いな。美味しいけど高校生が気軽に買える代物じゃないと思う。
あんまりワガママやってる暇ないのに、何してんだ私。
あー何か選ぶのも口に入れるのも面倒だし、ゼリー飲料でいいや。
私は目の前に見えた、アミノバイタルゼリーを適当にとる。そしてレジへ向かう。
「お会計二百五十一円になります」
一円減れば、丁度で払いやすいんだけどな。まぁ、消費税八パーセントによる弊害と言ったところか。
「あの、すみませんお客様。さっきもここにきて買い物されてましたよね?」
「え? 人違いじゃないですか? ほら、制服なので同じ服装をしてる人もいますから。その人の顔、よく見てました?」
「あーいえ、多分人違いです。申し訳ありません」
「店員さんは今日、よく寝れました?」
「いえ、本日はあまり寝れてないです」
「きっとそれですね。寝ぼけてただけですよ」
「あはは。そうだったみたいですね。お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
自動ドアを開けると音が聞こえるのはそうだが、この音よりも店員さんの「ありがとうございます」の方が良く聞こえてきた。もしかすると、こういったところがコンビニの魅力なのかもしれない。昨日の子みたいに優しく出来たかな。
はぁ、結局時間かかっちゃった。
こういう話はオカルトだけにして欲しい。というかホラーとかそういう類いのものは苦手だし、そもそも聞きたくない。あ、まずい時間が押してきてしまった。
でも、こういった時にこそ焦らず、ゼリー飲料を食べながら行こう。
焦って交通事故に遭ったらダメだ。で、このタイプのゼリーを吸うのは難しい。
手で潰しながら口に入れる。あんまり勢い余って潰すと零しそうになるのがネック。
味はリンゴ。後味が、美味しくなかった。なんか苦い。ほうれん草茹でただけの味みたい。
さて、行くとしようか。
こまめにスマホで時刻を確認しながらいこう。
相対性理論? というものが働くというらしいとどこかのテレビでいってた気がする。
マズイ、今の時刻は八時二十分だ。八時四十五分に教室に入らなければ遅刻になる。
なんとしても反省文だけは免れなければならない。
ちょっと走ろう。カバンを持ちながら走るのってほんとにバランスを取るのが難しい。
カバンからガサゴソ音がするし、腕も疲れるし。でも頑張って急ぐしかない。
それを、頑張って耐えながらなんとか校門前に来れた!
よし、校舎前にも来た!
今が、あと三分!? 相対性理論は一体どこいった?
教室は二階。下駄箱から出て、左側の廊下から階段を登って、その後左に曲がってすぐ手前の教室まで間に合うのか? いや、間に合わせる!
とにかく今は無駄なこと考える前に! まだ私の体力が続いている間に!
職人技のような手つきで靴を脱ぎ下駄箱へ入れ、そのままのテンポで廊下を走る。
二段で階段を駆け上がり、教室の前まできた。
そして、がららららばん! と強めの力で教室の扉を開ける。
私は線の一歩手前で息を荒らげる。
すー、はー、すー、はー、すー。
心臓の激しい鼓動を感じる。焦りと呼吸が足にロックを掛ける。
あと一歩が出ない。こんなのだから、今クラスメイトの注目を浴びてしまっている。
恥ずかしい。でも、なんとか机まで持ってこれた。
椅子に座って、机に顔をぺたーんとさせる。
せっかく寒くなってきそうなのに、 体は夏みたいに暑い。汗も出て気持ち悪い。
「今日は珍しく遅刻ギリギリだね」
あ、昨日の子だ。クラスメイトに居たんだ。あ、そういえば名前を聞いていなかったな。
何か名前が書いてあるものがあればいいのだが。直接聞くのはなんか気まずいし。
「あ、タオル使う? 汗で風邪引いちゃダメでしょ?」
「え。いやいや、私の汗がついて使いづらくないか? そのー色々と。」
「大丈夫! 気にしないから!」
「あ、いやーでも」
気にするのは私の方なんだけど!? でも、この子の優しい目と心を無下には出来ない!
