第4話 いざ!大阪へ⑤

見慣れない天井をぼんやり見つめながら目を覚ました。

一瞬、ここはどこだろうと寝ぼけた頭で考え

――すぐに、昨日から大阪に来ていることを思い出す。


私のお腹に足を乗せて爆睡している魔王――羅々の足を、やや乱暴に押しのけて布団から抜け出した。

(別の部屋で寝ていたはずなのに、何故此処にいるのかは不問にしておこう。)


二階の窓から外を覗けば、朝の散歩をしている豪屋さんの姿が見える。

時計は六時半。


……早起きすぎじゃない?


まだ寝ている皆を起こさないように、足音を忍ばせて外に出る。

豪屋さんに近づくと、どうやら誰かと電話をしている最中だった。


「……そうか。それは大変だな」


低く落ち着いた声。

続く言葉――「ああ、明後日帰ってくるのか」で、電話の相手が樹々兄だとすぐに分かった。


胸がズキリと痛む。


片思いだと分かっていても、豪屋さんにアプローチを続ける樹々兄。

そして、そんな樹々兄に片思いを拗らせている私。

豪屋さんは樹々兄に恋愛感情なんて全くなくて――。


気持ちは“四角形”じゃなくて、“平行四辺形”。

どこかで交わることはなく、ただ並んだまま続いていく角度。

心の変化が起きない限り、このまま永遠に続くんだろう。


――しんどいな。


「おはよう。早いな」


気づけば、電話を切った豪屋さんが目の前に立っていた。

私の顔色を読み取ったのか、彼は少しだけ視線を逸らして言う。


「昨夜、電話に出られなかったから。掛け直しただけだ」

「……ふーん」


そう呟きながら、頭をくしゃりと撫でられる。

この男は厳つい顔のくせに、さりげなく気遣いなんかする。


……そりゃあ、樹々兄も惚れるわけだ。


でも、もし豪屋さんがもっと嫌な奴だったら?

心底軽蔑して、思いっきり邪魔できたのに。


そんな考えが胸をよぎって、私はつい吐き出していた。


「豪屋さんって、嫌な奴」

「そうか」

「もっとクソみたいな性格になればいいのに」

「そうか」

「イライラして、八つ当たりしたくなる」

「そうか。……でも正直に言ってしまうんだな」

「うるさい」


ぷいとそっぽを向いた、その時。


二階の窓から、愛島さんの声が降ってきた。


「おーい、飯できたってー!」



二日目のラーメンフェスが始まると、朝からすでに行列ができていた。

愛島さんは爽やかな笑顔で女の子たちを捌き、

豪屋さんは強面で黙々と麺を茹で、

羅々は素早く会計をこなす。

私は無我の境地で、ひたすらネギとチャーシューを盛りつけ続けた。


――すばらしき、チームワーク。


「ありがとうな。……もう二時だ。そろそろ帰る時間だろ」


大将の声に、はっと我に返る。

そんなに時間が経っていたなんて。


「この後は弟の知り合いが来てくれる。気をつけて帰るんだぞ」


大将はそう言って、用意してくれていたお弁当とバイト代を、私たちそれぞれに手渡してくれた。


「バイト代なんて……」

「何言ってやがる。こんだけ働いてくれて金も払わねぇなんて、人として終わってるだろ? また店にも遊びに来いよ」

「はい! 本当にありがとうございました!」


笑顔で会場を後にする。

その途中、私は立ち止まり、振り返って皆に声をかけた。


「……帰る前に、ちょっとだけいい?」

「樹々んとこに行くのか?」

「ううん。昨日占ってもらった凛花さんに、ご挨拶してくる」

「んじゃ、俺たちは車で待ってる」

「迷子になるなよ」

「すぐ戻るよ」


私は占いブースへ足を向けた。



占いコーナーは今日も大盛況で、若い女の子たちが列を作っていた。

樹々兄のブースも相変わらず長蛇の列。


(……やっぱり、すごい)


ただ見ているだけで、胸の奥がぎゅっとなる。

会いたい。近くに行きたい。声を聞きたい。

でも、今ここで私が割り込むのは違う――そんな気持ちが、足を止めさせた。


ちょうどお客さんが途切れた瞬間を見計らい、凛花さんに声をかける。

彼女は微笑んで、私をブースの中に招き入れてくれた。


「今から帰るので……その、ご挨拶と差し入れです」

「あら、ありがとう。また会えると嬉しいわね」

「はい。あの……これ、“ファンからの差し入れです”って樹々兄に渡してもらえますか?」


私は抹茶ラテとのど飴――樹々兄の好物を差し出した。


「了解。後で渡しておくわね」

「ありがとうございます。それと……先生のアドバイス、私なりに頑張ってみようと思います」

「そう。応援してるわ。頑張って」

「はい!」


深く頭を下げ、足早にブースを出た。


樹々兄と距離を置くのは、寂しくて胸が暴れてしまいそうだ。

でも私は、ずっと依存してきた自覚がある。

少し冷静になる時間も、きっと必要だ。


それに、もしも――

樹々兄が私を“幼馴染”以上に見てくれるようになったら。


(その時は……逃げない)


さぁ、帰ろう。

帰って、樹々兄の帰りを待とう。


私は皆が待つ駐車場へ駆け出した。

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