Ep.12 親に子の想い通ずるわけもなく ―― *Ayame
席に戻ってくると、
「ねーちゃん、あんな美人なお姉さんと友達だったのかよ。心配して損したわ」
玲応はスマホの画面から目を放さずに言う。怒っているのだろうか。ぶっきらぼうとも取れる言い方は、そこにどんな感情がこもっているのかわからなくて、少し怖い。
「ごめんね。隠すつもりじゃなかったんだけど……」
「いや、いいって。っていうか俺、ねーちゃんの彼氏に見えてんの? そっちの方が
「酷いこと言うね……。まあいいや。あんまり長居するのも良くないから、そろそろ出ようか」
とは言っても、ここを出てしまったら、あとは帰るしかない。今日はお母さんは仕事が休みだから、一日中家にいる。明日もだ。今朝のことがあったから、何となく帰りづらい。
だけれど、支払いが終わってから自転車の前で立ち尽くしてしまったわたしに、玲応は何の気なく声を掛けてくる。
「何固まってんの? 帰らないの?」
「……ううん、帰るよ」
そう言葉にして、やっと帰る気になれた。身体が動いた。
今日は出掛ける用事があったから良かったけれど、明日も家にいたくないな。そう思っても、理由もなく外出すれば、それはそれでお母さんの機嫌を損ねることになる。あの人はそういう人だ。だから部屋で大人しくしているしかないのだろうな。
恐る恐る家に帰ってきたが、わたしの考え過ぎだったのか、お母さんに何か小言を言われることもなかった。小言以前に、あれからお母さんと会話すること自体がめっきり減って、事実上、口を聞かない日が続いていった。
◇◆
数日が経ったある日、珍しくお母さんよりも早くお父さんが仕事から帰ってきた。早いと言っても、もう
玲応はまだ起きていたが、あまり聞かれたくない話をするらしく、わざわざ一度外に出て、わたしを車の助手席に座らせた。
「こうして二人で話す機会をなかなか作れなくてごめんな。定期的に作ってやろうとは思ってたんだけど」
「いいよ、別に。わたし、もう高校生なんだよ?」
「高校生って、まだ子どもなんだぞ」
そう言われれば、何も返せない。それにお父さんからすれば、いくつになってもわたしはお父さんの子どもだ。あまりこんなことを思いたくはないが、お父さんにとってわたしは、弟たちとは違うのだろう。だからわざわざ、こんな場を設けてくれるのだろう。
だけれど、こんなところをお母さんに見られたらどんな目に遭うか、想像もしたくなかった。
「弟たちとは上手くやれてるか? 色々任せっきりになっちゃってて悪いけど」
「大丈夫だよ。二人ともいい子だし。ちゃんと、わたしを本当の姉だと思ってくれてると思う」
「そう寂しい言い方をするな。血の繋がりがなくたって、家族は家族だ。それに太狼は、半分は血が繋がってるだろ?」
お父さんとお母さんの再婚で、わたしには弟ができた。新しいお母さんの連れ子の玲応。玲応はまだ小さかったからか、その時のことは覚えていないようだ。そして太狼もこの時すでに、新しいお母さんのお腹にいたらしい。
このことは、玲応と太狼には話していない。彼らが大人になった時に話すのだそうだ。わたしはお父さんが再婚した時にはもう六歳だったから、簡単に事情は聞いていたし、今となっては何が起きたのかもちゃんと理解できている。
「お父さんはさ、わたしを見ても何とも思わない?」
「何ともっていうのは? 美人さんに成長したなぁってこととか?」
「そうじゃなくて……。わたしって、前のお母さんとの子どもでしょ? 似てるかはわかんないけど、思い出しちゃったりしないのかなと思って」
そういうことか、とお父さんは少しだけ真面目な顔になって、ふぅと短く息を吐いた。
「もちろん、何も思わなくはない。だけど、父さんは前の母さんも好きだし、今の母さんも好きだ。だから前の母さんのことを忘れたことはないし、
「……そっか。つまり、二股ってこと?」
「おっと、そういうことになるのか」