「あ、ありがとう。使わせてもらうよ」
私は、タオルに顔をダイブする。あーこれ、ふわふわなタイプの良いタオルだ。
洗剤のコマーシャルとかで出てくるやつだ。
あっ、丁寧なことに名前が書かれてる。運がいい。
「織江 香菜」。なるほど、これがこの子の名前か。
ちゃんと覚えておこう。
「ありがとう、香菜。助かったよ。あとめちゃくちゃ良いタオルだねこれ」
私はそこそこ汗の着いたタオルを返す。なんかいいモノだったから余計申し訳がない。
それをこの子は快く受け取る。
……出来たらその顔で受け取るのは辞めて欲しいのだけども。
「どういたしまして。喜んで貰えて嬉しいよ!」
なんという爽やかスマイル。ほんと、朝から元気だなこの子。私は走らされてヘトヘトだって言うのに。若いっていいなぁ。同い歳なのにこの差は一体何なのか。
チャイムが鳴って、先生も扉を開けてやってくる。そのままダルそうに、教壇に立つ。頑張れ先生。今日は金曜日だから。
「はい、朝のホームルームを始めますよっと。挨拶カットで」
いや適当過ぎるでしょ。
こんなの上の人から怒られるでしょ。
「で、カットした理由なんだけど、今日はこのクラスに転校生、あーいや正確には転校生じゃないらしいんだけど、まぁ転校生が来ます」
教室内がザワつく。まぁそれはそうか。私も驚いていないという訳ではない。高校に転校生。
小中ではあったかもしれないが、高校にもなると本当に少なくなるらしい。
設定としてラノベによく使われそうなくらいだろう。ベタでありつつも珍しい。
ネタとはそういうもの。一体どういう人なんだろうか。
大体の人が美男か美女を想像するだろうが、そんな痛いフィクションみたいなことは起きない。
実際問題として、海外からの転校や、親の会社の都合、または本人が抱えてるなにか、などが理由として多い。いずれにせよ、私にはあまり関係がない。そいつも一人間だから。
「入ってきていいよ」
先生の合図と共に、クラスメイトは静まり返る。
すー。扉の音は静かに鳴る。
そして、この教室にいる全ての人が驚愕する。
そこにいた人物はまさに。
細い口。
ぱっちりとした目。
無駄に整った鼻。
人形のような肌。
そして、サラサラとした長い銀髪の髪の毛。
そう、全部私のものだったのだ。
サヤ。麻倉明(サヤ)そのものだった。
「おはようございます。皆さん初めまして。私の名前は」
自分と似た書き方で、黒板に名前を書いてゆく。
そして、どう考えても知ってる文字。
麻。倉。明。奇しくも、同姓同名。いや、ここまで来たらそうだろうなとしか思えないが。
「メイです。麻倉明(メイ)と言います」
だが名の方の読みが違った。なんだよそれは。
「はい、ありがとうございますっと。麻倉明(メイ)さんはちょっと怪我で半年間くらい学校を休んでました。だったらなんで今まで名簿にすらなかったのか。えー私が忘れてしまってただけです。本当に申し訳ない!」
なんでこの先生、辞めさせられないんだよ。
まぁ、今に始まったことじゃなさそうけどさ。
「まぁまぁ、大丈夫ですよ先生。私と同じ名前の書き方をするお姉ちゃんがいますから。イレギュラーなミスは仕方ないですよ」
笑いながら先生だと思いたい人を擁護している。
って、アイツ今、お姉ちゃんって言ったよねさっき!?
