第4話 いざ!大阪へ③
ショッピングモールに入った瞬間、ひんやりした空気が火照った肌を撫でた。
さっきまでラーメン最前線で汗だくになっていた体から、じわりと疲労が抜けていく。
私はお手洗いに駆け込み、乱れた髪を整えた。
鏡の中の自分に「よし」と小さく頷いて、占いコーナーへ向かう。
壁のポスターには、二十人ほどの占い師の名前と顔写真。
その中で、ひときわ大きく載っているのが樹々兄だった。
――そうだ。
いつも近すぎて忘れがちだけど、彼は“人気占い師”なのだ。
誇らしさと、胸の奥のざわつきが同時に湧く。
「……そして、あの行列がきっと樹々兄のブースだよね」
視線の先、一か所だけ若い女の子たちが列を作っていた。
ざっと二十人。待ち時間は軽く数時間コース。
(……会いたい)
胸の奥で気持ちが暴れ回る。
でも同時に――(邪魔したくない)も、強くなる。
私は踵を返しかけた。
「何だ? ここまで来て会わねぇのか?」
背後から低い声。
振り返れば、いつの間にか羅々が立っていた。
「この行列を見たら……どれだけ大変か、わかるでしょ。邪魔はしたくない」
「まぁな。現場を見ると分かる。……骨が折れる仕事だよな」
羅々の声が、珍しく柔らかい。
「……皆のところに戻ろうか」
「お前がそれでいいなら、な」
私は羅々の手を掴み、ブースとは逆方向へ歩き出す。
――その時。
「あら? 樹々先生じゃないですか。休憩ですか?」
声をかけてきたのは、同じ占い師らしき女性だった。
羅々を“遠目の横顔”で樹々兄と勘違いしたらしく、柔らかく微笑む。
その一言で、待機列の女子たちがざわざわと騒ぎ始めた。
視線が一斉にこちらへ向く。
「や、やばい……樹々兄にバレる!」
反射的に私はその女性の手を取って、ブースの中へ飛び込んだ。
羅々も半ば引きずり込む。
「すみません! こっちは樹々じゃなくて双子の羅々です!
それと……私、樹々兄には大阪に来てること内緒なんです!
絶対秘密でお願いします!」
息継ぎも忘れて捲し立てると、女性はきょとんとした後、くすりと笑った。
「そういう事情なのね。了解。守秘義務はきちんと守るわ。
――良ければ座って? ここ、私のブースだから」
すすめられるまま、羅々と並んで腰を下ろす。
「私は凛花。占星術をメインにしているの」
「占星術……星占いですか?」
「そう。ホロスコープを使うの。
羅々くんは樹々先生と双子なんでしょう? 双子でも、生まれた時間の差で性格も運命も変わるのよ」
羅々が面白そうに口角を上げる。
「へぇ。じゃあ俺とアイツの“違い”もわかるんじゃねぇか?
――特に、恋愛対象とかよ」
「羅々、占いに興味あったっけ?」
「いや。けど……あいつが俺と違って“お前”を対象に見ねぇ理由、知りたいんだろ?」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
私のために、わざと振ってくれた。そう気づいて。
凛花先生はホロスコープを描き、記号と線で星を結んでいく。
「ふむ……なるほど。
大筋の人生の流れは似ているけど、興味の向く方向が違う。
それが恋愛対象の差に出てるのね。……でも、優しい部分は二人とも共通よ」
「優しい?」
と呟いた瞬間、羅々の拳骨が軽く頭に落ちた。
――優しさとは、拳骨の形をしているらしい。
私は堪えきれず、凛花先生に尋ねた。
「恋愛対象が変わる可能性って……無いですか?」
「基本は難しいわね。
でも――“大事にしたい相手”なら、きっかけ次第で変化はある」
「大事にしたい相手……」
凛花先生は、私の目をまっすぐ見て言った。
「胡桃さん、あなたはその対象に入ってる。
ただ……“恋愛対象”としては見られていないみたいね」
胸に刺さる。
分かっていたはずなのに、正面から言われると、涙が出そうになる。
凛花先生は声を柔らげた。
「だからこそ、アドバイスを一つ。
押してダメなら――引いてみて」
「引く……」
「存在を意識させるの。
あなたがどういう存在か、再認識させる。
きっかけで関係が変わることもあるわ」
私は背筋を伸ばし、頷いた。
「……はい!」
樹々兄には会えなかった。
でも、ここで得た言葉は、私にとって大きな財産だ。
ブースを出た私に、羅々が冷ややかに言う。
「で? お前に“引く”なんて芸当が出来んのかよ?」
「……」
「返事は?」
「……生まれ変わるつもりで、努力する」
言った瞬間、胸の奥に小さな火が灯った。
私の恋は、まだ終わらない。
――次は、“押す胡桃”じゃなく、“引く胡桃”で勝負する。
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