第5話 心のリハビリ②

あの後、「羅々プラン」から何故か「豪屋プラン」へ話が移行していた。


何故だ!

樹々兄と全面戦争になるというのに!


抗議の声を上げた私を、羅々は一言で切り捨てた。


「樹々に焼きもちを焼かせたいんだろ?

なら、あいつが惚れてる豪屋をターゲットにすりゃ一番わかりやすい」

「わかりやすいって……私の命が危ういんですけど!」

「胡桃に焼くのか、豪屋に焼くのか。……どっちにしても、あいつは自分の気持ちを突きつけられる」


羅々の目が、いつになく真剣だった。


「お前もこのままじゃ駄目だと思ったから賭けに出るんだろ。なら腹括れ」

……言い返せなかった。


樹々兄が誰に焼きもちを焼くのか。

それが、彼の本当の気持ちを探る手がかりになるかもしれない。


そして私も、このままずるずる「可愛い妹」ポジションに甘んじてはいけない。

変わりたい。変えたい。


その一心で。


「……分かった。腹括る」


静かに頷くと、羅々は満足そうに短く返し、ニヤリと笑った。



それから数日後。

羅々と愛島さんと最終確認を済ませ、私はついに行動に移した。


まずはLINEで、豪屋さんに“デート”のお誘い。

スマホを握る手に、じっとり汗が滲む。


大阪で一緒に行動したことはある。

でもあれは、樹々兄に会うための手段だった。


改めて“デート”として誘うとなると、ハードルが一気に跳ね上がる。


(頑張れ私。今回は作戦。作戦だから。平常心、平常心……!)


『今週末、映画を一緒に観に行きませんか? 作戦のデートプランです!』


色気ゼロ。業務連絡。

……だが、これが私の限界だ。


勢いで送信ボタンを押した瞬間、胸がどくんと鳴った。


送信後、落ち着かない時間は続かなかった。

すぐに返信が来たからだ。


『ああ。週末は空いている。待ち合わせはどこにする?』


「……よしっ!」


思わず小さくガッツポーズを作る。


「互いに業務連絡みたいな誘い文句でも、気にしない! これは作戦!」


その勢いで羅々たちに報告すると、すぐ返信が返ってきた。


『まずはデートらしい格好の準備だな。雰囲気を忘れるなよ』

『デート服……ハードル高い。樹々兄に気づかれないように用意しなきゃ』

『樹々には適当に誤魔化せ。今週末は忙しいはずだし』


そうだ。

樹々兄は今週末、地元の占いイベントに参加する予定だ。

いつもなら迷うことなく押しかけるのに――今回は我慢。


(我慢よ、私。頑張れ私……!)



迎えた当日。

私は全力で“おしゃれ”を駆使し、映画館へ向かった。


少し早く着いたが、待つ時間も作戦の一環だと思えば悪くない。

約束の時間ぴったりに現れた豪屋さんは、普段通りのカジュアルな服装だった。


「待たせたか?」

「十分くらいなので許容範囲です」

「正直なやつだな」


豪屋さんは苦笑して、歩きながら言った。


「ああ……こういう時は『今来たところです』って答えなきゃでした?」

「いや、気遣いは無用だ」


そのまま、ぽん、と頭を軽く撫でられる。


……ちょっと待って。幼児扱いはやめてほしい。

心の奥が、妙にざわついた。



一方その頃。


「あら? 胡桃は一緒じゃないの?」


樹々が占いイベントへ向かうため玄関を開けた瞬間、

お隣の胡桃の母親が声をかけてきた。


「胡桃は今日は来てないわよ?」

「あら、そうなの? 珍しくお洒落な格好をして出て行ったから、

また樹々君に迷惑かけてるんじゃないかと心配したんだけれど」

「……お洒落?」


樹々の眉間に、わずかに皺が寄る。


占いイベントの朝に胡桃が押しかけてくるのは、半ば日常だった。

それが今日は朝から一度も姿を見せない。


友達と遊ぶことは珍しくない――はずだ。

だが、樹々を後回しにする胡桃など、樹々は見たことがない。


(誰と出かけたの……?)