「うう、気遣いありがとうね。……はい。それじゃあね、質問を僕からしようかな。みんなの言いたいことは分かるからね。だから、代表して先生から言いますよ。あのメイさん、あそこにいるサヤちゃんとは親戚的なやつなんですか? いや、双子か妹だよね!? 絶対!」
「はい、そうですよ。私はサヤさんとは姉妹の関係です。ね、お姉ちゃん♪ 」
違う! 誰だよお前! って言いたいけど言えない。
そんなこと言うとみんなが混乱してしまうし、目立つからダメだ。
「ガチらしいな。おいマジかよ。かー、そんなこともあるだなぁ」
あるんだなぁ、じゃないでしょ先生。
そんな、世界は広いなぁみたいな顔しないでよ。
せめて、世界は狭いなぁみたいな顔にしてよ。
「はいそれじゃ。あーそこ、お姉ちゃんの隣が空いてるからそこ座って」
「分かりました。ありがとうございます。先生」
スタスタこっちにやって来る。
あんまり目を合わせたくない。
「はい。それじゃクラスの皆はメイさんと仲良くして下さい。それじゃホームルーム終わります。挨拶カットで」
「お姉ちゃん。よろしくね♪」
だから、私はお姉ちゃんじゃない!
二〇二四/四/二十/二十三時十一分
私には、何もない。
生きる残る方法を作るために、現実逃避から生まれた存在。
この子の見たくなかった現実を、私という無だったものに押し付けたからできた。
だから、何もあるべきじゃない。
私は、早く消えるべきなのに。なのに、この子は出てこない。
じゃあ出てくるまで何ができる。
私は、何もあるべきじゃないのに。
けれど、私は何かでありたいと思ってしまう。
私はなりたい。
何もない偽物のような自分が、一人の人間として生きてみたい。
意味や、役割に囚われず生を謳歌してみたい。
青春したい。いや、色々なことをしたい。私はこんなところで複雑なこと考えてる場合じゃない。
動かなくちゃ。この子じゃなく、私の意志で。
二〇二四/十一/四/十二時七分
とりあえず、お昼休みまでこいつの様子見をした。
まずもって、体が同じ。声がボソッとしてる私と違い、ハッキリとした聞き取りやすいものであったり、メガネをつけてなかったり、前髪が目で隠れてなかったり、若干メイクしていたりと……いやこう見てみると違うか。
いやいやいやいや! でも明らかにパーツが同じ! あれは紛れもなく私のだ!
あとこいつは、転校初日からクラスにいとも簡単に馴染んでいた。
転校生バフなどといった一時的なものでは無く、クラスメイトの名前を知っていたり、タメ口で喋りかけに行ったりと、初日とは思えない立ち回り。
こいつには人間関係周りの恐怖心ってのはないの?
初対面には、もっとこうね、あるでしょ。
到底、私と同じ姿をしたやつとは思えない。
で、今はこいつの正体を探るために日本の高校では珍しくも解放されている屋上へ呼び出したという訳だ。
昼休みが始まってすぐに、私はこいつと一緒に屋上へ行く。
廊下にいる人がジロジロと物珍しいものを見るかのように見てくるから、すごく恥ずかしい。それでも、長い道のりのようなものを経て私たちは屋上に辿り着いた。
「お姉ちゃん? なんで屋上なんかに呼び出したのかな?」
「とぼけないで。私はあなたの姉じゃない。まず、単刀直入に聞く。お前は一体何者なの?」
「何者って、何者も何も君の妹だよ?」
「いいや、違う。私の記憶が正しければ、私に妹は存在しない。それにいたとしても、私と瓜二つの姿もしていない。あったとしたら双子ね」
「んー、双子か。その線もありだったね。双子でもいいかも」
「双子でもいい? 何訳の分からないことを言っているの。勝手にはぐらかさないで」
「え? でもお姉ちゃんの記憶が正しければ、妹はいないんでしょ? だったらそれでもいいよ。お姉ちゃんの記憶が正しければ、ね♪」
「含みのある言い方ね。まるで私の記憶が正しくないとでも言ってるみたいじゃない」
「いやいや、そういう意味じゃなくてさ。ただ覚えてるかなって。それだけ。自分の記憶を昨日も含めて正確に覚えてる? 昨日も、何かおかしなこと無かった?」
昨日は……別にとくに何も無かったはずだ。とくに何も……なかったはずだ。
「ええ、もちろん。いつも通り普通の毎日。学校に行って帰ってくる。とくに何も無かった。これだけよ」
「ふーん、なるほどね。それじゃあ今日の夜、答え合わせしよっか。お姉ちゃんの記憶のね。取り敢えず今のところは君の妹ってことでさ、お昼にしようよ、お姉ちゃん♪」
「お昼にするって。待って、答え合わせって何? あなたは私の何を知っているの?」
「何を知っているかも含めて今日の夜だよ。はぁ、そんなに威嚇するような目で見ないでよね。可愛いお顔が台無しだよ? あっそうだ、お昼持ってる?」
はっ! ない!
