第4話 いざ!大阪へ②

順調に大阪へ向かっていた、その時。

ポケットの中で携帯が震えた。


――このバイブ音は……!


樹々兄からのモーニングコールだ。


反射的に画面へ手を伸ばす。

指先が通話ボタンに触れかけた瞬間――後部座席から低く鋭い声が飛んだ。


「お前は今、家で惰眠を貪っている。だからまだ夢の中だ。いいな?」


羅々のドス声に背筋が凍りつく。


「う……うす……」


電話に出たら、興奮でボロを出すに決まっている。

――羅々の先手必勝策だ。


くそっ……! せっかくの樹々兄からの電話なのに!


握りしめた携帯は、無情にも着信を途切れさせた。


胸に残るのは、置いていかれたような寂しさと、どうしようもない切なさ。

ため息を噛み殺した時、運転席から穏やかな声がかけられた。


「そう落ち込むなって。もうすぐ樹々に会えるんだろ?」

「……そうっすよね」


愛島さんの一言が、沈んでいた心を少しだけ浮かせてくれる。

そうだ。もうすぐ、あの美しいご尊顔を拝めるのだ。そう思えば耐えられる。


「まあ、とはいっても……ラーメンイベントの手伝いが終わった後に、こっそり覗くだけだがな」

「お触り出来ない悲しみィー!」


思わず両手で顔を覆い、嘆きの叫びを上げる。

途端にハンドルを握る愛島さんが眉をひそめた。


「胡桃、事故る。奇声上げんな」

「……はい」


今度は誰もフォローしてくれない。

急募、優しさ! 心の中で泣きながら、窓の外へ視線を投げた。



大阪に着いた私たちは、そのまま会場へ直行し、荷物を下ろした。

設営は大将の弟さんが前日から準備してくれていたらしく、ほとんど整っている。


「遠路はるばる、すまねーな。よろしくな!」

大将によく似た弟さんが快活に笑う。

なんだこの兄弟、揃って太陽みたいだ。まぶしい。


会場は芝生の広場で、真ん中には巨大なオブジェが聳えていた。

博覧会の記念らしいが、正直“ラスボス”の貫禄しかない。


そして視界に広がる、屋台、屋台、屋台。

……ここ、ラーメン天国だ。誰もが知る名店が軒を連ねている。


その一角が大将の店。

有名店の店主たちが次々と挨拶に来る姿を見て、改めて大将の格を思い知った。


「ホラよ」

差し出された缶コーヒー。振り向けば羅々だ。

弟さんからの差し入れらしい。受け取って一口。……ほっとする。


「樹々は向こうのショッピングモールでイベントしてるみたいだな。

さっきポスターに載ってた」

「なんと! 近いようで遠い! じれったい距離!」

「近すぎるとバレる。今くらいが丁度いいんだよ」


軽く小突かれ、私は唇を尖らせた。


「……無理言ってここまで連れて来てもらってるんだし、

これ以上ワガママは言わないよ」


残りの缶コーヒーを飲み干し、屋台へ戻る――が。


開店前から、すでに長蛇の列ができていた。

その光景に、私は思わず目を瞬かせる。


「……客層、女子高生ばっかなんですが?」

「女子高生の間にラーメンブームでも来たのか?」


半信半疑で呟くと、いつの間にか横にいた豪屋さんが、ぼそり。


「あれは愛島の客引きの賜物だな」

「だよね! 絶対そうだと思った! シャンパンタワーならぬラーメンタワーおっ立てそうで怖い!」

「……コールは任せた」


間髪入れず、背後から本人の声が落ちてきた。

豪屋さんが頭を抱える。うん、やっぱり苦労人ポジションだ、この人。


イベントが始まると、女子高生軍団と“ラーメン命”軍団の壮絶な戦いが幕を開けた。

地獄絵図とはこのこと。


私は黙々とネギとチャーシューをさばき続け、心が無になる境地に到達しかけていた。


「スープ切れだ! 今日の営業は終わり! お疲れさん!」


大将の声に、はっと我に返る。

気づけば辺りは夕闇。時間の感覚が飛んでいた。


「お疲れさん。よく頑張ってくれたな。助かったぜ」

大将は私の肩を軽く叩き、ニッと笑う。


「片付けはこっちでやっとく。今のうちに覗いてきたらどうだ? 本来の目的でもあるんだろ?」


親指を立てる大将。

その笑顔に胸を打たれ、私は感情のまま叫んだ。


「大将大好きー!」


握りしめた親指に、自分の熱も込めて。

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