第5話 心のリハビリ③

豪屋さんとの映画“デート”を樹々兄に目撃された翌日。

重い気持ちを抱えたまま姫塚家へ朝食を食べに来たけれど

――樹々兄はいなかった。


「アイツなら用事があるとかで、先に学校へ行ったぞ」


羅々がパンを齧りながら、あっさり告げる。

私は「そっか」とだけ返し、羅々の向かいに腰を下ろした。


寂しい。

でも――少し、ほっとしてしまった自分もいる。


今の樹々兄に会って、どんな顔を向けられるのかが怖かった。


「本来の目的は達成できたんだ。そんな顔すんな」


羅々はコーヒーを一口飲み、続ける。


「アイツがどう答えを出すかはこれからだろ。お前はお前のまま、どっしり構えてろ」

「……うん」


好きな人に避けられることが、こんなにも痛いなんて。

“再認識してもらう”はずだったのに、まさか“避けられる形で認識される”とは思わなかった。


昨日の、あの目。

冷たいというより――困っていて、どこか逃げていて。

思い出すたび、胸の奥がじわじわ痛む。


(もう笑顔、向けてもらえないのかな)


ネガティブが足元から這い上がってくる。


「朝から辛気臭い顔はやめろ。ある意味、やっとスタートだろ」

「うん……ごめん」


羅々が珍しく優しい。

その優しさが、逆に刺さった。


私は誤魔化すようにパンを齧った。



「で? そんな風なのか」


それから数日。

樹々兄は変わらず、私を避け続けていた。

メンタルは、ゴミのように荒んでいた。


気分を上げようと、大将の店へ逃げ込む。

厨房に豪屋さんの姿を見つけた瞬間、私は溶けた氷みたいにカウンターへ突っ伏した。


「……もうライフはゼロ」

「チャーシュー、おまけしておいたぞ」

「ライフ、5%回復」


豪屋さんがラーメンを置く。

私は箸を握り直し、顔を上げた。


大将がにっこり笑って言う。


「大阪まで追いかけた相手に避けられたんじゃ、そりゃ凹むよなぁ」

「……追いかけたの、言わないで」

「もう譲で手を打てばどうだ? いい男だぞ?」

「私の想い人は、その“いい男”の豪屋さんに片思いなんですよ」

「おいおい、男だよな? マジかよ」

「そんな世界もあるんですよ、大将」


肩をすくめて、私はラーメンを啜る。

なのに今日のスープは、やけに塩辛く感じた。


豪屋さんが淡々と呟く。


「姫塚は俺には普通だな。……いや、電話の本数は減った気はするが」

「マジで? 私だけ避けられてるの?」

思わず声が裏返る。

「ラーメンの塩味、増した気がするわー!」


大将が笑い、豪屋さんが小さく息を吐いた。


「そう落ち込むな。今は姫塚の中で、気持ちの整理が付いてないんだろう」

豪屋さんは麺を茹でながら続ける。

「俺は“お前へのアプローチ中”だと、アイツには伝えてある」

「ライバル認定……?」


喉の奥がきゅっと締まる。


「樹々兄の中で、私の答えは“ライバル認定”なのかぁぁぁ……」


笑い飛ばしたいのに、笑えない。

醤油ラーメンなのに、しょっぱさだけが残っていく。


豪屋さんが、短く言った。


「……少し待ってやれ」



帰り道。

家まで送ってくれた豪屋さんは、別れ際に私の頭をぽん、と撫でた。


「うん、ありがとう」


私は手を振って見送った。

その背中が角を曲がって見えなくなってから、姫塚家の二階を見上げる。


……暗い。

いや、違う。窓の奥に、人影があった。


二階の窓から、樹々兄がじっと私を見つめている。


気づいた瞬間、胸が跳ねた。

避けられているのに、見られている。

近づけないのに、繋がっているみたいで――余計に苦しい。


(いつ、話せるようになるんだろう)


こんな思いをするくらいなら、妹ポジションのままで良かったのかもしれない。

でも――一度動き出した以上、後悔しても遅い。


「……家に入ろう」


玄関のドアを開け、中へ足を踏み入れた。



胡桃が家に入ったのを見届けて、樹々はカーテンを少しだけ戻した。

胸の奥が、じわじわと落ち着かない。


“いつもの胡桃”なら、玄関前で大声で呼ぶ。

今日あったことを全部話して、笑って、甘えて、当然のように隣に座る。

それが――ない。


(避けてるのは私の方なのに)


羅々が呆れた声で言う。


「いつまで胡桃を避けるつもりだ?」

「……分かってるわよ」


分かっている。

このままではいけないことも。胡桃が傷ついていることも。


ただ――感情が、追いついていない。


あの時見た、胡桃と豪屋。

自分が何に反応したのか、何に刺されたのか。

考えれば考えるほど、胸の奥がぐちゃぐちゃになる。


樹々は苛立ちを誤魔化すように髪をかき上げ、背を向けた。


「……少し、時間が欲しいの」


そう呟いて自室へ戻る。

その背中は、決意というより――逃げに近かった。

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恋のライバルが「野郎」なんですが、勝ち目はありますか? 白玉蓮 @koyomi8464

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