011 再度

その日――

金曜日の四時間目あたりだった。

昨日ほとんど眠れなかった反動か、視界の端がじわじわと暗くなり、黒板の文字が……にじむ。

先生の声も、周囲の物音も遠くなる。


「……影浦、大丈夫か?」


誰かの声が聞こえたが、返す余裕はなかった。椅子が軋み、体が傾いた瞬間、担任がすぐに駆け寄ってくる。


「保健室行くぞ。歩けるか?」


頷くことすら辛くて、ただ曖昧にうなずいたような気がする。

腕を支えられながら廊下を歩くうちに、靴の音すら遠くなっていった。


______________________________________


保健室のカーテンに囲まれたベッドに横たわると、全身から力が抜けた。

冷たいシーツが気持ちいい。呼吸をするたび、肺の奥が変にざわつく。


(……少し寝れば、楽になる……はず)


そう思って目を閉じた直後だった。


――白が、にじむ。


心臓が跳ねた。

見覚えのある“無音の白”が視界に広がっていく。

今度は夢ではない。意識がはっきりしているのに、保健室の気配がすべて遠ざかる。


『――よぉ。ずいぶん弱ってんじゃねぇか』


聞きたくもなかった声が、真横から降ってきた。

反射的に体を起こそうとしたが、動かなかった。

それどころか、白い空間の中央に立つ“ソイツ”――

あの巨体が、保健室の中と重なるように存在している。


「……なんで、また……」


喉がうまく動かず、かすれた声しか出ない。

アイツは、その様子を見て鼻で笑った。


『別に? お前の状態、ちょいと気になっただけだ』

「……気にするようなタイプじゃないだろ」

『はっ、そうだな。でも――壊れちまうのは困るだろ?』


ぞくりと背中が震える。


『で、本題だ。お前、悩んでんだろ。

“どうやって世界を面白くするか”』


核心を、あっさり突かれた。


『答え、教えてやろうか?』


アイツが、ゆっくりと近づいてくる。

白い空間の奥で、黒い影が揺れた。


『――お前の能力で、この世界の連中に“力”を配ればいい』


呼吸が止まった。


「……は?」

『簡単な話だ。能力を持つ奴が増えれば、世界は転がり始める。

争いも、変化も、奇跡も。

“面白い”ことなんざ、勝手に起きるさ』

「そんな……そんな危ないこと……!」

『危ない? だからいいんじゃねぇか。』


低く、楽しそうに笑う。


『お前一人が頑張るより、よっぽど効率的だぜ?

世界を、滅ぶ未来から遠ざけたいんだろ?

だったら――動かせ。他人を。』


耳元で囁かれた瞬間、白い世界がひび割れた。

ぱきっ、と乾いた音が広がり、保健室が戻ってくる。


「……っ!」


はっと目を開く。天井。


保健室の天井。


息が荒い。手足が冷えている。


(……あれは……幻覚? 夢? それとも……)


答えは、誰も教えてくれない。

ただ一つだけ確かなのは――

胸の奥に、嫌な鼓動がひとつ落ちたことだった。

そして陽介は、誰にも言えないまま、静かに目を閉じた。

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