デバッグ3:回想・スパゲッティコードの夜
【観測対象:平 聖門】
【記録モード:回顧的データ復元】
ゴブリンの返り血(のような黒いノイズ)を拭いながら、聖門の意識は一瞬、半年前の「地獄」へとダイブした。
深夜3時。静まり返ったオフィス。 デスクには空になったエナジードリンクの缶が積み上がり、モニターの青白い光が、青白い聖門の顔を照らしていた。
「……聖門さん、まだやってるんですか」
サーバーラックの影から、同じく目の下にクマを作ったJが顔を出した。 当時、彼らが取り組んでいたのは、他社が放り出した公共システムの保守案件だった。仕様書は散逸し、変数は意味不明な命名(「data1」「shori_A」など)が踊る、プログラマが最も忌み嫌う**『スパゲッティコード』**。
「あと少しで、この循環参照のバグが取れる。……これを直さないと、明日の朝、この街の物流が止まるからな」
聖門は、震える指でキーボードを叩き続けていた。 心臓がチクリと痛む。当時の彼はまだ、自分の体が「致命的なエラー」を抱えていることに気づかない振りをしていた。
「聖門さんは、どうしてそこまでやるんです? 給料分はもう働いたでしょう」
Jの問いに、聖門は手を止めずに答えた。
「……世界は、誰かが書いた不完全なコードで動いているんだ、J。誰かがそれをデバッグし続けなければ、あっさりと崩壊する。僕は、ただ、自分が関わったシステムが『正しく動かない』のが、生理的に我慢できないだけだ」
その時、聖門はふと画面から目を離し、窓の外の夜景を見た。 整然と並ぶ街灯、等間隔で走る電車の光。それらすべてが、誰かの論理(ロジック)によって制御されている。
「生きる目標なんて大層なものじゃない。僕はただ、この世界を『仕様通り』に維持したいだけなんだ。たとえ、僕の心臓が先にシャットダウンするとしてもね」
Jは呆れたように笑い、「じゃあ、僕がその心臓(ハード)の保守担当になりますよ」と言って、冷めたコーヒーを差し出した。
現在:ミツルギ重工業31階
「……ふん、あの時と同じか」
回想を振り払い、聖門は現実にフォーカスを戻した。 目の前には、世界システムが強制的に上書き(オーバーライド)した不条理な光景。
「聖門さん? また難しい顔して。ニトロ、効いてます?」
Jが重厚な盾(サーバー室の扉を剥がしたものに、スキルで補強を入れた即席の盾)を構えながら、背中越しに声をかけてくる。
「ああ、問題ない。J、前方の3体の動きを止めろ。15秒だ」
「15秒もいりませんよ。10秒で片付けてください!」
Jが[重装戦士]のスキル[挑発]を発動する。 ゴブリンたちのヘイトがJに集中し、奴らの「背中のコード」が聖門に晒された。
(人生観なんて変わらない。世界がバグったのなら、それをデバッグするだけだ)
聖門は[魔力操作]を全開にし、万年筆の先端に高密度の魔力を凝縮させた。 彼にとっての「救世」とは、祈りではなく、不具合の修正(パッチあて)に他ならない。
■ キャラクター・装備解説
• Jの盾
サーバー室の耐火扉を剥がし、[魔力操作]で強度を底上げした即席の防具。Jの「叩けば直る」という物理志向のエンジニアリングが反映されている。
■ 用語解説
• スパゲッティコード
複雑に絡み合い、解読不能になったプログラム。聖門は「この世界そのものが、今やスパゲッティコード(混沌)だ」と解釈している。
• 循環参照のバグ
AがBを、BがAを呼び出し続け、処理が終わらなくなるエラー。聖門はこれを応用し、魔力を体内でループさせて出力を高める「魔力循環」のヒントを得た。
■ イブの記録より
マスターの過去ログを参照しました。……なるほど。「世界を仕様通りに維持したい」という動機。それは現在、私(イブ)を介して世界そのものを再定義しようとする行動原理と完全に一致しています。マスター、心拍数が160に達しようとしています。回想はこのくらいにして、目の前の「例外処理」に集中してください。
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