なんて、お父さんはまた、少しお茶らけたように笑う。
「お母さんは、二股でもいいって言ってたの?」
「どっちの?」
「どっちも」
「はっきりとは言われてない。けど、俺も彪雨も幸せならいいと思ってくれてるんじゃないかな」
じゃあ、ダメだよ、お父さん。
「今の母さんには、前の母さんのことは忘れられないと思うけど、それでもいいかって話したうえで、再婚することになったからなぁ」
違うよ。それ、いいっていうのは建前に決まってるよ。
そうか、お父さんもちょっと悪かったんだな。お母さんは、お父さんはわかってくれると期待していたんだろう。
わたしは今、幸せなのかな。確かに、弟ができたのは嬉しかった。可愛いし、一緒にいて楽しい。面倒くさかったり、イライラすることもあるけれど、それも含めて家族だと思える範疇だ。
だけれど、新しいお母さんとの関係を思い起こすと、わたしにとって良いことだったとはあまり思えない。
それも仕方がないのだと思ってきた。お母さんからすれば、わたしは異物。自分の愛する男を愛した他の女が産んだ子ども。だから、わたしを愛せなくても仕方ないのだと。
「明日、体育祭だったっけか。ごめんな、観に行ってやれなくて。こういう行事とか、ほとんど行けてないし」
「いいよ。女子高生の体育祭観に来る方がキモいし」
実際、他の子のお父さんと思わしき人たちがごついカメラを構えて観客席に居座っているのを見ると、本当に子どもを観に来ている親なのかと少し心配になってしまう。今のご時世、怪しい人が紛れていてそういう映像をネットで売りさばくなんてことも、ないとは言えない。
「あのね、お父さん。こういうのはあんまり、やめた方がいいと思う。わたしとお父さんの間でじゃないと言いにくいことがあるかもしれないと気を遣ってくれたんだろうっていうのもわかってる。本当はこういう機会があった方がいいっていうこともわかってる。それにお父さん自身も、きっとわたしと話したいのかもっていうのもわかるよ。だけどね、お母さんがこれを見たら、どう思うと思う?」
あまり言いたくなかった。こんなこと。だけれど、今後もこんなことがあったら、いつかお母さんにも見つかってしまうだろう。そうしたらどうなるか……お父さんはきっとわかっていない。
「まあ、確かにそうか。あんまり良くなかったな、こういうことは」
わたしは努めて冷静に、言い返す。感情的になりたくなかったけれど、声は震えてしまったかもしれない。
「どう思うと思うって、聞いたの。……答えて」
お父さんは場の空気が変わったのをちゃんと感じ取ってくれたのか、少し考えて、静かに答えた。
「……彪雨は前の母さんの子だから、贔屓してるって思われる、かもな」
「それだけじゃないよ。年頃の娘と二人きりで、こそこそ隠れて何やってるのって、思われる。実際、わたしは玲応と出掛けるだけでそう思われた。だから、そんなつもりがないなら、こういうのはやめた方がいいんだよ」
「……わかった」
寂しそうに言うお父さんの表情を見て、言わなきゃ良かったかもしれないと思った。どうしてわたしがこんな気持ちにならなくちゃいけないんだろう。どうして、こうなっちゃったんだろうな。
「……ごめん。でもわたし、お父さんのことちゃんと好きだから、心配しないで。こうして話をしてくれたのも、嬉しかったよ。いつかまた、何も気にしないでこうして話ができたらいいね」
「ありがとう。こっちこそごめんな。肩身の狭い思いさせちゃって。もっと俺がしっかりしないとな……」
ああ、お父さんはたぶん、何もわかっていないな。余計なことをして、これ以上わたしの居場所がなくなるようなことにならないといいなと、そう祈るくらいしかできなかった。
透明な流血 斎花 @Alstria_Sophiland
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