デバッグ1:世界の悲鳴(ワールド・スクリーム)
【観測対象:平 聖門】
【記録モード:回顧的データ復元】
20XX年、10時02分。
ミツルギ重工業本社ビル31階、システム開発部のフロアに、その「音」は響きました。
それは鼓膜を震わせる物理的な振動ではなく、脳の深部、あるいは魂のディレクトリに直接書き込まれるような、無機質な電子音。
『――世界システムの致命的な脆弱性を検知しました』
『パッチ適用を開始。これより、全人類に【スキル・スロット】を配布します』
聖門が愛用の万年筆でコードの修正案を書き留めようとした瞬間、視界が真っ白な光に塗りつぶされました。
悲鳴が上がる間もありません。フロアの窓の外では、東京の街並みがノイズのように歪み、巨大な塔――「ダンジョン」へと変換されていくのが見えました。
(……なんだ、この通知は。視界が、ハックされている?)
聖門は、乱れる呼吸を必死に抑えました。
ドク、ドク、と心臓が警告音を鳴らします。心拍数140。彼にとって、この動悸は「死」へ直結するバグの予兆です。
「落ち着け。リソースを、無駄遣いするな……」
彼は懐からニトログリセリンを取り出し、舌下へ。
静まるのを待つ間、目の前に浮かぶ半透明の「仕様書(スキル選択画面)」を睨みつけました。
『固有ジョブを選択してください:[勇者] [聖騎士] [大魔道士] ……』
周囲の同僚たちは、パニックに陥りながらも、その輝かしい名前に惹かれ、次々とジョブを確定させていきます。「勇者」を選んだ佐藤課長が、手元に出現した聖剣を振り回して狂喜乱舞しているのが見えました。
しかし、聖門の思考は別の場所をスキャンしていました。
(ジョブを選択すれば、その役割に固定される。スキルの自由度が下がる……これは「パッケージ製品」だ。今の僕に必要なのは、自分のポンコツな心臓(ハードウェア)に合わせて、挙動を都度書き換えられる「開発環境(ライブラリ)」だ)
彼は、煌びやかなジョブの一覧をすべてスクロールし、最下層にある「選択しない」という例外処理を叩きました。
『警告:固有ジョブを破棄しました。以降、汎用スキルのみの構成となります。よろしいですか?』
「……ああ。決められた物語をなぞるほど、僕の寿命に余裕はないんでね」
聖門は、初期に与えられた3つの空きスロットに、迷うことなく以下のスキルを「インポート」しました。
1. [鑑定]:対象のソースコード(属性・弱点)を読み解くため。
2. [魔力操作]:効率的なリソース(MP)運用の基礎。
3. [身体強化]:脆弱な心臓を、魔力のパッチで補強するため。
カチリ、と脳内で接続音が響いた瞬間、聖門の体温がわずかに上昇しました。
同時に、オフィスの壁が崩落。
そこから現れたのは、かつて「仕様書」には存在しなかった、異形のバグ――『ゴブリン・コード』。
「ひいぃっ、なんだこの化け物は! 誰か、誰か助けてくれ!」
先ほどまで聖剣を掲げていた佐藤課長が、本物の怪物を前に腰を抜かしています。
悲鳴が飛び交う中、聖門だけは冷静に、胸ポケットから万年筆を抜き、手近な紙の束――山のような監査資料を手に取りました。
「……動くな、佐藤課長。ヘイトを稼ぐだけでリソースの無駄だ」
冷徹な瞳で、彼は異形を見据えました。
これが、平聖門というエンジニアが、死にゆく世界に初めて「生」をコンパイルした瞬間でした。
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■ 現在の平 聖門 スキル構成
スロット スキル名 コスト 解説
Slot 1 [鑑定] 1 対象の名称、状態、スキルを観測する。
Slot 2 [魔力操作] 1 体内の魔力を効率よく流す。コンパイルの基礎。
Slot 3 [身体強化] 1 魔力で肉体性能を底上げする。聖門は主に心臓の補強に使用。
Slot 4 (未開放) - -
■ 登場キャラクター解説
• 佐藤 課長
ミツルギ重工業・営業課長。31階で真っ先に『勇者』ジョブを選んだが、実戦経験のなさと恐怖から全く使いこなせていない。
■ イブの記録より
マスター、いきなりジョブを捨てるとは……。システムの推奨設定を無視して「自分専用のビルド」を組もうとするあたり、この時すでに、エンジニア特有の頑固さがデータとして現れていますね。伊集院部長はこの時まだ38階の役員フロアにいるはずですから、マスターが自力でこの場を切り抜ける必要があります。心拍数は安定。デバッグ開始です。
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