第5話 心のリハビリ①
大阪から戻ってすぐ、私は風邪をひいて寝込んでしまっていた。
そしてベッドの横には樹々兄が、心配そうに私を覗き込んでいる。
「熱はもう下がったみたいね。食べたい物はない?」
「うん……ごめん。大阪から戻ったばかりなのに迷惑かけて」
「何言ってるのよ。胡桃の看病くらい慣れてるわよ」
樹々兄は小さく笑って、薬の説明をしながら私の額に触れる。
「それより、不摂生してたの? ちゃんと健康管理しなきゃダメよ?」
「……はい」
イベント帰りの樹々兄に余計な心配をかけてしまった。
――けれど。
(大阪に行ってたの、バレてない……!)
心の中で小さくガッツポーズを決める。
羅々の“管理”が功を奏したらしい。
樹々兄は帰り支度を整えながら言った。
「じゃあ、帰るから。ちゃんと寝ておくのよ」
「はーい」
部屋のドアが静かに閉まり、足音が遠ざかっていく。
――さて。
凛花さんのアドバイス「押してダメなら、引いてみて」。
布団と親睦を深めながら、私は真剣に作戦会議を始めた。
まず樹々兄に、「胡桃の好意の対象が変わった」と思わせる。
……つまり、樹々兄以外の誰かを“それっぽく”用意する。
でも、十六年一筋の拗らせ片思いだ。
そんな人物がポンと出てくるなら、そもそもここまで拗れてない。
ならどうするか。
――身近なところから、協力を引き出すしかない。
脳裏に浮かぶ候補者。
愛島さん。
羅々。
豪屋さん。
……駄目だ、豪屋さんは駄目だ。
樹々兄の想い人に手を出すなんて、私は樹々兄と全面戦争するつもりか?
「特別な存在」として認識される代わりに、別の意味で永遠に刻まれる。
想像しただけで背筋が凍えた。
(豪屋さん、却下!)
脳内の作戦ボードに、豪屋さんへでっかい×を描き込む。
――とりあえず、風邪が治ったら相談しよう。協力要請だ。
◆
「で?」
目の前でラーメンを啜る愛島さん、羅々、豪屋さんが、訝しげに私を見つめている。
このメンツでラーメンを啜っている理由は単純だ。
先日の大阪フェスの打ち上げで、大将から招集がかかったのだ。
(ちなみに私の風邪は完治しました。ラーメン、うまいです)
「で? とは?」
私も麺をすすりながら、愛島さんの問いに質問で返した。
「俺に何をしろって?」
「別に何もしなくていいけど――樹々兄に焼きもち焼かせる協力をしてほしい」
「協力内容は?」
「んー……デート、とか?」
(自分で言っておきながら、めちゃくちゃ恥ずかしい)
愛島さんは箸を止め、私を見た。
「……デートくらい別にいいけど。そもそも何で俺なんだ?」
「んー……消去法?」
「お前……そこは嘘でも『好意がある』くらい言えよ」
「それこそ嘘がバレるじゃない。拗らせ系を舐めないで頂きたい」
えっへん、と胸を張った瞬間――デコピンが飛んできた。
「痛い! 私、病み上がりぞ?」
「お前は極端なんだよ。病みながら脳まで病みやがったのか?」
「違うから。これは樹々兄に“再認識”してもらうためのミッションなの。
――『押してダメなら引いてみよう』作戦」
すると羅々が、ラーメンをすすりながら冷静に刺してくる。
「引くのはいいが……逆に応援されたらどうする?」
「……」
言葉が詰まったところへ、愛島さんが淡々と追撃する。
「お前、姫塚から見たら妹ポジションだろ。
そんなお前が『本気で気になる人ができました』なんて言ったら、
相手が誰であれ協力するだろうな」
「え? そんな感じ?」
「良くも悪くも姫塚はそういうやつだな」
豪屋さんまで頷く。
私の心が、じわじわと沈む。
「……立ち直れないかも」
羅々がニヤついた。
「もう豪屋でいいんじゃね? あいつの想い人でもあるし」
「羅々は私に樹々兄と全面戦争をさせたいの? 妹ポジまで失って?
心の氷河期来るわ」
「大げさ」
愛島さんが伝票の裏にメモを書きながら、淡々と整理を始める。
「姫塚は恋愛対象が男で、豪屋に惚れてる」
「怒りしか湧かないワードの羅列」
「豪屋は恋愛対象が女で、姫塚は友人」
「ああ」
「胡桃は姫塚樹々一択の拗らせ」
「イエス」
愛島さんはペンを止めて、ふっと笑った。
「……羅々でもいいんじゃね? 同じパーツで、羅々は恋愛対象が女だろ」
「それ、どういう意味で?」
「マジ恋的な意味で。
何をきっかけに姫塚に惚れたかは知らねぇけど、羅々に惚れてた可能性だってある。
胡桃の中で樹々と羅々が“別人”なのは分かってる。
でも、あえて羅々と別視点で付き合ってみろ。樹々も別の角度からお前らを見れば、気持ちが揺れるかもしれない」
「……無かったら?」
「そのまま羅々と付き合え」
「ブーブー!」
抗議の声を上げた私の頭を、豪屋さんがくしゃりと撫でた。
「そういうのも、ありかもしれないな」
「え」
「姫塚は、三人の関係が崩れないと思い込んでる。――均衡を保つためにな」
豪屋さんの低い声に、羅々が面白そうに口角を上げる。
「崩れないっていうより……それで安心してんだろ。
それより、いつも樹々にベッタリな胡桃が“鞍替え”したら――おもしれーな」
魔王みたいな笑顔。
私は必死で首を振った。
「オモシロクナイ。アクマノササヤキ」
――が、遅かった。
妙なスイッチが入った羅々に、首根っこを捕まれた。
「よし、シナリオ考えんぞ」
「うわー! 求む! キャスティング変更!」
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