まずい、すっかり忘れていた。購買でパンでも買ってこようか。
けどあんまり味が好きじゃない。なんか無駄に高いし。
いつもならお弁当があるのに。今日は無い。
「ふふ。」
「なに? 何かおかしいことでもあった?」
「お姉ちゃん、私は君の妹なんだよ? お姉ちゃんの分のお弁当を作るのは当然だよね♪ てことではいこれ」
私は楕円形のお弁当箱を渡される。持ってみると空では無いことは分かる。
少し恐れを含みながら、箱の蓋を開けると 想像通りのお弁当が入っていた。
だし巻き、ほうれん草の胡麻和え、トマト、冷凍食品の鮭で半分。
もう半分はゆかりふりかけごはん。
私のいつものお弁当。
「お? ちょっと柔らかい顔になったね。それじゃあ一旦さっきのことは忘れて、一緒にお弁当でも食べようよ」
ぐっ、朝が軽すぎてお腹がめちゃくちゃ減っていたんだった。お弁当を貰っている分際で人と一緒に食べるお願いを断るのは流石にダメだ。
それに話が何も進みそうにない今は、お弁当を一緒に食べて様子を伺うしかない。
「あと、香菜ちゃんも呼んだし。お姉ちゃんも仲いいし、別にいいでしょ?」
こいつ香菜をお昼に誘ったのか? いくら相手がいい子だとはいえ初対面でそれはおかしいだろ。転校生は誘われる側でしょ普通。
「お待たせー! ちょっと用事があったから遅れちゃった。メイちゃんお昼食べてる?」
「いや、お姉ちゃんと一緒に待ってたよ」
「あ、サヤちゃんも居るんだ。探してたんだよ? サヤちゃんもいつもみたいに一緒に食べよ!」
「……うん、そうだね」
私は、渋々この誘いを受け入れた。偽妹は喜んだ顔をする。ちょっとうざったい。
そして、いつもとはちょっと違ういつものお弁当タイムが始まった。
お喋りをしながらの食事というのは、まさに青春。
偽妹、私、香菜の順でベンチに座って食べる。
香菜のお弁当は、私の二倍は大きい。
その中には、唐揚げ、だし巻き、きんぴら、冷凍食品のフライの何か、
そして鶏そぼろの乗ったごはん。茶色単色一式である。
もうご飯のそぼろまで茶色まで来ると、茶色統一魂を感じる。
あとこの偽妹のお弁当は、私のお弁当と同じ中身のようだ。
しかし偽妹は、お弁当を空にしてビニール袋からあるものを取り出した。
そう、コンビニスイーツである。
こんな高いものを帰りのご褒美ではなく、こんなお昼に食べるなんて!
何たる罪深さ。全国の高校生に怒られなさい!
「あっ! それ、『口溶けにゃめらかプリン』だ! いいなぁ。私いつも探してるんだけど無いんだよ」
「えっ、そうなの香菜ちゃん。良ければだけど、一口あげようか?」
「えっいいの? それじゃあ一口だけ貰っちゃおうかな」
「うん。はいあーん」
「あーん」
目を閉じて口を開ける香菜。
ん、ちゅ、ぽ。
スプーンのものを丁寧に絡め取り、口の中でゆっくりと味わっている。
んぐ。飲み込み切ったあと口を開く。
そして最初に出た言葉。
「甘くて美味しいね!」
いやプリンだから当たり前でしょ。口溶けにゃめらかはどこいったんだ。
「ふふ、喜んでくれて嬉しいよ」
こいつ、見せつけるようにあーんしてきて。私は、このイチャイチャの間を観察することしか出来ない。
なんか、こう、もどかしいというか、罪悪感というか。あーもう! 変な感じ!