胸がざわつく。

先日の羅々とのやり取りが脳裏をよぎる。


『……お前は胡桃のこと、どう思ってる?』

『どうって……可愛い妹みたいな存在よ』

『本気で妹扱いしてんのか? あいつの気持ち知ってんだろ。占い師してて知らねーわけねーよな?』

『……』

『いい加減ハッキリさせねぇと、あいつ婚期逃すぞ?』


胡桃の視線や態度の意味は理解している。

真っ直ぐ向けられた“恋愛感情”だということも。


けれど“受け入れられない”自分も確かにいる。

自分の恋愛対象は“男性”で、豪屋に惚れているのも事実だ。


樹々は無意識に携帯を手に取り、胡桃にメッセージを送ろうとして――指が止まった。


(何て送るつもり? ズルいわよね……)


受け入れられないなら、いずれは離れる。

それが現実だ。


「樹々、イベントの時間に遅れるぞ?」


背後から羅々の声。

樹々はハッとして携帯をポケットにしまい、タクシーへ乗り込んだ。


羅々は一人、にやりと笑う。


(さあ……どう答えを出す? 樹々)



映画館。

大画面に映る迫力のアクション。

隣の豪屋さんは真剣に見入っている。

私も画面を追っている――つもりだったが、心の奥はずっとざわついていた。


(樹々兄……イベント、頑張ってるかな……)


今日は樹々兄に内緒で豪屋さんと映画に来ている。

いつも樹々兄を優先していた分、胸に小さな罪悪感が刺さる。


でもこれは作戦。

樹々兄に“私の存在”を再認識させるための……。


ふと、肩に温もりを感じた。


「……およ?」


気づけば豪屋さんが眠っていて、頭が私の肩に傾いていた。

鼓動が一気に跳ね上がり、息を呑む。


(ちょっと……近い! 重いし、筋肉マン!)


起きてくれないかと顔を覗くが、豪屋さんは熟睡している。

……疲れているのだろう。


昨夜遅くまでバイトだったのかもしれない。

起こすのは忍びない。私はジュースを啜り、なるべく平静を装って画面へ視線を戻した。


エンドロール。

客が立ち上がり、豪屋さんもようやく目を覚ます。


「……悪かった」

「別に気にしてないですよ。お疲れなんですよね」

「助かった」


言葉は平静、心臓は暴走。

密着した時間を思い出し、顔が熱くなる。肩も、ずしりと重い(物理)。


夕暮れの街に出ると、思ったより冷たい風が吹いた。

少し歩いたところで、豪屋さんがぽつりと言う。


「お前は上手いな」

「え? 何が?」

「人付き合いが。俺は人と距離を詰めるのが下手だからな」


意外な言葉に、戸惑う。


「あー……豪屋さん、強面だから……」

思わず正直に言ってしまい、豪屋さんが笑った。


「そういうところだ。普通は言わねぇ」

「デリカシーないって言われました? 今夜枕を濡らす案件ですかね?」

「そういうのも含めて、面白くて助かる」


胸がきゅっと鳴った。

樹々兄以外から「面白い」と言われるのが、妙に新鮮で――怖い。


「だから今回のことも協力した。難しいよな、気持ちを伝えるのは」


その声には、深い理解が宿っていた。

(もしかして……)

樹々兄への想いを、察しているのだろうか。


――その時。


「胡桃?」


振り向いた瞬間、全身が固まった。

そこに立っていたのは――樹々兄だった。


驚きで硬直した彼の目が、私と豪屋さんを交互に見つめる。

困惑が、痛いほど滲む。


「イベント帰り? お疲れ様」

平静を装ったつもりが、声が少し上ずった。


樹々兄は黙ったまま、私たちを見つめ続け――低く、確かな声で言った。


「いつからなの?」

「え?」

「胡桃と、付き合い始めたの?」


豪屋さんは一瞬戸惑い、次の瞬間、表情を引き締めた。


「俺がコイツを映画に誘った。……俺からアプローチをかけてる最中だ」


「っ!」


息が止まる。

豪屋さんは、私を庇うために嘘をついてくれた。


その言葉に、樹々兄の目が悲しげに細まった。


「そう……分かったわ」


それだけ呟き、樹々兄は踵を返して去っていく。

残された私たちは、呆然とその背中を見送るしかなかった。


「……やっちまったかな」

豪屋さんがぽつりと零す。


私は唇を噛みしめたまま、返事ができなかった。

胸の奥で、嫌な予感だけが膨らんでいった。

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