ありがt

「あ……春姉、夏姉……」


部屋のインターホンが鳴り、出てみるとモニターには二人の姉が映っていた。


冬子がマンションのエントランスの解除ボタンを押すと、数分後に姉達は部屋の前までやってきた。


冬子がドアを開くと二人の姉と、夏波が「下僕」と呼んでいる男も部屋の中に入ってきた。


「ブー子、あなた……神器……鏡は……!?」


春華はそう言いながら冬子に迫った。

現在SNSではとある動画が話題になっており、今朝はテレビまでもがその動画を紹介した。


その動画は3日前のヴェルサイユ・ロゼの公演最終日に謎の「怪盗」が月光色の光と共に現れてから消えたというもの。

さらに、彩光寺麗子は行方不明という情報もセットで流れている。


それを見た二人は驚き、冬子のマンションにまで押しかけたのだ。


冬子は「ごめん……」と二人に謝った。


冬子が三人をダイニングに通すと、夏波が連れている男は前回同様「私は結構」と言って椅子には座らずに夏波の背後に立った。


春華と夏波は以前来たときよりも部屋が片付いていることを少し不思議に思いながら、椅子に座った。


「いったい、何があったの?ブー子。詳しく教えて」


春華が座るなりすぐにそう言って冬子に尋ねると、冬子は当日のことを二人に説明した。


しかし冬子の説明は情報が少なかった。

舞台で知らないうちに満月鏡を奪われ、知らないうちに怪盗が現れたというもので、出回っている動画から得られる情報とほとんど差が無かった。


「じゃあ聞かせてブー子。あの月光色の魔力光は……『誰』だったの?」


春華は、今回の訪問の核となる質問を冬子にぶつけた。


二人がこんなにも慌てて冬子の元に訪れたのは、冬子が「神器を盗まれたから」というよりは、その神器を盗んだ者が「月光色の魔力光を放っていたから」という理由が主である。


月光色の魔力光を持つ魔女は、10年前に全員殺したはずだった。


「……ごめん、わかんない。急に現れて、顔は隠してたし。でもっ……」


冬子は姉達の剣幕に少し怯えながら、小さな声で答えた。


「秋姉(あきねえ)……だった気がする。あの光、すごく懐かしかった……」


「はあ〜?ブー子、覚えてないの?秋奈は10年前に私が撃ち殺したんだよ?銃で。あんたも、後で見てたじゃない」


夏波が苛立ちを覚えながら冬子に詰め寄ると、冬子は目に涙を浮かべながら「だって、そう思ったんだもん!」と言い返した。


「………秋奈は、夏波が銃で撃ち殺した。あり得ないわ」


春華は10年前のことを回想しながらゆっくりと話し、「もしあり得るとしたら……」と言葉を続けた。


「月詠家以外にも、神器を扱える魔女がいるのかも……」


春華の言葉に夏波が「いやそれこそあり得なくない?」と反論した。


「だって、あのふざけた予告状には『不当に手に入れた宝』とか『元々私のもの』とか書いてあったじゃない。別の家の魔女なら、なんでそんなこと知ってんのよ」


「う……」


春華は言葉に詰まった。夏波の言う通り、仮に違う家の魔女であればあの予告状に説明がつかない。


「それなら私はまだ冬子(ぶーこ)の言う秋奈の幽霊って話の方が納得できる。Witch Phantomって、『魔女の幽霊』って意味でしょ?」


バンッ!


春華は、机を強く叩いて立ち上がった。


「秋奈は……あの子は死んだの!!お母さんもっ!!あの忌々しい……月光色の魔力光を持つ魔女は!!もうこの世に、一人もいないのよっ!!!」


春華はぜえぜえと息を切らしながら、夏波を睨みつけた。

春華の目にはかつて「月詠の魔女」になりたかったという強い思いと、月光色の魔力を持たないという理由で選ばれなかった憎しみが篭(こも)っている。


春華が大声をあげた瞬間に夏波の背後にいる男が春華に鋭い視線を送ったが、春華は男をギロリと睨み返した。


険悪な雰囲気の中、冬子が「お、お姉ちゃん達、落ち着いて……?」とか細い声をあげたが誰も返事をしなかった。


「ああそうだね、春姉。秋奈もお母さんも死にました。月光色の魔力を持つ魔女は私たちが全員殺しましたぁ〜」


夏波は顎をクイと上げ、「だとしたらさぁ……」と挑発的に笑い、スマートフォンを取り出した。


そして夏波はスマートフォンを操作し、例の動画を春華に見せた。

そこには強い月光色の魔力光を放ちながら華麗に舞台の上に現れている女が映っている。


「この女……誰よ?」


「っ………!!」


春華は答えられない。

議論は振り出しに戻った。


結局、三人に結論らしきものは出なかった。

夏波と冬子が言う「秋奈の幽霊説」と、春華の言う「他家の魔女説」はどちらも信じがたく、かと言って他の説も思いつかない。


議論は並行線のまま終わってしまった。


──────────────────


「あ、あのね。お姉ちゃん達……私、これから出直そうと思ってるの」


議論の後、三人は冬子が淹れたお茶を飲んでいた。


甘ったるいハーブティーだが、とても美味しかった。

昔から冬子は味や香りに関するセンスは高く、二人の姉もそれは認めていた。


「ふぅん、何やるの?」


夏波が適当に返事を返すと、冬子は「また舞台女優をやろうと思って」と笑った。


春華は「その見た目で?」と馬鹿にするように笑いながら言ったが、冬子は「ううん。この見た目だからこそだよ」と朗らかに笑った。


「舞台にいるのは美人だけじゃない。色んな見た目の人間がいるから面白い舞台ができる。私も悪役とか怪物の役でもいいから、またイチからやり直してみようと思って。きっと、私にしか出来ない役があると思うんだ」


