第5話 心のリハビリ③
豪屋さんとの映画“デート”を樹々兄に目撃された翌日。
重い気持ちを抱えたまま姫塚家へ朝食を食べに来たけれど
――樹々兄はいなかった。
「アイツなら用事があるとかで、先に学校へ行ったぞ」
羅々がパンを齧りながら、あっさり告げる。
私は「そっか」とだけ返し、羅々の向かいに腰を下ろした。
寂しい。
でも――少し、ほっとしてしまった自分もいる。
今の樹々兄に会って、どんな顔を向けられるのかが怖かった。
「本来の目的は達成できたんだ。そんな顔すんな」
羅々はコーヒーを一口飲み、続ける。
「アイツがどう答えを出すかはこれからだろ。お前はお前のまま、どっしり構えてろ」
「……うん」
好きな人に避けられることが、こんなにも痛いなんて。
“再認識してもらう”はずだったのに、まさか“避けられる形で認識される”とは思わなかった。
昨日の、あの目。
冷たいというより――困っていて、どこか逃げていて。
思い出すたび、胸の奥がじわじわ痛む。
(もう笑顔、向けてもらえないのかな)
ネガティブが足元から這い上がってくる。
「朝から辛気臭い顔はやめろ。ある意味、やっとスタートだろ」
「うん……ごめん」
羅々が珍しく優しい。
その優しさが、逆に刺さった。
私は誤魔化すようにパンを齧った。
◆
「で? そんな風なのか」
それから数日。
樹々兄は変わらず、私を避け続けていた。
メンタルは、ゴミのように荒んでいた。
気分を上げようと、大将の店へ逃げ込む。
厨房に豪屋さんの姿を見つけた瞬間、私は溶けた氷みたいにカウンターへ突っ伏した。
「……もうライフはゼロ」
「チャーシュー、おまけしておいたぞ」
「ライフ、5%回復」
豪屋さんがラーメンを置く。
私は箸を握り直し、顔を上げた。
大将がにっこり笑って言う。
「大阪まで追いかけた相手に避けられたんじゃ、そりゃ凹むよなぁ」
「……追いかけたの、言わないで」
「もう譲で手を打てばどうだ? いい男だぞ?」
「私の想い人は、その“いい男”の豪屋さんに片思いなんですよ」
「おいおい、男だよな? マジかよ」
「そんな世界もあるんですよ、大将」
肩をすくめて、私はラーメンを啜る。
なのに今日のスープは、やけに塩辛く感じた。
豪屋さんが淡々と呟く。
「姫塚は俺には普通だな。……いや、電話の本数は減った気はするが」
「マジで? 私だけ避けられてるの?」
思わず声が裏返る。
「ラーメンの塩味、増した気がするわー!」
大将が笑い、豪屋さんが小さく息を吐いた。
「そう落ち込むな。今は姫塚の中で、気持ちの整理が付いてないんだろう」
豪屋さんは麺を茹でながら続ける。
「俺は“お前へのアプローチ中”だと、アイツには伝えてある」
「ライバル認定……?」
喉の奥がきゅっと締まる。
「樹々兄の中で、私の答えは“ライバル認定”なのかぁぁぁ……」
笑い飛ばしたいのに、笑えない。
醤油ラーメンなのに、しょっぱさだけが残っていく。
豪屋さんが、短く言った。
「……少し待ってやれ」
◆
帰り道。
家まで送ってくれた豪屋さんは、別れ際に私の頭をぽん、と撫でた。
「うん、ありがとう」
私は手を振って見送った。
その背中が角を曲がって見えなくなってから、姫塚家の二階を見上げる。
……暗い。
いや、違う。窓の奥に、人影があった。
二階の窓から、樹々兄がじっと私を見つめている。
気づいた瞬間、胸が跳ねた。
避けられているのに、見られている。
近づけないのに、繋がっているみたいで――余計に苦しい。
(いつ、話せるようになるんだろう)
こんな思いをするくらいなら、妹ポジションのままで良かったのかもしれない。
でも――一度動き出した以上、後悔しても遅い。
「……家に入ろう」
玄関のドアを開け、中へ足を踏み入れた。
◆
胡桃が家に入ったのを見届けて、樹々はカーテンを少しだけ戻した。
胸の奥が、じわじわと落ち着かない。
“いつもの胡桃”なら、玄関前で大声で呼ぶ。
今日あったことを全部話して、笑って、甘えて、当然のように隣に座る。
それが――ない。
(避けてるのは私の方なのに)
羅々が呆れた声で言う。
「いつまで胡桃を避けるつもりだ?」
「……分かってるわよ」
分かっている。
このままではいけないことも。胡桃が傷ついていることも。
ただ――感情が、追いついていない。
あの時見た、胡桃と豪屋。
自分が何に反応したのか、何に刺されたのか。
考えれば考えるほど、胸の奥がぐちゃぐちゃになる。
樹々は苛立ちを誤魔化すように髪をかき上げ、背を向けた。
「……少し、時間が欲しいの」
そう呟いて自室へ戻る。
その背中は、決意というより――逃げに近かった。
恋のライバルが「野郎」なんですが、勝ち目はありますか? 白玉蓮 @koyomi8464
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恋のライバルが「野郎」なんですが、勝ち目はありますか?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます