第3話 恋敵とお留守番③

樹々兄がいない姫塚家は、炭酸の抜けたコーラのようだ……。

あの人がいないだけで、部屋の空気がこんなにも味気なくなるなんて。


「なので、連休中は大人しく引き籠ることに決めました! ハイ、解散!」


姫塚家での夕飯後、きっぱり宣言して自家へ帰ろうとした――その瞬間。


――ガシリ。


頭を鷲掴みにされた。

……そろそろ私の頭蓋骨、粉砕コースでは?


「何が“な・の・で”だ。……まぁ、それはいい。で? 本音は?」


羅々の声が低い。妙に鋭い。

ぞくりと背筋に冷たいものが走る。


私は視線を逸らし、努めて軽い口調で返す。


「嫌だなぁ……本音ですよー?」

「オカシイナァ?」


圧が強い。指先の力も強い。やめて、頭の形が変わる。


「風の噂で、お前が明日から大阪に乗り込むって話を聞いたんだがな?」

「え? 誰に聞いたの? ゴーヤ?」


――しまった。

ポロリと名前が漏れた瞬間、私は両手で口を塞いだ。


羅々の目が、すっと細くなる。指先の圧が増した。


イテテテテテ……!


「俺が朝言ったこと、覚えてるか? 胡桃さんよぉ?」

「オイカケマセン……オウチデイイコニマッテマス……」

「で? 明日、何だって?」


観念した。私は息を吸い、胸を張った。


「大阪でラーメンフェスのお手伝い! イエーイ!」

「イエーイ! じゃねぇ!」


ゴツン、と拳骨が落ちた。

頭蓋にまで響く衝撃。

羅々はほんと、女の子への扱いを根本から改めるべきだと思う!


「迷惑かけないから、行かせて!」

「この時点で迷惑以外の何者でもねーんだがな……。仕方ねぇ、俺も行く」

「ん?」


耳慣れない言葉に首を傾げた、その瞬間。


再び、頭を鷲掴みにされた。


「気のせいでも何でもねーよ。お前の監視として行くっつってんだ!」

「うわーやっぱりかー! でも急に人数増えても、大将に迷惑が……」

「ああ、それならもう話はついてる」

「へ? そうなの?」


……え、私の知らないところで勝手に連絡網が回ってるってこと?

怖すぎる。


「樹々には言うなよ。俺が殺される」

「ら……ラジャー」


その時、携帯の着信音が鳴った。

画面に表示された名前――樹々兄。


胸の奥が一気に熱を帯びる。


反射的に通話ボタンへ指を伸ばしかけた私を、羅々の目が刺した。


「オイ……わかってるだろうな?」

コクコクコクコク。首がもげそうな勢いで頷き、私は通話を繋いだ。


「はい!」


『あら、元気なようね。大人しくお留守番できてて偉いわよ、胡桃』


――ああ、もう。声だけで懐かしい。

私が犬だったら尻尾が千切れるほど振っているに違いない。

嬉しさで口元が勝手に緩む。


「今日はもうイベント終わったの?」

『ええ、大繁盛だったわよー。疲れたわー。あと二日頑張るわね、ふふ』

「そっか……お疲れ様。ゆっくりお風呂入って、疲れとってね」


『ありがとう、胡桃……ところで、寂しいって叫ばないのね?』


ギクリ。心臓が跳ねた。


「さ……寂しいよ! 迷惑かけないように我慢してるんだよ!」

『そう? ならいいけど……変な計画立ててたりしてないわよね?』


!!!!!!

占い師の勘? いや、千里眼の領域では!?


冷や汗がだらだら流れ出す私の横から、羅々が無言で手を伸ばした。

携帯がひょい、と奪われる。


「この駄犬はしっかり管理しとく。お前は気にせず仕事がんばれ」

『そう? なら大丈夫ね。……わかったわ。あと二日、胡桃を頼んだわね』

「ああ。逃げ出さねーように、首輪つけて繋いでおく」

『それは言い方が物騒すぎるわね』


物騒なまま通話が切れた。

私は携帯を受け取り、心底ほっと息を吐く。


――やっぱり樹々兄には嘘はつけない。危なかった。



翌朝。

集合場所のラーメン屋へ羅々と一緒に向かうと――


そこには、なぜか豪屋さんと愛島さんの姿があった。


「え? なに? このメンツ」


胸の奥が、嫌な予感でざわりと波立つ。


豪屋さんは腕を組み、愛島さんは相変わらず軽そうに手を振る。

羅々は私の頭を軽く押さえたまま、低い声で言った。


「……な? 言っただろ。今日は嵐だ」

「まだ何も起きてないよ!?」

「起きる前提で集まってんだよ」


今日も嵐の予感しかしない――。


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