デバッグ2:初期バグの駆除
【観測対象:平 聖門】
【記録モード:回顧的データ復元】
崩落した壁の向こう側、かつて応接スペースだった場所は、今や異界の泥を塗りたくったような不浄な空間へと変貌していた。そこから這い出してきた三体の『ゴブリン・コード』。緑色の醜悪な肌は、テクスチャの剥がれたバグデータのように絶えずノイズを撒き散らしている。
「あ、あああ……来るな! 来るんじゃねえ!」
勇者ジョブを選択したはずの佐藤課長は、黄金の聖剣を杖代わりに、情けなく尻餅をついて後退っていた。彼にとって、力とは「社内の立ち回り」で手に入れるものであり、実体を伴う暴力は想定外の例外(エクセプション)なのだ。
聖門は、その無様な姿を一瞥し、内なる声で呟いた。
(……やれやれ。こんな状況になっても、上司の尻拭いをさせられるのか)
聖門の心臓が、また不規則なリズムを刻む。ニトロの効果で血管は拡張しているが、全身を駆け巡る魔力の熱が、彼の脆弱な循環器に負荷をかけていた。
正直に言えば、この世界が壊れたことに、聖門は一抹の解放感すら覚えていた。
毎日、誰かが書いた不完全な仕様書を読み解き、納期の迫ったスパゲッティコードを修正する日々。感謝されることもなく、ただシステムの安定だけを強制される「保守運用」の人生。
彼にとっての人生観は、いつしか「いかに静かに、エラーを起こさずにシャットダウンの日を迎えるか」という一点に集約されていた。
(生きる目標? そんなものは、随分前にゴミ箱(リサイクルビン)に捨てた。だが――)
聖門は、手に持った監査資料の束をパラパラと指で弾いた。
(「未完成のシステム」を目の前にして、修正せずに立ち去るほど、僕は善良なエンジニアじゃない)
「[鑑定(アナライズ)]」
聖門の視界に、ゴブリンたちのステータスがソースコードのように展開される。
『Lv.1 ゴブリン・コード。HP15/15。弱点:首筋の接合部(ジョイント)。挙動パターン:直進的な物理攻撃のみ』
「最適解(ロジック)は見えた」
聖門は、スキル[身体強化]の出力を「脚部」と「腕部」に4:6の割合でバイパスした。全身に回すと心臓がオーバーヒートする。必要な部位に必要なだけの魔力を流し込む――これが彼の提唱する『省エネ・デバッグ戦術』だ。
一体目が棍棒を振り下ろす。
聖門は最小限の動作でその攻撃線を回避(デッドコピー)。すれ違いざま、魔力で硬質化させた万年筆の先を、鑑定で見抜いた「弱点」――首筋のポリゴン接合部へ正確に突き立てた。
『クリティカル。プロセス終了(Terminate)』
一体が光の粒子となって消滅する。残りの二体が驚愕に動きを止めた。
「おい、平! なんでそんなに動けるんだよ! お前、ジョブを選んでないんだろ!?」
佐藤課長の叫びを無視し、聖門は二体目の懐へ潜り込む。
その時、フロアの奥――サーバー室の重厚な扉が内側から蹴破られた。
「……ッ、聖門さん! 無事ですか!」
現れたのは、聖門の唯一の部下であり、良き理解者でもある**鈴木 淳(通称:J)**だった。
彼はサーバー室に転がっていた消火器を抱え、突進してくる三体目のゴブリンの頭面に直撃させた。
「Jか。相変わらず、力技が専門だな」
「あはは! エンジニアの基本は、叩けば直る、ですよ!」
鈴木――Jは、聖門とは対照的な「陽」のエンジニアだ。ハードウェアの物理的なトラブル解決に長け、その性格はひたすらに前向き。彼はすでに自分の役割を決めていた。
「J。ジョブは何を選んだ?」
「[重装戦士(タンク)]です。聖門さんの心臓に負担をかけさせるわけにはいきませんからね。……さあ、バグ取りを再開しましょう!」
聖門は微かに口角を上げた。
一人では「保守」で終わる。だが、Jという「盾」があれば、自分は「開発」に専念できる。
「了解だ。……これより、31階の環境構築(クリーンアップ)を開始する」
聖門の万年筆が、暗いフロアに魔力の軌跡を描いた。
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■ 現在の平 聖門 スキル構成
スロット スキル名 コスト 解説
Slot 1 [鑑定] 1 敵のHP、弱点、行動パターンを可視化。
Slot 2 [魔力操作] 1 魔力の出力配分をミリ単位で調整する。
Slot 3 [身体強化] 1 指定部位を一時的にブースト。心臓への負荷を考慮し部分使用が基本。
■ 登場キャラクター解説
• 鈴木 淳(J)
聖門の直属の部下。25歳。ハードウェアに詳しく、現場主義。性格は快活で、皮肉屋の聖門とも対等に話せる希少な人物。
ジョブ:[重装戦士]。物理防御に特化しており、聖門の「壁」としての役割を買って出た。
■ 用語解説
• ゴブリン・コード
世界システムのエラーによって発生した低級モンスター。個体としての知能は低いが、集団で脆弱なターゲット(非戦闘員)を狙う。
• 省エネ・デバッグ戦術
聖門独自の戦い方。全身強化による心負荷を避けるため、鑑定で弱点を見抜き、最小の魔力消費で一撃必殺を狙う。
■ イブの記録より
鈴木さんの合流により、マスターの生存確率が24%向上しました。マスターは「不満」と言いながらも、システムの不備を見ると修正せずにはいられない……。その性質は、この崩壊した世界において最も強力な『適応能力』なのかもしれません。心拍数、一時的に155を記録。ニトロの残量を確認してください。
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