野生の在庫処分。自由意志、お返しします
「……あら、大変。少し切りすぎちゃったかしら」
私の目の前では、さっきまで「干し台」にされていた元・魔物の熊が、空虚な瞳でじっと私を見つめている。 しかし、問題は目の前の「彼」だけではなかった。
バ美肉魔王(元旦那)が『生成の筆』でばら撒いた「快楽主義」の電波は、森の奥深く、倫理観の薄い魔物たちに直撃していた。
「理性なんて捨てて、本能のままに遊んじゃえ☆」というハルルたんの甘い声が空から降り注ぐ。
地響き。森から溢れ出したのは、自由意志を喪失し、ただ「暴走」という機能だけを搭載された魔物の群れだ。 牙を剥き、街へと雪崩れ込んでくる。
「……バブちゃん、少し耳を塞いでいてね。主婦の仕事に、騒音は禁物よ」
私は背中の赤ん坊の耳をタオルで優しく守ると、再びシルバーのハサミを手にした。
街の広場:パニックの一歩手前
「逃げろ! 狂暴なオークの軍団だ!」 「いや、様子がおかしいぞ? 奴ら、笑いながら突っ込んできやがる!」
ハルルたんの『生成』によって、「恐怖」を切り捨て「快楽」を上書きされた魔物たちは、涎を垂らしながら街の商店を破壊していく。 そこへ、私は買い物袋を下げたまま、颯爽と(あるいは、お迎えのついでに)立ちはだかった。
「お待たせ。今日の『粗大ゴミ回収』の時間よ」
先頭のオークが、巨大な棍棒を振り上げる。 私は一歩も動かない。ただ、ハサミの刃を噛み合わせた。
パチッ。
【概念切断が発動しました】 【対象概念: 慣性 】【切断内容: 運動の継続】
振り下ろされた棍棒が、私の頭上数センチで「静止」した。 重力も、腕力も、そこにはある。しかし「動き続ける」という概念を失った棍棒は、まるで空気に固着したかのように動かない。
「グガッ……!?」
「次は……そうね。あなたたちの【存在感】がうるさすぎるわ。近所迷惑よ」
私は群がる魔物たちに向けて、ハサミを水平に一閃させた。
パチッ。パチッ。パチパチパチッ!
【対象概念: 質量 】【切断内容: 重さ】
瞬間、数百体の魔物たちが、風船のようにふわりと浮き上がった。 地面を蹴る足も、振り回す腕も、重さを失えばただのホログラムのようなもの。
「重さのないゴミは、風で飛ばすのが一番ね」
私は手に持っていた特売のチラシを団扇(うちわ)代わりに扇いだ。 ただの風。しかし「重さ」を切断された魔物たちは、悲鳴(を上げる自由意志も欠けているが)とともに、空の彼方へと、タンポポの綿毛のように飛んでいく。
街に静寂が戻る。 空に飛んでいった魔物たちは、やがて高度を上げ、バ美肉魔王が浮かべている「ハルルたんホログラム」に次々と衝突し、ノイズを走らせていた。
『ちょっとぉ! 誰だよボクの顔にゴミぶつけてくるのはー!』
空から聞こえる元旦那の怒声。 私はそれをBGMに、空中で静止したままの棍棒をキャッチして、地面に置いた。
「これ、ちょうどいい硬さね。……性能のいい『麺棒』になりそうだわ」
「さて、バブちゃん。夕飯は手打ちうどんにしましょうか。パパを『全自動製麺機』にする前の、予行演習よ」
街の平和を守るためではない。 あくまで「快適な暮らし」を維持するために。 Sランク主婦のハサミは、今日も家庭内の不要な概念を切り取っていく。
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