そう語った冬子の目は不思議なほどに澄んでおり、憑き物が落ちたような明るい表情だった。


「……あんまり目立たない方がいいんじゃない?ほら、彩光寺麗子は行方不明なんでしょ?」


春華がそう言うと、冬子は穏やかな笑顔を浮かべながら「大丈夫だよ」と返した。


「今度は『月詠冬子』として活動する。鏡が無くなったら、本物の私が見つかった気がしてさ。すごく心がスッキリしたの。私、あの怪盗に逆に『ありがとう』って言いたいぐらいだもん」


冬子は続けた。


「嘘ついて生きるのって、やっぱり苦しいよ。だからお姉ちゃん達もさ……その、よかったら……もう、やめない?」


その瞬間、空気が凍りついた。

春華も夏波も、表情なく冬子の顔を見ている。


しかし冬子はそれに気づかず、心からの愛情を込めた目で二人の姉を見つめながら話を続けた。


「幸せになるのに必要なのって……多分こんな魔法じゃなくて、自分自身の努力なんだと思う。だからお姉ちゃん達もさ、そんな神器はもういっそあの怪盗に渡しちゃえば……」


「春姉」


「ええ」


冬子の言葉を夏波が遮り、春華がそれに応じるように立ち上がり、鞄の中から「三日月ノ玉」を取り出した。


冬子は「え?なに?」と春華と夏波を交互に見たが、二人は無表情のままだった。


「ああ残念、可愛い妹がまた死んでしまうなんて。まさか──」


春華は突然わざとらしく悲しい顔を作ると、勾玉に向けて黒緑色の魔力を込め始めた。


『──冬子が、今日私たちと会った痕跡を全て消したあと、窓から飛び降りて自殺してしまうなんて』


「…………えっ?」


冬子は話の内容が全く受け入れられなかったが、冬子の体は春華の言葉を「真実」として受け止めた。


体が勝手に動き、姉達が飲んだティーカップを綺麗に片付け、そこに付着した指紋などを拭き取り始めた。


「えっ、えっ、春姉、嘘でしょ!?そんな!?」


春華は何も答えない。静かに帰り支度を始めている。


冬子は自分の意思とは無関係なまま、ダイニングテーブルに残っていた彼女達の痕跡を全て片付け、インターホンの履歴を消した。


「やだっ!死にたくない!私、やっと本物の自分で生きられるのに!夏姉、助けて!お願い!!」


彼女が泣き叫ぶように言うと、夏波は笑いながら答えた。


「いや〜、私もとっても悲しいわぁん。また妹が死んじゃうなんてぇ〜。ま、一人目は私が殺したんだけどね♪」


「ふざけてないで、早く助けて!お願い!」


部屋の中で最も大きな窓へと足が進み始めた冬子は、半狂乱になりながら二人の姉に助けを求めた。


「……ふん」


春華は鼻を鳴らしながら振り返り、冬子に向かって口を開いた。


「私達は、あんたみたいな間抜けとは違うのよ。10年前だって私達は二人で計画したし、全部二人でやった。あんたには妙な邪魔されないようにってことで仕方なく仲間に入れてあげただけ」


春華の声は氷のように冷たく、妹の死に対して何の感情も無いことが冬子に伝わった。


夏波はケラケラと楽しそうに笑いながら、それに続いた。


「ブー子のくせに調子に乗るからだよっ。あんた、このままほっとくと私達のことまでペラペラ誰かに話しそうだからさ。もしそうなら消そうねってあらかじめ春姉と相談してたのよ。そしたら案の定、ってワケ」


冬子は二人の言葉を聞いて血の気が引き、絶望した。

自分が頼りにしていた二人の姉は、自分のことをなんとも思っていなかった。

自分は二人にとって、ただのおまけも同然の存在だったのだ。


「やだ!お姉ちゃん、お願い!死にたくないよぉ!!お姉ちゃーん!!!」


冬子の叫びは届くことはなく、二人は部屋を出て行った。


─────────────────


冬子は最後の力を振り絞り、三日月ノ玉の暗示に逆らった。


母親が死ぬ間際に、自身の魔力を使って春華の暗示に抵抗していたのを思い出したのだ。


「最後に……これ、だけ、でも……」


冬子は必死に魔力を込めた。

月詠家に生まれた魔女としての最期の魔力を体に込めると、冬子の体から少しだけ魔力が溢れ出た。


その魔力は彼女が最近まで満月鏡に込めていた深海のヘドロのような青黒い色ではなく、初めて神器に触った日に出した魔力光と同じ色で、晴れた海のように澄んだ瑠璃色であった。


冬子はその魔力で右手だけはなんとか自由にすることが出来たので、スマートフォンを手に取った。


そして「怪盗Witch Phantom」というアカウントとのDM(ダイレクトメッセージ)の画面を開いて文字を打ちながら──


──彼女は『落ちて』いった。



───────────────────


「ん?なんだこれ」


宵が、今回の件が終わり不要になったSNSアカウントを削除しようとしているとそこには一件の通知が来ていた。


「どうしたの?お兄ちゃん」


「なんか……『彩光寺麗子』からダイレクトメッセージが来てる」


「えええ!?怖っ!!なんて来てるの!?」


「それが、よくわからないんだ」


彗が宵のパソコンを覗き込むと、彩光寺麗子からのメッセージはただ4文字。


「ありがt」としか書かれていなかった。




第一章「一つ目の神器」

終わり

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魔女の一族に生まれたけど、叔母達に家族を皆殺しにされて家を燃やされて神器も奪われたから、兄妹で『怪盗』になって奪い返すことにした【第一章完結】 @poyomi30

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