第3話 恋敵とお留守番②

「……顔は、大丈夫か?」


頭の上から「こんにちは」みたいな角度で、高身長マッチョマンがいきなり失礼なワードを落としてきた。


「顔っ? この通り、どこから見ても可愛いですけれどっ?」

「……すまん、強く頭をぶつけたようだな」

「頭は通常運転!」


この男、厳つい顔してるくせにボケの達人か。

……いや、突っ込まずにいられない私の性格が一番の問題かもしれない。


ふるふると肩を震わせ、一人反省会をしていたら、ぽすん、と頭の上に大きな手が置かれた。


「今日は一人か? 姫塚は一緒じゃないのか」

「皆、同じこと言うんですね……。まぁ、自覚は多分にありますけど」


私は深く息を吐き、指を折って説明する。


「樹々兄は今日から占いのお仕事で留守です。悲しくて心が土砂降りです。

羅々はどっか出掛けました。行き先? 一ミリも興味ありません」

「……そういえば、今日から関西だったな」

「え、なんで知ってるんですか?」

「姫塚から電話で聞いた」


「ケッ! 自慢か! チクショー! 号泣するぞ!」

「別に、自慢ではないんだがな」


――樹々兄、そんなことまで豪屋さんに報告してるの……?

なにそれ、ラブラブ共有? 滅びればいいのに! ゴーヤだけ!


心の中で毒づいた瞬間、豪屋さんが一つため息を吐いた。


「言っておくが、俺と姫塚は、ただの友人だ」

「はぁ!? 樹々兄の何が不満なのっ? 振るとかありえないからねっ!」

「……お前は姫塚が好きなんだろう? なのに薦めるのか。本当に纏まってほしいのか?」


真正面からの問いに、胸が一瞬ひやりとした。

でも、言葉は勢いよく飛び出す。


「好きというレベルを超えて、最早神? 天使の領域かな? ってくらい崇拝してますけど何か?

そんな樹々兄を振る奴がいたら潰す! 全力で!」


言い切って、はっとする。

潰したいのは相手じゃない。――樹々兄を悲しませたくない、だけだ。


「……あ、でも。樹々兄を悲しませるのは嫌だな……。どうすれば……」


そして、私の結論はいつも極端。


「……うん! 樹々兄の心変わりをひたすら祈願するべきね! ちょっとお百度参りしてくるわ!」


走り出そうとした瞬間、首根っこをがっちり掴まれた。


「ぐえ!」

「昼飯、付き合え。まだ食ってねーだろ」

「え? なんで私が憎き恋敵とランチを……」

「美味いラーメン屋だ」


「美味いラーメンは、魅惑のワードですよね」

「焼き飯も最高に美味い」

「兄貴、お供しやす!」


欲望に負けた。

これはデートじゃない。断じて敵情視察だ。



昔ながらの中華屋。

年季の入った暖簾、油の匂い、賑やかな厨房の音。

――これは間違いなく美味しいやつだ。


カウンターに座ると、豪屋さんが椅子を引いてくれる。

自然な仕草だったのに、なぜか胸がちくりとした。敵なのに、なんで。


「大将、ラーメン二つと焼き飯一つ」

「お、今日は珍しく女の子連れてるなぁ。彼女か?」

「いや、違います! 一ミリも!」

「ただの後輩だ」


――ただの。

胸の奥が、なぜか引っかかった。


届いたラーメンを一口すする。

旨味が舌の上で弾け、思わず声が漏れた。


「美味しい! うわ、これ美味しい!」

「だろ」


豪屋さんの横顔は厳ついのに妙に穏やかで、敵情視察どころじゃなくなりそうだった。


その時、携帯が震える。

樹々兄からのメッセージ。


『大阪に着いたわよ』


胸の奥から会いたさが噴き上がる。

ラーメンの幸福が一瞬で蒸発した。


「……姫塚からか?」

「うん。大阪に着いたって。……禁断症状、やばい。今すぐ大阪に行きたい……」


私の呟きを聞いた大将が、ふっと手を止めた。


「おいおい、訳ありだな」

そして、さらっと爆弾を落とす。

「ちょうど明日から大阪で“食のイベント”がある。俺も出店で行くんだ。

手伝いが一人足りねぇ。親の許可が取れるなら――乗せてってやる」


「え!?」


豪屋さんが露骨に嫌な顔をした。


「おい、大将。軽く言うな。そいつ高校生だぞ」

「だから“親の許可”って言ったろ。危ねぇことさせねぇ。

ま、本人が我慢できるなら、な」


私は立ち上がった。

迷いは、ゼロ。


「宜しくお願いします! 大将!」

「お前……」


豪屋さんの頭を抱える仕草が視界の端で揺れる。

でももう遅い。私の中の“禁断症状”が、勝ち確で暴れていた。


――こうして私は、最悪に健全な名目(お手伝い)で、最悪に不健全な目的(会いたい)へ近づいてしまったのだった。

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