デバッグ4:例外処理と生存者の選別

【観測対象:平 聖門】

【記録モード:回顧的データ復元】


 31階、フロア西側の『クリーンアップ』が終了した。


 足元には、光の粒子となって消えゆくゴブリンの残骸と、破壊されたオフィス用品が散乱している。


「ふぅ……。聖門さん、こっちは一通り片付きました。怪我はないですか?」


 Jが、へこんだ即席の盾を下ろしながら尋ねる。聖門は答えず、乱れたネクタイを整え、手帳に何かを書き留めていた。倒した個体の「出現位置」と「消滅までの時間」。それは、この異常な状況をシステムとして解析するためのログ(記録)だ。


「……僕の心配より、周囲の『不具合』をどうにかしろ、J」


 聖門の視線の先には、什器の陰から這い出してきた同僚たちの姿があった。


 その数、およそ二十名。彼らは聖門とJが化け物を屠る光景を見て、恐怖から一転、厚かましいまでの安堵を露わにしていた。


「平くん! 助かったよ! さあ、早く僕たちを安全な場所へ連れて行ってくれ!」


 声を上げたのは、先ほど腰を抜かしていた佐藤課長だ。手にした聖剣は一度も振るわれることなく、ただの装飾品と化している。


「安全な場所? 課長、このビル全体がダンジョン化したんです。ここより安全な場所なんて、コンパイル(再構築)が終わるまでどこにもありませんよ」


 聖門の突き放すような言葉に、生存者たちの間に動揺が走る。


「そんな……! 警察や自衛隊はどうしたんだ!」


「スマホも繋がらないぞ! どうなってるんだ!」


 阿鼻叫喚のノイズ。聖門にとって、それはデバッグを妨げるもっとも忌々しい「不要なログ」だった。


「静かにしろ。……J、生存者の[鑑定]を。有用なスキル、または自衛能力のある者を選別する」


「選別……ですか?」


 Jが少しだけ眉をひそめる。彼の善性が、聖門の非情な判断にわずかな抵抗を示した。だが、聖門は冷徹な瞳でフロアを見渡す。


「いいか、J。リソースは有限だ。全員を抱えて階段を降りれば、途中で全滅する。……これは『切り捨て(デッドコード・ストリッピング)』じゃない。システムを動かし続けるための、最適化だ」


 聖門は[鑑定]を生存者全員に展開した。


 視界に流れる、同僚たちのステータス。


『[一般社員]:スキルなし。パニック状態』

『[一般社員]:スキル[経理計算]。戦闘貢献度:0』

『[佐藤課長]:ジョブ[勇者]。Lv.1。全ステータス未開放。精神的脆弱性:高』


 聖門は、ため息をついた。


 高レアリティのジョブを持ちながら、それを使う覚悟のないゴミデータ。一方で、片隅で震えながらも、事務用のハサミを握りしめて入り口を警戒している新人の女子社員がいた。


『[新人社員:田中]:ジョブなし。スキル[危機回避]。生存本能:高』


「田中さん、君はこっちへ来い。J、彼女を保護しろ。……佐藤課長、あなたはそこに残ってください」


「な……!? 何を言っているんだ! 私は上司だぞ! 勇者なんだぞ!」


 佐藤が詰め寄ろうとした瞬間、聖門の放った魔力の圧が彼を射抜いた。


 [魔力操作]による威圧。心拍数を一定に保ちながら、聖門は極低温の言葉を紡ぐ。


「課長、あなたの聖剣は『飾りのコード』だ。僕のシステムに、そんな無駄な行(ライン)を書き込む余裕はない」


 その時、フロアの非常階段から、再び複数の足音が響いた。


 今度は、ゴブリンではない。もっと巨大な、階下から上がってきた「バグ」の気配。


「……J、来るぞ。田中さん、僕の後ろへ。佐藤課長、勇者ならその剣で、数秒くらいは時間を稼げるはずだ」


 聖門は万年筆を構え、階段の扉を見据えた。


 自分たちが生き残るために、何を捨て、何を生かすか。


 平 聖門の「デバッグ」は、モンスター相手だけに留まらなかった。


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 ■ 現在の平 聖門 スキル構成

 スロット スキル名 コスト 解説

 Slot 1 [鑑定] 1 敵だけでなく、人間の資質・適正も見抜く。

 Slot 2 [魔力操作] 1 威圧や精密な魔力付与に使用。

 Slot 3 [身体強化] 1 指定部位を一時的にブースト。心臓への負荷を考慮し部分使用が基本。


 ■ 登場キャラクター解説

 • 田中さん(新人社員)

  開発部の新人。気弱だが土壇場での生存本能が強い。聖門に「デバッグ対象」ではなく「利用可能なリソース」として拾われる。


 ■ 用語解説

 • デッドコード・ストリッピング(不要コードの削除)

 本来はプログラムを軽くするために実行されないコードを削除すること。聖門は「生き残る見込みのない者(あるいは邪魔な者)」を引率から外す判断をこう呼んだ。


 • ヘイト(リソース消費)

 敵の注意を引くこと。佐藤課長の無駄な叫びを、聖門は「周囲の魔物を呼び寄せる無駄なパケット送信」と切り捨てた。


 ■ イブの記録より

「デッドコード・ストリッピング(不要コードの削除)」。マスターらしい冷酷な表現ですが、現在のMP残量とマスターの心負荷を計算すると、20人以上の引率は論理的に不可能です。佐藤課長の「勇者」という名のバグが、いつ牙を剥くか……監視を強化します。

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2026年1月15日 07:10
2026年1月15日 19:10
2026年1月16日 07:10

コンパイル・ライフ ―器用貧乏な窓際SE、現代ダンジョンのデバッグは骨が折れる― 耳口王士 @holy0111

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