「あ、お姉ちゃんも食べる?」
「は? 嫌だ」
「えー。本当は私のプリン羨ましかったんでしょ? そんなことぐらい言ってよ。お姉ちゃん♪」
「いや、だから本当に違っ!」
「隙あり!」
パク、んー、ま。
「ふふ、どうお姉ちゃん? 美味しい?」
「……舌で上唇に触れさせるだけでホロッと崩れ、そこから溢れ出す甘み。かと言って口に残る鬱陶しいものじゃなくてサラサラで、甘ったるい訳でもなく素材的な甘みの味わい。バランスも取りつつ、より完璧なプリン体験が得られる。そんなプリンだと私は思う」
「おー。プリン一口でそこまで出てくるとは。やっぱお姉ちゃんは凄いね!」
「サヤちゃん、そんな理屈こねくり回す喋り方もできるなんて。凄い!」
「それ、褒めてる?」
「うん! そうだよ!」
二人してそんなキラキラした目をしながら言うなよ。恥ずかしいよ。
でもなんだろう。いつものような日々なのに凄く楽しくて。何故か特別感があって。なんか、感動で涙が出てきそうで。ああ、なんて、
ハキソウナンダロウ。
うぅ! あ! あぁ!
急に苦しくなり地に手を着く。
な、なんだこの吐き気! まずい! もう出てくる!
「だ、大丈夫!?」
「っ! やっぱり。……香菜ちゃん、保健室の先生呼んできて! できるだけ早く!」
「うん! 分かった!」
「はいお姉ちゃん! これ袋!」
あっ、あっ、口から何か、出る!
うっ! うっ! お、ろろ! ろろろ! んんん!
「はい! 取り敢えずこれ水!」
乱暴に水を取る。そして飲み干す。
はぁすぅ! はぁすぅ! はぁすぅ! はぁすぅ! っかぁー。
「なんとか、収まった、よ」
「喋らなくていいから! ほら、横になって!」
言われるままにこの場所で横になった。意識が薄い中でも、頭が今、メイの太ももだってことは分かる。
「よしよし、良く耐えた」
「ご、ごめん、なさい。あと、ありがとう、メイ」
「大丈夫だよ。私は君の妹だから。ほら、もっとリラックスして。肩の力を抜いて。大丈夫、大丈夫」
そして、ゆっくりと安らかに意識が遠のいてゆく。あぁ、風が気持ちいい。
ごめんね。私。
そんな声が聞こえた気がした。
二〇二四/四/六/十九時二十八分
嫌な現実から逃げたかった。
何もかもがクソみたいな毎日。
母も父も、毎日喧嘩ばかりで、私になんか見向きもしない。
たまにとばっちりも食らうし。
弱っちい体の私じゃ、何もできなくて。逃げることすらできなくて。
そんな心の暗い私に、寄り添ってくれる人、ましてや友達なんている訳がなくて。
だから私はそんなことのない他人を恨み、妬み、羨むようになってしまった。
本当はこんなことしたくないのに。
そんな毎日に、生きる意味を見出せなかった。
でも、私にはなくて、みんなにはあるのはズルいよ。
みんなの普通が本当にいつも羨ましい。
一日一個でもいいことがあれば幸せなのに。
次を求めて一個。またもう一個と求めてゆく。
そして、手に入れてゆく。
私は一個も手に入らないというのに。
そんなズルがみんなに許されるのなら、私にだって許してもらえるはずなんだ。
だったら、私はこの現実からどんな方法(ズル)を使っても逃げたい。
これ以外のいいことなんか要らない。
どんなやり方でもいいから、お願い。
今、この瞬間から、私に現実を見せないで。
私は、そんな思いで刃物を握る。
ごめんね。私。
私は、こんな世界から目を閉じた。
ごめんね私達 白石美夜 @Miya_Shiraishi
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